茶々丸転戦記 ~逆行転生して戦国時代の関東の主になってしまった~

洲田拓矢

プロローグ 1

 遠くで喧騒が聞こえる。

 多くの男たちの叫び声、悲鳴、物がぶつかる音、大きなものが倒れる音。

 はっと、目が醒める。辺りは暗く、払暁まではまだ刻があることが分かる。

「何事かっ!」

 夜具の上に飛び起き、叫ぶと、宿直とのいの若衆が板戸の向こうで声を上げる。


「上様、敵襲にございます」

「何! 何者かっ!」

「旗の紋は対い蝶 むかいてふ 。伊勢宗瑞の手のものかと」


 若衆に手伝わせながら、手早く具足を身に着ける。伝来の大鎧は今は無理なので簡易なものにしたが、屈辱に頭に血が上る。むう、門から多くの足音が響いて来おる。いかんな、これは。

「おのれ、伊勢の老いぼれが、古河、扇谷どもと謀りおったか……。おい、韮山城は籠れるか」


「そ、それが……」

 既に、城は落ちたという。寄せては二手に分かれてこの堀越御所と、韮山城を攻めたのだという。堀越御所がまだ落ちていないのは、人数が少ないからであろう。播磨守が所領に戻って不在の時に攻めてくるとはっ!


「是非もなしか……」

「上様……」

「修善寺の道一どういちの許に落ちる。急げ!」

「守護代様の……」


 狩野道一かのうどういちは、伊豆国の守護代職しゅごだいしきを世襲する伊豆中央部の最大勢力を誇る国人である。伊豆一国を統べる関東公方たる俺とはなにかと意見を異にする男ではあるが、外部勢力からの侵略に当たって力を合わせるのは当然であろう。


「被官がこのようなことをした今川め、明らかに敵対したか。それにしても、関東管領も頼りにならん。伊勢め、扇谷おうぎがやつと組んでいるかもしれん。ったく、どいつもこいつも」


 街道をはずれ、狩野川の葦原に身を隠し、わずかな近習と共に南へ向かいながら、俺は八幡神に誓った。

 必ず、必ず、宗瑞の皴首を父の墓前に捧げるのだと。


 しかし、その決意も虚しく、わずか二年後、用意周到な伊勢新九郎の前に、徒労の果てに、散ることになるとは、想像もしていなかった。


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