#2 CROSSOVER
駅前のファミレスの店内は昼時ということもあり、それなりに混雑している。
運のいいことに待たずにテーブル席へと案内された。
「とりあえず、ドリンクバー頼みますか?」
「あ、ああ、はい……」
いまだに状況の理解が終わらない。目の前でとりあえずドリンクバーを頼む青年は自らを「白黒ハイロ」と名乗った。たしかにその声はハイロ本人のものと同じように聞こえた。しかし、私の中でハイロというVtuberは女性なのだ。だが、目の前で「何飲みますか?」と聞いてくる青年は明らかに男性である。
「カフェラテのホットで」
「カフェラテですね。行ってきます」
こうして話しているときは声も男性的だ。どうやってハイロの声を出したのだろうか。
「お待たせしました」
青年は私の前にティーカップを置いてから席に着いた。
「ありがとうございます。それで、その……」
「お前は本当に白黒ハイロなのか、ですよね?」
青年はメロンソーダの入ったグラスに目を落としながら問うてきた。
「あの、私は白黒ハイロの中身は女性だと思っていたのですが」
「そう思ってもらえて嬉しいです。でも、ハイロの魂はこの通り男なんです」
「やっぱり本当にハイロなんですか」
「がっかりしましたか?」
「いえ、驚きました」
声や話し方から女性だと思い込んでいたが、とくに何かを期待していたわけでもないので残念という気持ちではなくただただ驚愕である。
この驚愕の正体を探るべく取材を始める。
「では、早速ですが質問させていただいてもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
「ハイロさんは」
「あっ、その前に自己紹介させてください。さすがにリアルでその名前で呼ばれると、なんというかその……」
ここまで来て言うのもなんだが、たしかに現実世界でこの一風変わった名前を連呼するのもおかしな感覚だ。
「でも、よろしいんですか? 本名じゃなくても大丈夫ですよ?
「いえ、宝江さんは名乗ったのに自分は名乗らないというのもあれなので」
そうだ、さっきうっかり本名をフルネームで名乗ってしまったのだった。彼はそこはフェアでありたいということなのだろうか。
「僕は
珍しい名前だ。どこかの家柄か何かだろうか。
「わかりました、真能井さんですね。では、真能井さんは」
「『メグ』でいいですよ。みんなそう呼ぶので。あと、敬語じゃなくていいですよ。宝江さんのほうが年上ですし」
さっき会ったばかりの相手に敬語を使わないで話すというのは、なかなか躊躇する。本人がそれでいいというのなら従っておこう。
「じゃあ、タメ口で。あと、私のことは『リコ』でいいよ。みんなそう呼ぶから」
「わかりました。リコさん、いつもの口調でいいですよ」
いつもの口調というのは、配信中のコメントやTwitter上での私のキャラのことを指しているのだろうか。だが、さすがにガサツではないだろうか。素の自分を否定するようだが、あまり女性らしい振る舞いではないという自覚はある。しかし、そうしろというのならば従っておくことにしよう。
「……そうか。じゃあお言葉に甘えて。このほうが楽だし、そうさせてもらうわ」
「わぁ、ほんとにリコさんなんですね」
彼はとても嬉しそうにしている。なんだか照れてしまう。
「……で。なんでこれをやろうと思ったんだ?」
彼は一呼吸置いてから語り始めた。
「僕は可愛いものが好きで、それに憧れを感じていたんです。昔から。日曜の朝は戦隊ヒーローよりも女の子向けアニメのほうに夢中でした。でも、自分は男だから恥ずかしくて。それを堂々と好きだって言えずにここまで来たんです。大学に入って一人暮らしをするようになってからは、可愛い系の服を買って部屋で着てみたりして少しずつストレスを発散してたんです。そんな生活をしていて、Vtuberの存在を知ったときに『これだ!』と思ったんです。恥ずかしくて表向きには男としてしか生きていけないけど、Vtuberなら可愛い容姿で可愛い口調で可愛い自分をありのままに表現できる。べつに有名になりたいとか、そういう野望みたいなのではなかったですけど。周りを気にせず自分を表現できる場を得たいって思って。それがきっかけ、理由です」
なるほど。よくあると言えばよくありそうな背景だ。
「メグは女になりたかったのか?」
「んー、ちょっと違いますね。僕は男で、好きになるのは女性なので、性的には普通なんだと思います。でも、可愛くなりたいという願望はあるんです」
「難しいな。けどなんとなくは理解できた気がする。そういやハイロの声はどうやって出してるんだ? ボイスチェンジャーではなさそうだけど」
「頑張って出してます」
「は?」
「頑張って、出せるようになったんです!」
すげえ。人間は努力ではどうにもならないことのほうが多いと思っていたが、彼からは可能性を感じ取ることができた。
「どう聞いても女がしゃべってるようにしか聞こえなかったけどな」
「ありがとうございます!」
とても嬉しそうである。
「今後の展望とかある?」
彼がそれに答えようとしたとき誰かが私たちのテーブルの前で立ち止まった。
「あれ、メグ君……?」
彼と同じくらいの年齢の女性が立っていた。彼のことを「メグ」と呼ぶということは、友人だろうか。まさか、彼女なのか。だとしたら気まずい状況だ。
「ニナ、奇遇だね」
「う、うん。サークルの友達と来てて。えーと、メグ君、こちらの方は……?」
ニナと呼ばれた女性を私を見やる。訝しげな視線だ。
「はじめまして。雑誌編集をしております、宝江と申します。今、雑誌の企画で大学生の方の自炊について取材しておりまして。真能井さんにご協力いただいていたところなんです」
我ながらよくもこんな嘘がすらすらと出てきたものだ。
「そ、そうなんですね。私は
「
「へぇ、とても長いお付き合いなんですね」
長過ぎる気はするが。彼女だと紹介しないあたり、本当にただの幼馴染みなのだろう。
「メグ君、珍しいよね。女の人と二人きりで話すなんて。昔から女の子とは距離を置き続けてるのに」
おや……?
「私がお祭りに誘ったって絶対に断って男の子のグループに行っちゃうのに。雑誌の取材には簡単に来ちゃうんだ……?」
「いや、謝礼が出るって言うから、先月買い物しすぎちゃってさ、ちょうどよかったっていうか。ほら、ニナも一緒に来てる人いるんだろ? 待ってるだろうから戻りなよ」
「……そっか。じゃ、またね」
なんだか妙な雰囲気が漂ったが、彼女はそのまま去って行った。
短時間の接触だったが、私はある結論を導くことができた。自分の観察眼と洞察力の鋭さが恐ろしくなる。
ニナって絶対メグのこと好きじゃん……!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます