モブでも恋がしたい!

蓬蓮

第1話 朝比奈家の日常



 朝のカーテンの隙間からくさびのように差し込んでくる光が今日は晴天だと教えてくれる。


 先月まではまだ暖かく、秋の気温が気持ち良かった。だが11月に入ると急激なまでの冷え込みになった。寒くはあるがこんな気持ちの良い朝はすぐに起き上がり、窓を開けて外の空気を取り入れたいとは思うのだが、体がそれを拒絶する。


 それを許さないとばかりに、先ほどから俺の耳の近くで吐息まじりの声が耳に入って来る。


「――ぃちゃ――きてー」


 甘える子猫の様に、幼さが残る声で優しく囁く。


「……邪魔をしないでくれ」


 非情かもしれないが俺は冷たく言い放つ。この素晴らしい一時を邪魔をされたくは無いからだ。


「だーめっ!」


 子猫の様に優しい口調から一変、子犬の様に少し強く拒絶された。


「も、もう少し……」


 だが、俺も負ける訳にはいかない。


「だめだよー! おにぃーちゃーん、起きてぇー!」


 うっ、キャンキャンと子犬の様に煩くて、脳に響く。


「ぅーん」


 ふんっ。だがその程度では俺のソウルを揺さぶるには足らない。俺を聖域から引き出そうとは笑止千万。これ以上何も言いたくないと壁側に顔を向け、更に体を丸め完全な鉄壁な防御姿勢となる。


 「ふぅん」


 「……」


 諦めたか。早朝の寒さに耐え抜きまがらに鍛錬を終わらせた後の至福の時間。気持ち良く二度寝をしているのに――ふかふかの布団の温もりから抜け出したくない。

 

「起きないんだー。それなら――」


 何か言ってると思い横目でチラっと確認する。

 頬を膨らませ、拗ねているのか、怒っているのかよくわからない。

 母親似のキラッキラした黒い瞳で俺の顔を覗き込んでくる。もしかして俺の傲慢な態度に怒り心頭になったのか、若干顔に赤みを帯びている。少し無視し過ぎたのかも知れない。だが今はそんな事はどうでもいい。興味を無くした俺はぷいっと逆方向に顔を戻す。


 俺の態度に限界がきたのか実力行使とばかりに小さな手で布団軽く捲き上げ……ゴソゴソと小柄な体を布団の中に押し込んできた。


 直後、俺は布団を勢いよく捲り上げた。


「やめろッ! 起きるわッ!」


 無理やり胸に押し付けてきている顔を俺は方手で無理やり剥がす。えぇい、恍惚した表情をするな。怒っていたのではないのか?


「はぁはぁはぁ、ふぅ……もう少し一緒にいよ。やっぱりおにぃちゃんの、ここ……凄くいいよぉ」


 更に離れまいと俺の腕に絡みつく手。密着が激しく髪から漂うシャンプーの爽やかな香りが俺の鼻腔を擽ってきた。


「ええいッ! 変な声を出すな! 鬱陶しいわッ!」


 貧弱な胸を押し付けるように更に強くしがみつかれ、引き剥がそうとするが結構しぶとい。


「ぶぅー、ひっどーい」


「頬を膨らますな! きもいわっ!」


 毎朝の事ながら、まじでやめろ。


「むぅー、おにぃちゃんのいじわる!」


「体をクネクネするな! いつも言ってるが『お』を付けるな! その気持ち悪い態度もやめろッ!」


「ひっどーい」


 全く悪気が無いとばかりにやるから質が悪い。はぁ、マジうざい。


 物足りなさそうな顔で俺を見ている視線を無視しながらに、体を押し退け、俺の腕に絡めている手と顔を両手で強引に引き剥がしてすぐに布団から出る。


 布団から出てしまえばもうどうにでもなる。布団の温もりを直接に感じ取れる為に上半身裸で寝ていた俺は、椅子に掛けていたスウェットを着て部屋を出た。


 チラっとドアから出る次いでに見ると物足らなそうな表情で布団から出てこないが、もちろん無視だ。何度言ってもやめないから諦めた。


 階段を下り、直接ダイニングキッチンへと足を踏み入れると、既に両親が椅子に掛け俺の来るのを待っていた。


 俺の家族は朝食の時間をかなり大事にする。

 母親の仕事の終わる時間が遅く、家族全員での夕食が殆ど無いからだ。


「直弥君、おはよう」


「おはよう」


 まず、綺麗な姿勢で椅子に座っている『父さん』が穏やかな口調で挨拶をしてきた。


 結構伸びている天然のグレーヘアーを後ろに束ねている。髪を下ろすと女性かと思われる程にキメ細かく艶があると母さんが自慢している。

 父さんはロシア人の祖父と日本人の祖母とのハーフでブルーアイなのが特徴。顔は中性的で歳よりかなり若く見える。どちらかと聞かれると女性っぽい。背丈は180あるぐらいだが男性としてならば体の線は細い。鍛えればいいのに勿体無いと俺は思う。更に言葉すらも丁寧なのが女性っぽいと感じる原因なのかも知れない。


 もっと男らしい父親になって欲しいものだが、家事スキルは女性顔負けな程に凄いので納得もしている。


 だがしかし、そのハート柄エプロンは止めてくれ。


 そんな父さんは主夫であり、ある程度は有名なフォトグラファでもあるらしいが仕事の事は詳しくは知らない。



「直弥、遅い! 早く座れ!」


 その父さんの横からいきなり怒声が響く。


「あ、はい」


 挨拶も無しに第一声が怒鳴り声なのは、母さん。

 少し小柄な身長ではあるのだけれど、黒のビシっとしたスーツを着用し、嫌らしくない程のブラウンカラーに染めた長い髪が良く似合う。


 戦闘準備は完了しており、何時でも出撃可能な状態のままに卓上にあるタブレットで株価のチェックをしている。毎朝の日課との事。


 そんな母さんはキメの細かい肌に二重でクリっとした黒い瞳に切れ長の目、鼻筋もスっと通り小鼻も小さい。マザコンでは無いが綺麗なのは認める。綺麗な歯並びに白い歯から出る声も不釣り合いな怒声よりも歌でも奏でる方が似合いそうだ。そんな母さんは女性っぽい父さんとは正反対に男勝りな話し方をする程に家では口が悪い。


 付け加えるならば、女子力は壊滅的である。


 だが、俺はこの男より男臭い話方が好きで真似てもいる。母さんは結構稼いでる弁護士との事。昔はバリバリのヤンキーで勉強も全く出来ない馬鹿だったらしい。


 其処からどうやって成り上がったのか疑問にもなるが、その話を振ると終わりなき父さんとの惚気話に繋がってしまう。その話の内容が我が子に自慢する様に男の経験は親父だけだとか。昔はそれが硬派と言ってたらしいとか。更に、親父の童貞を奪ったと自慢まで話が進む。子供に話す内容なのかとは思うもので、肝心な成り上がり物語まで辿り着かないので詳しくは聞いてはいない。


 しかし、そんな母親は俺の憧れでもある。

 容姿では無く、その男勝りな生き様に。カッコイイ。



「おにぃちゃん、早くー」


 そして、問題なのはこれだ。俺の後から満足気な表情でダイニングキッチンに入ってくるなり早く座れと声を上げる。


 はぁ……誰の影響を受けたのか。


 取り合えず、その仕草や口調をやめろ。俺の筋肉を見る目はマジでやばいぐらいだ。俺の筋肉が羨ましいならおまえも鍛えたらどうなんだ。


 はぁ、嘆かわしい……同じだと思うと悲しくなる。


 そう、俺の兄弟――そして、俺の『弟』なのだ。


 マジで勘弁してくれ。



 そして、4人が席に座り、いただきますの合図と共に食事を進める。


 今日の朝食のメニューは目玉焼きに味噌汁に納豆、焼いたシャケにサラダと日本男児の憧れである。これぞ日本が誇る純和食である。


 ガツガツと早食いの母さん――見事としか言いようが無い程の食べっぷりだ。

 あっ、御飯に味噌汁をかけたか――素晴らしい。実に漢らしい。


 それに反する様にリスの様に女々しく食べる弟――男らしく食えよ。女々しいわ。シャケの切り分け1cm以内とかやめろ。骨を綺麗に並べるな。箸に乗ってるご飯粒が数えられそうではないか。


 最後に絵になる程に上品に食べる父さん――フォークとナイフでは食べ難くないのかな。和食だし箸を使おうよ。ホント、マジで、なんで?


 まぁ何時もの情景ではある。


 もう口に出してツッコミを入れるのも疲れた。




 そんな感じで俺の朝が始まる。



 △▼



 朝食も終わり学校の支度をするが、まだ少し時間がある。


 暇なので体重計に乗り、今日の体重を測る。


 65キロ……。因みに身長は175cmだ。


 「くそッ!」


 昨日と変わらず平均ぐらいじゃないか。

 俺の目指しているのには程遠い。――180cmの90キロが俺の目標だ。


 だが、只のデブではいかん。筋肉モリモリの90キロ、これが理想なのだ。

 早くムキムキのゴリマッチョの肉体美になりたいものだ……そして、マッスルコンテストジャパンに出場したい。


 くそぅ。マジで何が悪いんだ?


 もっと食いたいが、お腹破裂するから無理。

 朝のトレーニングが甘いのだろうか。だが、これ以上すると二度寝出来ないし学校に遅刻するから無理。




 そんな肉体改造を施している、俺の朝は早い。学校に行くまでの時間は貴重だ。


 朝日が昇る時間になると目覚まし時計で目を覚まし、顔を洗い、歯を磨く。

 それが終わると、愛用のジャージに着替え、日課であるジョギングの為に家を出る。


 早朝に走っているのは珍しいのか、すれ違う人達がよく立ち止まり挨拶をしてくれる。最初はこそばかったが、今では清清しく気持ちいい。


 散歩をしている人達とは顔馴染みにもなり、挨拶を交わしながらに、走る。

 まぁ顔馴染みではあるが、挨拶だけで会話は全く無いのだが。


 しかし、俺の走る時間はかなり早いと思ってはいるが、すれ違う人達も朝早くから熱心な事だと関心する。しかも女性比率がやたらと高い。


 ダイエットブームかなにかだろうか――謎だ。


 そして、ジョギングから帰るとトレーニングルームに行って筋トレ。母さんが金に糸目を付けず揃えた数々のマシーンが俺を待っている。


 部屋に入ると俺の心と筋肉が、まだかまだかと急かして仕方が無い。

 今日も俺の筋肉達を男らしく引き上げてくれると思うと、心が躍るり、抑える気持ちを隠しきれず顔に笑みが浮かんでしまう。


 大胸筋、三角筋、上腕三頭筋、広背筋、上腕二頭筋、脊柱起立筋、大腿四頭筋などなど、将来必ず男らしくしてやると、強い願いを込め、中学の頃から初めて筋トレに励む。


 そんな強い思いが男として成長させるのだと、俺は信じているからだ。

 今は貧弱極まりないが、いつかは俺の憧れのシュワちゃん様の肉体美を手に入れてやる。その目標を伝えると皆が揃って鼻で笑う――解せん、何故だ。


 出来ないと思っているのだろうか。舐められたものだ。


 まぁ、確かに今はある程度の筋肉は付いてはいるが、まだまだ理想には程遠い。

 如何せん幾ら食べても太らず、体が余り大きくは無らない――成長期が嘆かわしい。


 そして、筋トレが終わるとシャワーを浴び、二度寝をする。この時が最高に気持ちが良い。それに、悲鳴を上げていた筋肉を休ませてあげないといけないからな。


 その後は今、この時の家族団欒となる訳だ。


 改めて家族を見る。俺の隣に座っている弟の容姿は母さんに似ているのは間違いない。俺と違って黒髪黒目だし背も低く小柄なのは遺伝だと予想は出来るから。


 だが、我が弟よ――性格も母さんに似てくれよ。

 いや、マジで頼む。どこで道を踏み外したんだ……。


 兄ちゃんとしては、がっかりだよ。


 そして俺は……性格は間違いなく母さんだ。 

 俺のハートは母さんの遺伝子そのものだから、断言で出来る。

 容姿に関しては、周りは父さんと母さんを足して割った感じだと友人達に言われる。

 意味がわからん。主にどっちなんだ?

 まるで納豆卵かけご飯じゃねーか。卵か納豆どっちがメインなんだ?

 混ぜてどっちの良さも消えたと言いたいのか……それはそれで、泣ける。


 まあ、確かに遺伝子を受け継いでいるのだから、少し似ているところもあるのは間違い無いが、悪いとこだけ似てるとか思われていると、ハートブレイクもいいとこだ。


 そんな俺の現在の容姿は貧弱そのものだ。男らしくない。

 その最大の原因である貧弱な白い肌に顔……病弱かよ。マジでキモい。


 一時期、しげる様に憧れ真っ黒にしてやろうかと意気込んではみたものの、家族や友達に猛反対され断念するに至った。解せん。


 更に気に入らんのは目だ、目……。眼球の色は父親の遺伝からなのかブルーアイを受け継いでいるのは仕方無いとしても、この二重瞼をどうにかしたくて堪らん。

 成人したら絶対に一重瞼に整形してやる。 

 今は両親の承諾が下りないから我慢するしかない――仕方ないので伊達眼鏡でごまかしている。


 髪もそうだ……両親が決めた美容院以外は認めてくれない。

 よくわからんが、そこなら無料だからなのだろう。

 だが残念な事にお任せ以外は却下される。時にはパーマをかけられたり、カラーされたり、そこの店の人の玩具と化している。


 不細工な顔を引き立てようと努力してくれているのは嬉しいが、丸坊主でいいって言ったら泣く程に怒られ、挙句は家に電話までされ、家族や友人総出で店にくるなり止められた。

 母さんからは坊主にしたら愛用マシーンを捨ててやると脅されまでした――これまた解せん。


 俺って坊主にして顔を晒け出すと、そんなに残念顔になるのかと……少しセンチメンタルになったのは内緒だ――男らしくステイサム様の様に丸坊主にしてやろうと思っただけなのに。


 そして今は耳が隠れる程の髪に父親と同じグレーヘアー。白髪じゃないよ地毛だから。まあでも美容院の人が目の色に合うって言ってくれるし、俺も気に入ってる。空気読める俺はお世辞にも乗れるからね。それに髪が長いと貧弱な顔が隠れていいし。




 そんな事を考えながらに朝食やら学校の準備などを終え部屋で寛いでいると、そろそろ学校に行く時間となった。


 ピンポーン


 おっと、友人が迎えに来たな。


「直弥君、お迎えに来てくれましたよ」


 友達が来た事を父さんが教えてくれる。

 インターホンは聞こえてるから。流石に三度寝はしてないからね?


「わかったー」




 さて、今日も頑張って学校にでも行くとするか。




 モテる友人達と一緒に。




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