決戦は二人きりで1
「青空すべてを聞いたんだろう。おまえは本来であれば聖女としてリュデンシュベルに滞在をしているはずだった。それを俺が邪魔をした」
二人きりになった途端ハディルが話しかけてきた。
「わたしはこの国の人たちによって召喚されるはずだったということは聞きました。それから、ハディル様がそれを、その……横取りしたとか。そういうことも……。驚きました。てっきりハディル様の暇つぶしだと思っていたので」
青空はぎこちなく頷いた。青空としてはハディルの言葉をずっと信じていたから、聖女と言われてもまだぴんとこない。暇つぶしも大概な理由だけど今となってはそちらのほうよかった。
「どうしてハディル様はわたしに親切にしてくれたのですか?」
青空は気になっていたことを聞いた。
「おまえが好きで召喚ばれたわけでもないだろう」
「たしかにそうですが」
「それに……興味があった。異世界の人間に。おまえは見るからに弱そうで、こんなので俺を倒せるのか疑問だった。それと、前回やってきた人間の勇者が忘れられなかった」
ハディルの言葉を聞いた青空は胸がずきんと痛むのを感じた。その人間はいったいどんな人物だったのだろうか。自分のように女性……だったのだろうか。こんなときなのに青空は小さなことを気にしてしまう。
「彼は病を負っていた。死ぬ前に会いたい人がいると俺に訴えた。……だが、俺はその男を退けた。彼はこの地で果てた」
感情を押し殺すような声。普段から着の無い素振りを見せているハディルだけれど、彼の中にだってちゃんと喜怒哀楽があることくらい青空はすっかり見抜いている。彼は、きっと後悔をしているのだ。
「今回も同じようなことが起こるのかと思ったら、先に奪ってしまえと思った。何も知らせずにレギン城に留めておけばいいかと思った」
それが今回青空をレギン城へ招いた理由。
彼なりの優しさなのだと青空は思った。
「まさか異世界の娘と夫婦になるとは思わなかった。青空、おまえといると初めてのことだらけだった。おそらく、これが幸福だということなのか、と考えたりもした。だが、それももう終わりだ」
ハディルは静かに青空の顔を見る。
反対に青空の方が泣きそうになる。どうして、彼は終わりだなんていうのか。彼は何を言おうとしているのだろう。
「青空、おまえだって元の世界に帰りたいのだろう? 時折寂しそうに空を見上げているのを俺は知っている」
「でも! でもわたしは、ハディル様を殺したくはありません!」
青空が口をはさむとハディルは虚を突かれたように少しだけ目を丸めた。子供のような無防備な顔に、青空は彼から目が離せなくなる。
「俺は青空の悲しむ顔を見たくない。おまえが笑うと俺も嬉しいんだ」
「わたしだって同じです! わたし、ハディル様が笑うと胸の奥が切なくなります。あなたがただ、笑ってくれれば……わたし……それだけで……。わたしは、ハディル様のおそばにずっといたい……」
ハディルを目の前に青空は切々と訴える。家族や友人が恋しい気持ちはあるのに、青空は目の前のハディルを放ってはおけない。いや、彼の側を離れることだって考えられない。ハディルの心に寄り添いたい。その想いが爆発しそうになる。
「だが聖女としてこの世界に召喚された限り、リュデンシュベル帝国はおまえを狙ってくる。他の魔王がおまえを亡き者にしようと動きだす可能性もある。そして、青空。おまえは聖女としての役割を果たさない限りこの世界から離れられない」
そこでハディルは口を閉ざした。
ハディルは体の横に降ろしている片手をぎゅっと握りしめる。
「俺は……おまえに嫌われたくない」
だから、とハディルは続ける。
「おまえになら俺は殺されてもかまわない。俺を倒して元の世界へ帰れ。青空」
青空はハディルから目が離せなかった。
彼が笑っていたから。口元を少しだけ緩めながら青空だけを見つめている。そうして、彼は笑うのだ。青空を見て。青空の胸が痛くなる。彼は、青空がこの世界に留まることを選択しても、いつか里心が付くと決めつけている。そのときに青空がハディルを見限って、彼を倒そうと心変わりすることを恐れているのだ。
先のことなんて分からない。いまもしも青空がこの世界に留まることを選択しても、将来日本に帰りたいって思う気持ちが生まれるかもしれない。
それでも、と青空は思う。たとえ日本に帰りたくなっても青空はハディルを退けてまで帰ろうとは思わない。
「それでも! わたしはあなたを倒しませんっ! 聞いてください、ハディル様。ディーテフローネさんに聞きました。もしかしたら、あなたを―っきゃっ」
しかし青空の言葉はハディルによって遮られた。
彼が魔力を青空に向かって放ったからだ。青空はバランスを崩して倒れた。
その隙にハディルは己の身に宿す魔王の力を解放した。
以前と同じ光景が目の前で繰り広げれられていく。ハディルであって目の前の彼はハディルではない。上半身の衣服が裂け、筋肉が膨張し太い血管が浮かび上がる。口元には大きな牙が生え始める。指の先の爪が長く鋭く伸びていく。
魔王の力を前に〈光の剣〉の輝きが増す。青空を守ろうと剣の光が空を包み込もうとするが、光は青空の中の魔力に反応し、ぴしりと弾かれる。
青空の目の前にハディルが現れる。
「やっ。駄目……! や、やめてください!」
青空は咄嗟に剣を前に出して身をまもる。
〈光の剣〉がハディルを捉えようと輝きを増す。
「やだ、だめ!」
青空は慌てて〈光の剣〉を降ろした。
するとその隙を狙うようにハディルが黒い闇の魔法を青空に向かって放つ。
「俺を殺さないと青空、おまえが死ぬことになる。本気を出せ。そうすれば〈光の剣〉はおまえに応える」
(まさかハディル様、わたしにわざと〈光の剣〉の力を引き出されるためにこんなことを?)
おそらくはそうなのだろう。
彼の実力をもってすれば戦闘の素人である青空など赤子の手をひねるようなもの。青空のような素人など瞬殺できるはずなのに、ハディルはわざと青空が反撃しやすいように次の手を繰り出す間を延ばしている。
「御託はいい! 俺のどこが弱点が教えただろう?」
青空の脳裏にリュアーナの花畑での会話が蘇る。突然どうしてあんなことを言い出すのかと訝しんだが、この時のためだったのだ。青空が躊躇しないように、と。
「ハディル様!」
「青空。俺をさっさと殺せ。でないと、俺も加減が出来なくなる」
青空が叫べばハディルの少し切羽詰まった声が返ってきた。
ハディルが飛び上がる。上空から彼は魔法の槍をいくつも出現させる。
さすがの空も震えた。あれに当たれば痛いだけでは済まされない。一斉に放たれた黒い闇の槍を〈光の剣〉が打ち払う。光が闇と拮抗し、ハディルの魔法が霧散させられた。
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