決戦は二人きりで2

「だ、だめ……」

「さっさと反撃をしろ。でないといくら〈光の剣〉を持っていてもさすがに無傷では済まないぞ」


 ハディルは上から冷たい声を出す。

 突き出したその手が空へと向けられる。彼の手の内から生み出されるのはまたも黒い闇の魔法。びりびりと電撃のようなものを纏っている。青空はハディルの視線にびくりと慄いた。目の前には本物の魔王がいる。本能で逃げ出したくなる。


 しかし、ここで青空が背を向けてしまえばハディルが傷ついてしまう。彼は青空そらが魔王であるハディルのことを恐れるのを、拒絶するのを怖がっていた。それで一度は青空から逃げ出したのだ。そのことを思うと青空は彼から目を背けることはできない。


―青空、なにを躊躇っているの? 彼は本気よ。あなたも早く決断なさい。魔王の力は強大で、ハディルという魔族の意思をも無視するわ―


 ふいに耳元で女の声がした。

 ディーテフローネの声だった。彼女の声に青空は「だって」と反論をする。

 魔法の玉が青空に向かってくる。いくつもの魔弾が地上へ降り注ぎ、周囲の樹木や地面に当たる。青空は〈光の剣〉が守ってくれたが、魔弾が地面をえぐった衝撃で青空は体勢を崩した。


「ハ、ハディル様、聞いて!」

 よろけた青空は地面に伏した。

 そこへハディルが降りてくる。


「青空。さあ、俺を殺せ」

 青空はその瞳の様子にぞくりとした。彼は、おそらく諦めている。そういう者の目をしていた。

「殺せるわけ、ないでしょう? わたし、あなたのことが好きなんです!」


 青空は立ち上がることが出来ず、ただハディルを見上げた。人を好きになったことはあったけれど、ふわふわとした綿菓子のような気持だったのだと今は思う。  だって、目の前の黒衣の青年のことがこんなにも愛おしいと思っている。駄目な部分も知っているはずなのに、どうしようもなく心が惹かれる。どうして、だなんて理屈では答えられない。


「だから、わたしがすべてを終わらせてあげます」

 青空はにこりと笑らって立ち上がる。そして黙ったままのハディルの側に歩み寄った。


「……青空……?」


 ハディルは戸惑った声を出した。

 彼でも、こんな風に狼狽えることがあるのだな、と思うとちょっと意外にも思ったけれど、青空はもう決めたのだ。ハディルを倒さないと。だから、ディーテフローネの案に乗ることにする。ちょっと、いやかなり賭けだけれど、人間一番の大勝負の時に決断をしなくてどうするのだ。


「ハディル様、指輪。大切にしてくださってありがとうございます」

「……」

 突然そんなことをいうものだからハディルは黙ったまま。青空は自分のそれを左指から外した。それから、「最後に交換しましょう」と提案した。


「青空……何を考えている?」

 ハディルはようやくそれだけを言う。

「ハディル様のことを」


 近くの魔王に〈光の剣〉の輝きが強さを増す。青空を動かそうと、光の力が強くうねる。光の力に反応して魔王の、混沌の力もハディルからあふれ出ようとする。ハディルは、眉を顰めた。


「早く、指輪下さい」

 青空が己のそれを握ってハディルの前に突き出す。すると観念したのかハディルも言うことを聞いた。受け取った指輪を青空は優しく撫でた。

「ハディル様、大好き」


 青空はハディルの胸に飛び込み、ハディルの唇に己のそれを強引に重ね合わせる。それだけではない、口を開いて、彼の中から闇の魔力を奪い取る。

 闇の気配をこれでもかというほど吸い込んだ青空は、ハディルから離れた。

 ムードも減ったくれもない行為。ファーストキスはもうちょっとロマンティックな場面がよかったんだけど、仕方ないな、とこんなときなのに青空は苦笑した。


 そうして。

 青空はハディルから返してもらった指輪を己の頭上に放り投げた。


「〈光の剣〉よ、魔王を倒しなさい!」


(お願い、蝶々たち、力を貸して!)

 青空の声に反応して〈光の剣〉が強い閃光を突き上げる。


 いつの間にか青空の周りに出現をした美しい蝶々の群れが〈光の剣〉にまとわりつく。透明な羽が七色に輝く〈光の蝶〉たちは〈光の剣〉の周りをくるくると旋回し、それからゆっくりと鱗粉をまき散らしながら消え去った。


〈光の剣〉はついに最後の攻撃を放つ。

 剣から放たれた白い光は魔王へ向かって放たれる。

 ハディルの目の前で。

〈光の剣〉は獲物を捕らえた。


「なっ……ど……どうして……」


 ハディルは微動だにしなかった。目の前ではあり得ない光景が繰り広げられているからだ。

 青空が、その身に〈光の剣〉の刃を受けていた。


 光の閃光は一度は上空に向かって放たれ、本来ならハディルに向かってくるところを、そのまま真下にいた青空へ向かった。


 青空はその身に光を受けて、カランと〈光の剣〉を取り落とした。

 彼女の口元が小さく動いた。

 声にならないその口元は、確かに「ハディル様」と動いていた。


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