双子が帰ってきました

 青空が死の恐怖を味わった三日後。

 ようやく双子が帰還した。


「青空! ただいま帰ったぞ。見るがよい。我はリヴィースノピ大陸産の植物を使って砂糖の精製に成功したのじゃ。いくつもの種類をつくったゆえ、張り切って菓子をつくるがよい」

 ほくほく顔で青空の前に現れたヒルデガルトだ。


「ヒルデ、ルシンも。おかえりなさい」


 青空は返事をした。

 ヒルデガルトは青空の返しに「うむ」と頷いた後得意そうにうんちくを垂れ流す。


「我らが今回みつけたのは甘い蜜をため込む実じゃ。これを砂糖の実を名付けることにした。あと北の方に自生する背の高い草の茎も絞るととても甘かった。これも煮詰めていくと砂糖が取れることが判明をしたのじゃ。なるほど、調べればこちらの世界にもたくさんの甘い植物があることがわかった。我らは世界を一周しつつ砂糖の精製をも行い……」


 ヒルデガルトはすっかり研究者としてのスイッチが入ってしまった。

 得々と今回の砂糖探しの旅で得た成果を青空に披露する。

 青空はうんうん、と感心しながら聞いていた。世界は違えども砂糖がとれる植物があってよかった。地球と同じくいろんな植物から砂糖やらシロップがとれるということだ。


「それで、青空。元気がないようだけれど、どうしたの?」


 てっきり青空がもっと感激すると思っていたのに、思ったような反応を得られなかったようでルシンが訝しそうに首を傾ける。


「それはたしかにそうじゃな。青空はいささか覇気がないのじゃ」

 双子に続けざまに指摘をされた青空は、みるみるうちに顔を歪ませた。

 


「……実は……」


 青空は二人に、先日あった出来事をぽつりぽつりと話し始めた。ヘルミネに命を狙われて火口へ落とされそうになったこと。それから間一髪でハディルが助けてくれたこと。


「うむ。結果、奴は青空を助けたのだろう。よかったではないか」

「でも、わたし……」


 話の合間に相槌を打つヒルデガルト。

 青空は続ける。ヘルミネをそのまま殺そうとしたハディルの様子がおかしかったこと。それから、そんな彼に動揺して、怖がってしまったことを。


 その後レギン城へと戻った青空の前にハディルは一度も姿を現していないことを伝えた。あんなにも毎日一緒に眠ることを強要してきたのに、ハディルは己の私室であるはずの部屋に一度も現れない。現在、青空一人があの部屋を使っている。


「うむ。そのようなことか」


 青空はがっくりと項垂れた。

 ヒルデガルトにとってはその程度のことなのかもしれないが、青空にとっては大事なことだった。


「奴は魔王じゃ。魔王というのは原初の闇の源、混沌をその身に宿す者。魔族と呼ばれる混沌の力に属する者たちは皆、本能で魔王を恐れる。その身に刻み込まれておるのじゃ。そして魔王の魔力は強大じゃ。今の魔王は大人しすぎた。だから六家の者は調子に乗った。魔王に喧嘩を売ったのじゃから殺されても仕方ない」


 ヒルデガルトは淡々と説明をした。

 青空にはわからないことだらけだった。この世界の常識は青空の世界のそれをかけ離れている。そもそも魔王の存在自体が青空にとっては未知のものなのだから。


「魔王を恐れるのは人の本能でもある。人間は我らとは反対の、光の神を支持しておる。原初の光の神を祀る人間からしても魔王は恐怖の対象じゃ。いまさら青空が奴を怖がったところで、当たり前のことではないか」

「で、でも。助けてもらったのにわたし、結局お礼も言っていないし」


 青空はあたふたと反論した。

 別に青空は、青空がハディルを怖がったことを正当化してほしかったわけではない。


「では言いに行けばよいではないか」

「うぅ……。ハディル様、わたしには会いたくないって」


 それが今回一番堪えた。はっきりと彼は青空に会いたくないと言った、というのだ。誰から聞いたのかといえばディーターからだ。彼は今回の事件の後処理で多忙を極めている。その彼が時間を見つけて青空に会いに来てくれた。怖い思いをした青空を気遣って、その日の夜に。魔王の私室はレギン城の中で一番守りが固い。なにしろ彼自身が強力な結界をかけているからだ。ここでなら安心して眠ることができるから、今後もこの部屋を使うようにと彼は伝えてきた。


「そういえばさ。六家の、ザイフェルト家の処罰とかどうなったのさ」

 ルシンが今更ながらに尋ねてきた。

「それは、わたしにはよくわからなくて。色々と大変みたい」

「だろうね」

 ルシンは深く頷いた。


「ともかく。我には六家のザイフェルト家の処遇など関係ないのじゃ。我は砂糖を見事に完成させたのじゃ。青空、我は頑張ったのじゃ。褒美が欲しいのじゃ! 褒美じゃ」

「褒美?」

「うむ。我に菓子をつくるのじゃ」


 ヒルデガルトは大きく頭を振った。頭の上のリボンがぴょこぴょこ揺れていて可愛らしい。ヒルデガルトの直球のお願いに青空は口元をほころばせた。

 それに、もしかしたらハディルも青空の作ったお菓子を食べてくれるかもしれない。いい口実にもなる。

 いい考えに思えて青空は笑顔を作った。


「うん。そうだね。ひさしぶりに何か作りたいな」


 それにリヴィースノピ大陸産の砂糖というのも気になる。何を作ろうか、青空は頭の中にいくつものお菓子を浮かべていく。せっかくよい具合の小麦粉も見つけたのだ。すぐにつくれるパンケーキはどうだろう。ふわふわでしゅっとととろけちゃうパンケーキ。ヒルデガルトがパンケーキに夢中になっている間に別のお菓子を作ろう。ハディルは特に何を気に入っていたか。


 青空は厨房へと移動することにした。

 もちろん双子もあとからついてくる。

 厨房にはすでにヒルデガルト作の砂糖が大量に運び込まれていた。


「そうそう、わたし一応魔石をコントロールできるようになったんだよ」

「おお。さすがなのじゃ」

「おめでとう」

「ありがとう」


 褒められると頑張った甲斐がある。久しぶりににぎやかになった厨房で青空はお菓子を作った。期待に胸を弾ませながら。


◇◆◇


 しかし、ハディルは青空のつくったお菓子を食べてはくれなかった。

 青空は自分でも予想以上にへこんでいた。


「青空様。陛下はきっと青空様のことを気遣っておいでなのですわ」

「……ありがとう。ヒーラー」


 ヒーラーによって寝支度を整えてもらった青空は、彼女に就寝の挨拶をしたあと机の側へと近寄った。

 青空はレシピノートをぱらぱらとめくった。

 オランシュ=ティーエの材料で作ったお菓子の感想やそれぞれの材料の特性が書かれている。毎晩レシピノートを更新しているとハディルが背後にやってきて、覗き込んだ。それから少しだけ青空を急かす。

 早く寝ろ、と。ハディル自身はあまり眠らない体質なようなのに、青空には早寝を推奨した。


 青空はため息を吐き、ノートを閉じる。

 立ち上がり大きなベッドの上にちょこんと乗った。


 思えばこのベッドも特別に広い。オランシュ=ティーエを統べる魔王のベッドなのだから当たり前だ。高級ホテルのキングサイズのベッドよりも広いと青空は思う。ただし青空自身高級ホテルに泊まったことは無いから想像で考えているだけなのだけれど。


 青空は横になった。

 今日で一人寝は何日目になるのだろうか。


 最初は異性と同じベッドで眠ること自体があり得なくて、ドキドキして寝付けなかったというのに。そのくせ一度寝付けばぐっすり快眠。翌朝ハディルからよく眠っていた、と言われ顔を赤くした。ついでに彼は青空の頬を突いたがふにゃふにゃと笑うばかりで起きない。ものすごい神経が太いと真顔で言われて、あのとき青空は叫んだ。寝ている人になにをやっているんですか、と。柔らかい頬でつつき甲斐があったとか意味の分からないことを言われて余計にきゃーきゃー叫んだのもいまとなってはいい思い出だ。


 しかし今はこの広い寝台で一人きり。夜がこんなにも心細いだなんて。青空は認めざるを得なかった。ハディルと一緒に眠りにつくことがすっかり日常となっていた。


 一人きりというのがとても心細い。ハディルの気配が隣にいないのがこんなにも寂しいだなんて。こんなこと想像もつかなかった。


 翌朝も当然ハディルは青空の前にその姿を現すことはなくて。

 一人きりの味気ない朝食を済ませると、青空は気分転換に散歩を提案された。ヒーラーと一緒にレギン城の庭園を歩いているとディーターが現れた。彼は連日多忙を極めているようで、目の下にクマをつくっている。魔族に寝不足は無縁だと思っていたのだが、そうではないらしい。

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