米粉をゲットしました

 厨房の作業台の上に置かれている、いくつもの小さな布袋を青空はしげしげと眺めていく。粉の入った袋とは別に、挽く前の姿のままの状態のものもある。

 青空はいくつ目かの袋の中身に「あっ」と声を上げた。


「どうしたの?」

「これは! わたしの世界にもあった、お米です」


 ルシンの問いかけに青空は勢いよく喋った。袋に入れられていたのはまごうことなき米。もみ殻のついた、精米されていない米が入っている。

 ということは、隣の白い粉はもしかしなくても、米粉。


「これは、この世界でもメジャーなんですか?」

「どうだろう。リヴィースノピ大陸の南部の湿潤地帯で栽培されている穀物だって。僕も実物を見たのは初めて」


 ルシンが淡々と説明をしていく。

 リヴィースノピ大陸は青空がいま住まうオランシュ=ティーエのある大陸で、この世界で一番大きな大陸。昨日ハディルから教えてもらった。


「これは、菓子を作るのに最適な粉なのか?」

 ヒルデガルトがこっくりと首を横に倒した。


「わたしの住んでいた国では米粉を使ったお菓子も多かったかな。アレルギーとかで小麦粉が駄目な人とかもいたし。……そっか。米粉があるならスポンジケーキとかつくれるかも。あ、シフォンケーキのほうがいいかな。スポンジケーキだとクリーム挟みたくなるし」


 青空は嬉しくなった。

 ようやく本領発揮できるかもしれない。それに、お菓子を作っていればいろんなことを忘れることができる。いろんなことの中にはハディルの妃になったことも含まれている。昨日一緒に眠ったけれど、隣にハディルがいるかと思うと緊張でなかなか寝付けなかった。最終的に寝落ちをしていたし、一度眠りにつけば熟睡したのだから青空の神経も大概だと思うのだが、それでもやっぱり心臓には悪いと思う。


「ほかにも色々と粉を用意したから試してみてよ」

 ルシンは自分が集めてきた成果を知りたいようで青空を急いてくる。

「うん。もちろん」

 青空はにっこりと笑った。

「そして今日こそはグランゼさんに用意してもらったケーキ型が使える」


 青空はじゃーんと、丸いケーキ型を取り出した。その声はうっきうきと弾んでいる。ケーキの型はお菓子作りを始めた直後、グランゼにこういうものが欲しいと紙に描いて伝えていて、彼がどこからか青空の希望に合ったものを調達してきてくれたのだ。足りない材料があれば何でも言ってください、というディーターのやさしさに甘えていろんなケーキの型を紙に描きまくった青空だった。

 青空はすっかり慣れた第二厨房で米粉の分量を量り始めた。


「そういえば、こっちの人たちはこのお米、どうやって食べているの?」

「殻をむいて、魚や豆と一緒にお湯で煮立たせて柔らかくして食べるらしいよ」


 雑炊とかリゾットとかと似ているかもしれない。今度食べてみたいな、と青空は思った。


 青空は調理に取り掛かる。

 卵を割って、白身と黄身に分ける。使うのは三つ目鳥の卵。殻は青だがニワトリサイズの卵だから使いやすい。グランゼ曰く三つ目鳥は目が合うとひたすらに追いかけてくるそうだ。三つも目があるし、執念深く追いかけてくるため飼われている三つ目鳥は目隠しをされて飼育されているとのこと。


「お妃さま。手伝うことがあればなんなりと」

「えぇっ」

 グランゼが敬礼をしたせいで青空は大きな声を出した。

「そういえば、青空はあの男の妃になったのじゃったな」

 今思い出したようにヒルデガルトがぽんと手を打つ。


「そうだね。結婚おめでとう」

 おはようのあいさつ程度の抑揚でルシンが後に続いた。

「もうっ! わたし妻じゃないよ」


 青空はガシガシと卵の黄身を泡立てる。ちなみに三つ目鳥の黄身は紫色。黄身とはいわないかも、と思うがやっぱり黄身以外にしっくりくる言葉が無いため青空は白身と黄身という言葉で押し通している。


「そのように立派な印章をつけておきながら、何を言うておるか」


 ヒルデガルトはあごをくいっと青空の胸元へ向けた。青空はえっ、と思って自分の胸元を見る。ブラウスの胸元はそこまで広くあいていない。

 特に見る限りヒルデガルトの言う印章のようなものはついていない。


「おぬしはまだ見方が分からぬか。魔力を持つ者ならすぐにわかる。あの男の魔力の証がそこにちゃんと刻み込まれておる」


 他の二人を見ると、揃って頷いた。どうやら魔族には普通に見えているらしい。

 青空の顔が白くなる。魔族の伝統的な婚姻についてハディルから教えられたけれど、青空にはまるで実感が無い。しかし、実感はないのにいつの間にかつけられた印によって青空がハディルの妻だということを自ら喧伝している状態にあるらしい。


「陛下ってわりと古典趣味だよね」

「今の時代、このようなことをする輩は滅多におらぬじゃろう」

「そもそも僕たちクヴァント族からしてみたら婚姻自体が面倒なことだしね」

 双子がかわるがわる言う。

「そこの料理番はどうじゃ? ぬしは妻と魔力交換をしたのか?」

「お、俺ですか?」

 突如話を振られたグランゼはぽりぽりと頬を掻く。


「お、俺たちは……まあ。顔なじみ同士でくっつきましたし。互いに今更だね、と特には」

「どうでもいいよ」

 ルシンの言葉にグランゼが「い、いや、そっちが聞いてきたんじゃないですか」と寂しそうな声を出す。


「うむ。ともかく、青空に魔力が宿ったならこの厨房も少しは使い勝手がよくなるのではないか?」

「え?」

 相変わらず卵黄を混ぜながら青空は返事をする。


「魔法が使えるようになれば魔石を使った温度調整も楽じゃろう。そして、そのように己の手ずから卵を混ぜなくともよい」


 そう言ってヒルデガルトは別のボウルに分けておいた卵白を混ぜ始めた。泡だて器に手を触れることなく、勝手に泡だて器が動き始める。


「うわぁ」

 いつも青空を手伝ってくれるグランゼも卵白でメレンゲを作るときに同じようにしていたことを青空は思い出す。

「そっか。それは便利かも」


 何しろ電動ミキサーが無いため、この世界でのお菓子作りは体力勝負。確かにハディルから貰った魔力を使いこなすことができれば今後のお菓子作りに大いに役立つ。


「青空様。こっちの続きは俺がやります」

「うん。お願いね」


 米粉と油を入れて混ぜた卵黄生地にメレンゲを混ぜてさっくりと混ぜ合わせる。本当はバニラエッセンスがあればよかったのだが、仕方がない。

 銀色のまるい型にケーキの生地を流し込み、あらかじめ温めておいたオーブンへ入れる。


「美味しく焼きあがるといいなあ」

「今まで作っていたお菓子と違って、今回のはとろとろしているんだね」

「パン種とはまるで違いますが……」


 やっぱりというか、やはりこの国では青空の言うところのふわっふわのケーキのような食べ物は存在しないらしい。オランシュ=ティーエで食されるパンも平べったいものが多く、発酵技術が発達していないことがうかがえる。青空は趣味でお菓子を作っていたためお菓子の歴史に詳しいというわけでもない。


 オランシュ=ティーエの食文化は地球でいうところのざっくり中世かな、というのが青空の感想だ。他の料理の味付けもいたってシンプルで塩胡椒とハーブ類。香辛料は胡椒があるならトウガラシやらシナモンなどがあってもいいと思うのだけれど、流通の関係なのかレギン城の厨房で見かけたことはない。


「これはあとどのくらいかかるのじゃ?」

 ヒルデガルトがオーブンの中を気にかける。

「うーん。四十分くらいかなあ」

「うう……まことに長き時間なのじゃ」


 ヒルデガルトが切なそうに眉を寄せた。

 きっと今すぐにでも食べたいに違いない。彼女は厨房の中を行ったり来たり。

 それにも飽きたのか、「そうじゃ、砂糖の一部を貰っていくぞ。これの成分解析をしてこちらの世界で代替品が作れるかどうか、研究を始める」と言った。

 暇すぎて何かをしていないと気が済まないのだ。


「うん。わかった。お願いね」


 青空と一緒にこの世界にやってきた砂糖だって無限にあるわけではない。お菓子を作っているとあっという間になくなる。そのため青空としてはこちらの世界で砂糖の代替となるものを手に入れたかった。ヒルデガルトに相談をすると彼女はどんと胸を叩いてくれた。これからも甘い菓子を食べるために必要な砂糖をこの世界の材料で作る。彼女は素晴らしい計画じゃ、と食い付いた。


「ああ。任せておくのじゃ」

 ヒルデガルトは「本日のお菓子が出来上がったら呼びに来るのじゃぞ」と青空に念押しをして自分の研究室へと帰っていった。


「じゃあわたしは待っている間にヨーグルトクリームを作ろうかなあ」


 青空は厨房の冷蔵庫(魔法で作った氷機能の魔石を入れた貯蔵箱)の中をがさごそと漁ってヨーグルトを取り出した。

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