突然異世界に召喚されました3

 迎えに来たディーターによって連れてこられたのは縦長の食卓がどーんと部屋の中央に鎮座する、文字通りの食堂。食卓には十数席の椅子。


「さあ、どうぞ」


 ディーターによって席へと誘導された青空はそのまま着席。


 青空は困惑する。重厚なテーブルの上には魔法で生み出された光の玉。光の玉は燭台の上にふわふわと浮いている。お風呂からあがって、ヒーラーに世話をされているうちにすっかり夕方になっていた。薄暗い室内を灯すがろうそくの火ではなく、魔法で生み出された光の玉というところが魔族の国らしい演出だ。


 青空の座席の前にはスプーンやフォークにナイフと似た形状のカトラリーが並べて置かれている。西洋風の食事スタイルのようで少し安堵する。

 しかし青空一人にしてはずいぶんと大げさで豪華な部屋だと思う。青空は居心地悪くそわそわとあたりを見渡す。このまま一人きりでの食事なのだろうか。そのわりに給仕係の数が多い気もする。


 すると食堂ににぎやかな声が入ってくる。

「まったく。人の研究を邪魔しようとはいい度胸じゃ」

「異世界の人間を間近で観察できる絶好の機会だよ。ヒルデもたまにはちゃんとしたご飯食べた方がいいよ」

「ふん。大きなお世話なのじゃ」


 ルシンの声ともう一人。彼よりもやや高い声が聞こえる。だいぶ古臭い喋り方をした人だなあと青空が思っていると、件の声の主が歩いてきた。


 ルシンと似た顔立ちをした女の子だ。彼女のちょっと後ろにルシンが控えている。

 女の子はルシンよりも少しだけ低い背丈で、こちらは肩口までの長さの髪の毛を内巻きにしている。頭の上に大きなチェリーレッドのリボンを乗せている。


「ほう、これが異世界の娘か。黒い髪に黒い目をしておる。ふむふむ」


 そう言ってやたらと芝居臭い喋り方をする、しかし見た目幼女は青空の真横までやってきて彼女の額に手をかざす。

 青空は反射的に目をつむった。


「ふむ。魔力は持ち合わせおらぬな。生粋の人間じゃ。異界の人間というのはなんの力も有していないものなのじゃな」

「そうみたいだね」

 そろりと目を開けると、じぃぃっと青空を見つめる赤い瞳とかち合う。


「彼女の名前はヒルデガルト。僕の双子のお姉さん。一応はね。僕よりも研究馬鹿でたまにはちゃんとしたものを食べさせろっていろんな人から言われているから引っ張ってきた。青空に興味があるんだって」

「ふん。いつもちゃんと食べておろうが」


 ヒルデガルトは胸を張った。

 扉が再び開き、次に現れたのはハディル。

 青空は目を見開く。もう会わないと思っていたのになぜに彼が。


「陛下。ちゃんと来てくれましたね」

 ディーターがほっとした声を出した。

「最初くらいは客をもてなせとお前がうるさく言うからだ」

 ハディルの答えは身も蓋も無かった。


「客人に対して失礼ですよ。それにしたって陛下も普段から食べるのは面倒だと言って碌なものを口にしませんからね。客人である青空様にオランシュ=ティーエの食事をちゃんと説明付きで振舞って差し上げてください。そしてあなた様もきちんと食してください」


(なるほど。わたしはこの人たちの撒き餌的な存在なわけですね……)


 ものを食べるのが億劫な人たちが青空という餌によって引き寄せられた、というか強制的に連れてこられたというか。そういうことらしい。それでやたらと豪華な食堂というわけか。


 学校の先生のようにディーターがぱんぱんと手を打ち鳴らし「さあさ。皆さん席に着席ください。食事を運ばせます」と場を取り仕切る。

 それぞれが席に着いたところで揃いのお仕着せに身を包んだ者たちが料理を運んできた。


(そういえば、魔族の人たちって何を食べるんだろう?)


 ちなみに青空は内臓系の食べ物は苦手だったりする。もつ煮込みとかレバニラ炒めとか駄目だ。

 青空の中の魔王のイメージのとおりの食事風景だと貧血を起こすかもしれない。


「なに一人で顔を真っ白にしているのさ」

 正面に座ったルシンの質問に青空は頬を引きつらせた。

「う、ううん。なんでも」


 給仕たちはそれぞれに銀の皿の乗った食事を運んできた。

 ほかにもスープの入った器を持ってきた女性もいる。

 何種類もあるスープのうちどれがいいですかと問われた青空は野菜をすりおろしてクリームと一緒に煮込んだものを選んだ。材料について問う青空に、都度ディーターが説明してくれるおかげで青空は安心して食事を口に運ぶことができる。

 薄い緑色のポタージュスープのようなものは、しかし裏ごしをしていないようでどろりとしている。内臓系が駄目だと伝えるとディーターは頷いて、これは大丈夫ですとかこちらはどうですかとか勧めてくれた。


「そうだ。スォーク・ドラゴンの肉もありますよ」

「ド、ドラゴンですか……」


 牛やら鳥は食べていたから馴染みはあるが、さすがにドランゴンは人生で初体験。青空はたらりと汗を流す。


「ええ。美味しいですよ。あ、陛下もいかがですか。さっきから座っているばかりでちゃんと食べてください」

「食べるのは面倒だ」

「またそういうことを。陛下、ちゃんとご飯を食べないと元気が出ませんよ」


 聞き分けの無い息子に呆れるような口調でさめざめとため息を吐くディーターだ。


「俺はもともと元気だ」

 ハディルはハディルで絶賛思春期真っ盛り反抗期な返しをする。

「ねえ、青空もそう思うでしょう?」


(え、こっちに振る?)


 青空はディーターとハディルの顔を交互に見る。たしかに先ほどからルシンと席を一つ隔てて座るハディルは一口も食べていない。


「それで、ぬしはドラゴンは食さぬのか?」

 今度は青空の右隣に座るヒルデガルトが尋ねてきた。

「ええと……わたしの世界ではドラゴンを食べる習慣はなくて……」

 というか、ドラゴン自体が架空の生き物だったのだが。

「ふむ。食生活の違いというものか」

 ヒルデガルトは一人納得をして料理を口に運ぶ。


「あ、あの。わたし……元の世界に帰れるのでしょう……か?」

 青空は勇気を出してハディルに問うた。

「……」

 ハディルは無言のまま。室内が静まり返る。しばらく待ったが誰も口を開かない。


 青空がディーターに目線を合わせると彼はあからさまに青空から顔を背けた。

 沈黙が支配し、青空は聞いてはいけないことを聞いたのだと悟った。もしかしたら青空はもう元の世界に帰ることができないのかもしれない。


「そ……そんな……」

 呟き声が口から漏れたとき。


「おい! どういうことだ、これは」


 突如大きな声とともに扉が乱暴に開かれた。大きな音に青空はびっくりした。涙が出そうだったのに、引っ込んでしまった。

 食堂に現れたのは一角族の男だった。


「なんです、レイ。食事中ですよ」


 ディーターが苦い声を出す。

 召喚された場面にもいた、銀髪の大きな体を持った目つきの鋭い青年だった。

 彼、レイは青空をぎろりと睨む。青空の背筋が凍り付く。彼は明らかな敵意を持って青空を見下ろしている。


「なにが食事だ。こんな人間の小娘を接待だと? いい加減にしろ」

 レイは吐き捨てる。

「俺が命じた。なにがいけない」

 ハディルが反論する。

 レイは、一瞬たじろぐが、ぐっと背筋に力を入れて口を開いた。


「この女は危険です。陛下に何の危害を加えるか分かったものではありません。今からでも遅くはありません。そっこく首を刎ねるべきかと」


「!」


 物騒な例の物言いに青空の体がびくりと跳ねる。

 実際にレイの手は自身の腰に差してある剣の柄に掛けられている。それがさらに青空の恐怖を煽り立てる。


「なにを物騒なことを言っているのですか、レイ」

「レイ、うるさいよ」

「ディーターもルシンも暢気すぎる。俺は、陛下の護衛として当然のことを申しているだけだ」

「レイ、黙れ。娘……青空が怖がっている」

「陛下!」


 ハディルにまで口を挟まれてレイは口惜し気にぎりりと奥歯を噛む。一応庇ってくれたらしい。


「しかし、陛下。この女は―」

「レイ。俺がいつおまえの発言を許可した?」


 レイがさらに言い募ろうとした途端、ハディルが低い声を出して遮った。彼はぐぐぐと言葉を詰まらせた。

それからのちレイは胸の前に手をかざして食堂を退出した。最後に青空のことを睨みつけるのを忘れなかったが。


「さあ、食事を再開しましょう。今度こそ食べてくださいね、陛下。青空様もさあ続きをお召し上がりください」


 ディーターがつくったような明るい声を出した。

 青空は脱力をして椅子の背もたれに体重を預けた。どうやら助かったらしいが、レイとハディルの温度差は何だろう。青空はハディルに視線を向けた。


「何でもない。気にせず食事をしろ」

 ハディルは素っ気なく言うだけだった。

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