ドリームメーカー

八野 有

第1話

ドリームメーカー


 電子計算機法第68条

 完全仮想現実作出事業者は、完全仮想現実作出装置利用者が完全仮想現実作出装置利用時にその世界は仮想であると、認識させる義務を負う

 

 木村はどこにでもいる平凡な会社員であった。だが一つだけ他人とは異なる志向があった。流行っているもの、人気のあるものをとにかく一番に体験したいという志向である。話題の家電の発売日となれば、会社の休みを取って一番に並び世界で人気の映画が日本に来たとなればそれがどんなに興味がなくても真っ先に見に行った。

 その木村が今最も注目しているのが、ドリームメーカーである。ドリームメーカーとは、体験した者を特殊な催眠状態にすることでそのものが求める夢を見せることのできる装置である。これは別名完全仮想現実作出装置と呼ばれ、そこでは好きなスポーツ選手になることもできるし、いつの時代のどんな支配者にになることも可能であり、全知全能の神になることすら可能であった。

 木村はドリームメーカーの開発が成功したことをテレビで知ってから絶対に世界で一番最初に体験すると決めていた。そして今ドリームメーカー営業開始日当日店の一番前に並んでいる。

 ドリームメーカーの開発は木村が店の前に並んでいる現在より5年ほど前にすでに完了していたが、これまでにない新技術だったので実際に利用するには法整備や、健康への影響の問題があった。5年間かけドリームメーカーの開発会社フィリップ株式会社はやっと問題をクリアしたのであった。このドリームメーカーの利用の際の諸問題の中で一番大きな問題となったのが、大川事件と呼ばれる事件で発覚した問題である。

 ドリームメーカーを開発したフィリップ株式会社は、ドリームメーカー開発から3年経ち法的問題など様々な問題を解決し、次に人体実験のための志願者を募集した。人体実験といっても、既にフィリップ株式会社の勇気ある従業員や家族、その関係者によって既に人体実験は行われており、健康面の問題はすでに解決されていた。なのでこの志願者募集の主な目的はデモンストレーションによってドリームメーカーの興味をあおるために行われたものであった。

 このデモンストレーションに応募し当選した1人が大川氏であった。(ちなみに木村もこれに応募したものの落選している)大川氏は当時の世界一の資産家であり、メディアにも多数出演している経営者であった。

 その大川氏がドリームメーカー利用にあたって一つの注文を付けたのである。

「ドリームメーカーは素晴らしい機械であるが、一つ問題がある。それはドリームメーカー利用中自分がドリームメーカーを利用していると知っているということだ。これでは完全な仮想現実とは言えない。ドリームメーカーを利用中は現在が仮想であるという認識をさせないようにする必要がある」

 この注文にフィリップ株式会社は難色を示した。大川氏が注文したような実験はこれまでやったことがなく、危険でる可能性が高いと考えたからである。

 しかし、大川氏は一歩も引かず注文が受け入れなければ自分の権力、資産を使いどんな手を使ってでも、この注文を成立させると言い出した。

 しかたがなくフィリップ株式会社は、何があっても自己責任である旨の契約書を作成し、大川氏に署名させ、大川氏の記憶を一時的に失わせることで大川氏に仮想現実であることを気づかせないようにして、ドリームメーカーを利用させた。

 その結果大川氏は死亡した。

 ドリームメーカーによると大川氏は憧れだった織田信長になり、史実通り本能寺で焼死した。焼死した時に大川氏の精神活動は終わり、二度と目を覚まさなかった。現実であると錯覚したままドリームメーカーで死を迎えると、現実でも死を迎えることになることが初めて分かった。

 この結果二度と大川事件を起こさないため完全仮想現実時には、仮想であると認識させないことは原則禁止された。

 それが法律で規定されたのが、電子計算機法第68条である。

 そしてこの法律では大川氏の事件のようなことを二度と起こさないためドリームメーカー利用中に仮想であると認識させないことに加え、現在が仮想現実なのか本当の現実なのか確認する方法を用意することも求められた。

 この方法についてフィリップ株式会社は、ドリームメーカー利用中には人差し指、中指、薬指を立て三本の指で顔をかけないようにすることにした。これは生前の大川氏の癖として有名なものであり、大川氏の経営する法人のロゴにもなっており、大川氏の遺族の許可を得て追悼の意味も込めてこの方法をとることにした。

 大川事件で発覚した問題点を解決しフィリップ株式会社はついにドリームメーカーの営業を開始することを決めた。

 木村はドリームメーカーの営業開始日一週間前から会社を休み、一番に店の前に並ぶことに成功し、営業開始後一番最初の客として店に入った。

「いらっしゃいませ。あなたの夢を作るドリームメーカーにようこそ!」店内に従業員たちの声が響いた。木村は従業員に大学の講義室のような部屋に案内された。そこには椅子と机があり机の上には電源の入っていないタブレット端末が、そして部屋の前方には大きなスクリーンが設置されており少々お待ちくださいとの文字。ぞろぞろと木村の後から利用者が入り、着座していき部屋が満席になった。同時にスクリーンに女性の映像が映り始めた。

「こんにちは!ドリームメーカーにようこそ!今から皆さんにはドリームメーカーを体験していただけます!まず机の上にあるタブレットで諸注意をを読んでいただき、こちらからのお約束に同意していただいてから始めていただくことになります。そのあとは皆さんの健康状態や夢の設定を決めていただければすぐに夢の世界へご案内します!」「解らないことがあれば、タブレットの右下のヘルプボタンを押してください。すぐに従業員が駆け付け問題を解決いたします!」「それでは、みなさん良い夢を!」

スクリーンの女性が消え机の上のタブレットの電源が入った。電源が入るとスクリーンの女性が言った通り画面には諸注意が映し出された。木村はほとんど読まずにスクロールしていった。誰よりも早くドリームメーカーを体験したかったからである。周りの利用者も木村と同じような人間らしく、ほとんど読まずにスクロールしていく。

木村は一度今回のような諸注意を読まずに失敗したことがある。それは味覚を通常の2倍感じることができるようになる薬を利用した時である。この時も彼は誰より早くこの薬を購入した。しかし1日に一度しか使ってはいけないという注意も読まず1日に何度も使用したせいで、副作用で1か月近く味覚がなくなってしまったのである。この時の彼は諸注意を読まずに使用したことを反省することなく「誰よりも早く体験しこの装置の副作用についてほとんどの人間が知らない状態で使用したからこそ逆に味覚がなくなるという面白い経験ができた」ぐらいにしか考えていなかった。

 諸注意、契約への同意を進めていくと次に夢の設定の質問が始まった。まずどういう夢を見たいかという設定から始まったが、木村は何も考えず押しやすいところにあったからという理由で銀行強盗に設定した。ここから銀行強盗の設定について説明や、どういう設定にするかの質問が始まったが、木村は適当にタップしていった。

 すべての質問が終わると、従業員が参りますので少々お待ちくださいの文字が画面上に出てきた。そして従業員が木村に声をかけ木村は個室に案内された。個室に案内されたのは木村が一番であった。

 その個室は3畳ほどのスペースに肘掛椅子とタブレットの置かれたテーブルそれにコードで接続された機械があり、肘掛椅子には体を固定するためのベルト、特殊な催眠状態にするための気体を送り込むマスク、脳へ特定の夢を見せるためのヘルメットが置かれていた。

 従業員の指示通り椅子に座り、ベルトで固定され、マスクとヘルメットを着けられた。

「リラックスしてください。すぐにでも夢の世界に行けますよ」従業員は声をかけ、肘掛椅子に接続された機械のスイッチを入れた。

 木村はすぐに睡眠状態に入り夢の世界に入った。

「ボス、俺がまず受付に行って店員を脅す。それからあんたが後ろから銃を持って登場。レベッカは入り口で誰も出ていかないように見張り。これでいいな?」短髪でサングラスをかけ筋骨隆々の白人男が話しかける。

「え?」木村が状況を理解できず声を上げる。

「おい!しっかりしてくれよボス。今から強盗するんだろ!解ってるんだよな!」

「ああ、もちろんだ」木村は答え状況を確認するため周りを見渡す。

 どうやら自分は車の助手席に座っているらしい。運転席には短髪の白人、後部座席には白人の赤髪の女がガムを噛みながら座っている。その横にはいくつかの大きなバッグ。

「よし、じゃあいくぞ!」短髪の白人が運転席から飛び出す。慌てて木村もそれに続く、後部座席の女もバッグを抱えて出てくる。

店内に入り窓口にまっすぐ短髪の白人が進む。

「こんにちは」短髪の男が話しかける。「ええこんにちは。今日はどうしましたか?」満面の笑みを浮かべた金髪の受付嬢が答える。

「銀行強盗だよ」短髪の白人が胸から拳銃を出して受付嬢に突きつける。

 赤髪の女が叫ぶ「全員伏せろ!動いた奴はぶっどばすよ!」バッグからショットガンを取り出し振り回す。「レベッカバッグをくれ!」短髪の白人が叫び赤髪の女がバッグを投げる。「隣に伏せてるお前!金庫に案内しろ」「ボス俺が金庫から金をとってくるまで見張りをお願いします。こいつらが少しでも動いたら穴だらけにしてやってください」短髪の白人はカウンターを超え店の奥に入っていく。

「あぁ!わかった」木村はそう答え状況を整理しようとする。

 どうやら今はドリームメーカーの作る夢の中らしい。そして俺は最初に設定した銀行強盗をこの男女二人組としている。たしか夢の設定時銀行強盗を選んだ後にそんな設定にした気がする。仲間は何人でどんな人間にするのか、どんな銀行を襲うのかや、自分たちの武器、銀行員のことや警察の設定などもあったはずである。しかし木村は早く体験することしか考えておらず全く設定などは覚えていない。

 俺はドリームメーカーを使いたかっただけで、銀行強盗なんかしたかったわけじゃない。なんで銀行強盗なんて暴力的なものを選んでしまったんだろう。だいたいこんな暴力的なものを体験できる夢の中に入れているフィリップ株式会社もおかしいのではないか。とにかくこの銀行強盗を無事に終わられるしかない。

 だいたいこの銀行強盗はどうすれば終わるんだ?金を奪って外に出れば終わりなのか?いや、外に出ても警察から逃げ切れなければ終わりじゃないだろう。警察から逃げ切るというのはどこまでのことを言うのだろうか町の外まで出たときか?国外脱出したときか?それとも何年か逃げ切った時のことを言うのだろうか。

 逆に警察に捕まれば終わるのだろうか。警察に捕まった後に待つ裁判や刑務所生活、これらは銀行強盗によっておこることである。これらは銀行強盗をしたことによっておこることであり銀行強盗の体験と言えないことはないのではないだろうか。それなら警察に捕まっても終わるかどうかはわからない。

 銀行強盗体験の終了条件についても、設定を選ぶときに必ずあったはずであるが木村はもちろん適当に選んでいるので全く覚えていない。

 確実にこの夢を終わらせることのできるのは死ぬことぐらいだろう。死ねば銀行強盗を続けることも銀行強盗をした後に起こる逃亡劇や裁判などもできなくなる。

 だが死ぬのは怖い。大川氏のように現在が現実であるという勘違いをしておらず、夢であるとわかっている以上今すぐ死んでも現実で死ぬことはないだろう。しかし大川氏はその死の体験をしたことで現実に死んでしまったのである。夢の中での死の体験とはどれだけリアルなものなのだろう。考えただけで恐ろしい。

 とにかく木村は死ぬのは嫌だし、捕まって刑務所に入れられるのも嫌だと考えた。そのためには銀行強盗を成功させなければいけない。その場合逃亡生活が待っているだろうが、金は強盗すれば大金が手に入るだろうし、仲間も二人いる。意外と楽しいものになるかもしれない。                      

 そうと決まれば今は見張りだ。あの男が金を奪って車で変な動きをしないよう銀行員たちを見張る。しかし銃が手元にないらしい、ポケットやズボンを探ったが俺は今銃を持っていないようだ。

 木村はレベッカ近づいて耳元でささやいた。「レベッカ、俺の銃はどこだ?」 

「あんたの銃はバッグの中だろ?あんたバッグは?」 

「バッグ?」たしか車に乗っているときに後部座席にいくつかあったような気がする。

「持ってくるのをわすれたの?」

「あぁ…たぶんそうだ」

「なにやってんのあんた、馬鹿じゃないの?強盗するのに手ぶらできたの?」

「すまん…どうすればいい?」

「はぁ…私はの予備の銃を貸してやるから使いな」レベッカはズボンに挟んでいたハンドガンを取り出し木村に渡した。

「ありがとう」

「たっぷりもらってきたぜ!」短髪の白人がパンパンに膨れたカバンと銃を両手に掲げ店の奥から出てきた。

 その瞬間、伏せていた黒人のガードマンが立ち上がった。「ドンッ!」銃声が響き短髪の白人が倒れる。

 ガードマンは次に木村に照準を合わせる。木村は反撃ではなく逃げることを選んだ。木村は伏せようとする。「ドンッ!」二度目の銃声。「うっ!」伏せる途中で体に当たったらしい。木村に激痛が走る。「バンッ」三度目の銃声。しかしそれはガードマンではなくレベッカのショットガンから放たれたものだった。ガードマンは吹っ飛び地面に倒れた。

「痛すぎるっ!…」幸い撃たれたのは肩らしく体は動くらしい。しかし撃たれた木村は中腰で立ち上がれない。「ドンッ!」その木村の顔にレベッカが蹴りを入れた。「お前が銃がないとか言ったせいで見張れなかっただろ!馬鹿!お前のせいであいつは死んだわ!」「すまん…」「とっととバッグを取ってこい馬鹿!」

 木村は何とか立ち上がり、カウンターを越え膨らんだバッグに向かう。温かい血が滴る肩、痛み、死への恐怖あまりにリアルすぎる。これは夢なのだろうか?現実としか思えない。木村は夢なのか現実なのかの区別がつかなくなってきていた。

「そうだ、大川の癖をやってみるか」木村はドリームメーカーをやっているときには、ドリーメーカーを利用中であることを確認できるようにするため、大川氏の癖である3本の指で顔をかけないようになっていることを思い出した。

木村は人差し指、中指、薬指を順番に立て顔をかいた。

「かける…」何故だ!ドリームメーカーを使っている間は、今が夢の中なのか現実なのか確認できるようにしなければいけない法律がある。そして、夢か現実かは大川氏の癖で確認できるはずである。しかし今顔をかけたということを考えると、今は現実ということになる。

 今が現実であると考えると俺はドリームメーカーに座り眠らされた後、ここに連れてこられ銀行強盗をやっているということだろうか。だがなぜだろうか木村は考えた。今俺が銀行強盗をわざわざ現実でやっているということは、ドリームメーカーは完成してないのだろうか。完成しているならわざわざ現実で銀行強盗などををさせる必要はない。壮大なドッキリにでもはめられているのだろうか。俺は一般人だしそんなことをする必要があるだろうか。理由を考えても全く分からなかった。考えているうちにバッグの前まで来た。

 バッグの横には倒れた男。弾丸は男の心臓を打ち抜いたらしく、胸からは血がどんどん床に流れバッグを底を濡らしている。男の死体は偽物には見えないこの男は本当に死んでいる。

「車のカギがポケットにはいってるはずよ!」レベッカがさけんだ。

 木村は男の死体に触れる。男の体は生あたたかい。なんとかズボンのポケットから車のカギを取り出した。

バッグを手に下げ木村はレベッカの元に戻る。

「とっとと逃げるよ」レベッカは入り口に向けて駆け出した。木村も後を追う。

 二人は外に出て車に乗り込む。レベッカは運転席に、怪我をしている木村は助手席に乗り込んだ。車が走り出す。

「どこに行くんだ?」木村が聞いた。

「地下でしょ。あなたが計画を決めたんじゃない。強盗の後は地下に潜って港に行くって」

「あぁそうだったな」

「撃たれた跡は大丈夫?」

「かすっただけみたいだ。血はほとんど止まったらしい」

「そうよかったわね」

 車はどんどんスピートを上げていく。

 木村は改めて現在の状況について考え始めた。

大川氏のように顔をかけたということは今は現実だ。しかし現実にしては明らかにおかしいとことがある。まず仲間の二人だ。二人はどう見ても白人だ。なのに俺と同じ日本語をなまりもなく話している。銀行でレベッカが殺したガードマンは黒人で受付嬢は金髪だった。外国人だらけまるでハリウッド映画じゃないか。木村はまた大川氏のように顔をかいた。今度もかくことができた。やはり現実である。

 まだまだおかしいことはある。このレベッカだ。蛍光ペンで塗ったような真っ赤な髪に皮のジャケット、皮のショートパンツ太ももにはバラのタトゥーまである。こんなな自分は悪い人間ですと主張しているような人間が現実にいるだろうか。また木村は顔をかいた。しかしもちろんかける。

 ではドッキリか。今この瞬間もカメラに撮られ俺は笑いものにされているのだろうか。それも違う。なぜならあの短髪の白人とガードマンの二人も死んでいるし、俺も実際に肩を撃たれたからだ。ドッキリでさすがに人は殺さないだろうし、撃ったりしないだろう。それに窓から外を見れば街並みや人が見える。銀行一つならセットでどうなるかもしれないが、街並みや通行人まで作り出すのは不可能だ。

 考えているうちに車が廃工場の前に止まった。

「とっとと地下に入るわよ」レベッカはドアを開け外に出た。

「ドンッ!」銃声が響いた。レベッカがドアの外で倒れている。

「おい、大丈夫か!」返事はない。クソッ!なぜだ!。なぜ撃たれたんだ。警察に待ち伏せされていたのか?場所がばれていたのか?銀行強盗をした経緯や計画も何もわからないから推測もできない。

 クソッ!まるで映画だ!こんなのが現実のわけがない。また木村は顔をかいた。もちろんかける。

 畜生!どうすればいいんだ!車から出れば撃たれて殺される。車を動かしてもどこに行けばいいのかわからない。この先どうする計画があったのかも全く分からない。頼むから現実じゃなくてあってくれ。木村は顔をかきむしり始めた。しかしもちろん顔をかける。 

 木村が顔をかき続けていると車の後ろから足音が聞こえてきた。おそるおそる車のシートから後ろを覗き込むとサングラスをかけた男がひとりこちらに向かって歩いてくるのが見える右手には拳銃。

 あぁ俺を殺しに来たんだ。木村はついに泣き始めた。顔をかく右手には血が滲み始めた。しかしもちろん顔をかける。

 サングラスの男はドアの空いた運転席側から顔を出した。

「金はどこだ。」木村は後部座席を指さした。男は後部座席を開けバッグを取り出し中身を確認した。その間も木村は顔をかき続ける既に右手は血で真っ赤になっている。

「たしかに。じゃあ運搬ご苦労さん」男は木村に銃を向ける。

「畜生!こんなの現実であってたまるか!」木村は顔をかき続ける。頬にはついに穴が開き、中指は歯に触れた。

「ドンッ!」サングラスの男が木村に向かって銃を撃った。激痛が走る。あぁこんなわけのわからない状態で死ぬのか。木村の意識はそこで途絶えた。

「お疲れさまでした」声が聞こえた。

 木村は目を覚ました。夢の世界に入った時と同じように椅子にベルトで固定されマスクとヘルメットをした状態で。

 従業員がベルト、マスク、ヘルメットを外した。

 あぁ夢の世界だったのか木村は安堵した。しかし次第に木村に怒りがふつふつとわいてきた。直前まで死ぬところだったのだ。

「ふざけるな!お前は大川の事件を知らないのか!」椅子から立ち上がり従業員に詰め寄る。

「どういうことですか?」

「大川の事件でお前らは夢の中では三本指で顔をかけないようにする義務があるんだろう!法律でもそう決まってたはずだ!」

「もちろん知っております。電子計算機法第68条の仮想であると認識させる義務のことですね」

「俺は何度も顔をかいたが何度でもかけたぞ!そのせいで夢の中を現実と勘違いしていた!大川みたいに夢を現実と勘違いして夢の中で死ぬところだったんだ!」

「その点はすでに解決しております。夢の中で死亡する場合その死の直前に現実に戻ることになっていますから。」

「そうかそれはいい。だが顔をかけたのはどういうことだ!お前らは夢の中で現実であると認識させる義務を負うんだろう!法律違反だ!訴えてやる」

「お客様、少々お待ちいただけますか。」従業員は机に置かれていたタブレットをいじり始めた。

「お客様少々勘違いされているようです。我々の義務は夢の中で三本指で顔をかけないようにする義務ではございません。夢の中で仮想であると認識させる義務です。」

「だからその義務の顔をかくことができないようにすることができてなかったんだろうが!」

「お客様はそれを変更されています。お客様の場合目を片方だけ閉じることができないようにしていたみたいですね。」

「そんなことを変更した覚えはない!勝手にお前らが変更したんだろ!」

「いいえ変更されています。これを見てください。」従業員はタブレットを見せた。

 そこには木村がドリームメーカーを体験する前にろくに確認もせずチェックした夢の設定の質問が映されていた。確かにそこには現実ではないと認識する手段はどうしますか?という質問に対して目を片方だけ閉じることができないようにするという回答にチェックが入っていた。

「たっ…たしかに変更している…だがなぜこんな質問があるんだ」

「お客様の中には人間ではなく鳥や、魚になりたいという方もいらっしゃいますので三本指で顔をかけないようにするだけでは、すべてのお客様に対して夢の中で仮想であると認識させる義務を果たすことができません。ですので何種類かの方法を用意しております。」

「ご理解いただけましたでしょうか」

「あぁ…わかった」

「ではこちらへどうぞ」従業員が個室の部屋を開け、外に出た木村もそれに続く。

「本日はドリームメーカーをご利用いただきありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」玄関まで案内され、木村は外に出た。外に出たころには怒りも収まり釈然としない気持ちはあったが実際自分が選んだことなのだから仕方ないと木村は考えた。

 木村は家への帰り道で改めて今回のことを考え始めた。おそらく自分のような人間は何人かいるだろうから仮想であると認識させる義務は話題になるだろう。しかし話題になってみんなが知ってしまえば俺のような体験をすることはできない。木村は誰よりも早くドリームメーカーを体験することで最初に体験した数人しかできない恐ろしい体験をすることができたのだ。

 木村は喜びに満ち溢れていた最初に体験する人間にしかできない体験。いつもこれを求めている。これだから誰よりも早く体験することはやめられない。

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ドリームメーカー 八野 有 @kakisisu9

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