第107話 メタモルフォーゼ 流形態

 二つの光が、私のスマホへと飛び込んでくる。

 一つ焔の民の少女だったもの。もう一つはキミマロだったもの。


 光を取り込み、スマホから溢れ出す、焔と水。


 焔は下へと。

 私の足を覆うように。足に食い込んでいた闇のアギトを尽く焼き払い、傷を焔が覆っていく。

 優しく私の傷を撫でる焔。それはまるで再生を象徴する不死鳥のごとく。私の傷が、炎で覆い尽くされ、炎が血となり肉となり皮膚となる。

 傷だった場所が、焔と書き換わっていく。

 痛みすら消え、そこには温かさだけが残る。


 水は上へと。

 私の上半身を流れるように巡り、一部が背中から翼となって花開く。それは水で出来た翼。循環する水の流れで形づくられた極薄の羽、一枚一枚が無数に重なり、翼となる。大気に満ちる大源泉から溢れた光──マナを捉え空を駆けるための翼。


 鯆形態だった時のメタモルフォーゼとは、装備の時の様子が全く異なる。キミマロと似た肌になることもなく、私の体を覆うのは、流水で出来たそれ。

 まるで焔形態の対となるかのような姿。

 巡る水は不定形のままに、それでもしっかりと私の体にまとわり。

 翼となり、鎧となり、武器となせる事が伝わってくる。


 手にしたスマホ。

 そこに表示される、文字が目にはいる。


『メタモルフォーゼ・ながれ形態』


 その文字を目にして、私は納得する。

 先程から、不思議と見えるのだ。体にまとわりつく流水の使い方が。

 流形態の私のまとう炎と水が副産物に過ぎないことが。


 そこへ、異界の魔王が襲いかかってくる。

 メタモルフォーゼを終えた私に向かい。


 先程までの悠然とした佇まいが嘘のように、焦った様子を見せる魔王。

 中性的で感情の見えなかった異界の魔王の表情が、ひどく歪んでいる。


 異界の魔王は闇の竜をけしかけると、自身も私に向かって迫ってくる。その手には、漆黒の人の頭ぐらいの大きさの、濃縮された闇を生み出して。


「ごめん、君には申し訳ないことをしました」私はに向かって呟く。


 見えるのだ、世界に内包された物質の流れが。そう、『世界』の流れが。


 私は眼前に迫った闇の竜へ手を伸ばす。その額を、そっと撫でる。手には焔と水をまとわせ。

 まるで愛猫の耳をくすぐるように。

 そっと。


 流形態の私の目に写る、闇の竜の実在。その存在を構成する特異点を、優しく撫でて刺激してあげる。

 それだけで、この世界で異物として無理やりに存在させられていた闇の竜の存在が、ほどける。


 闇の竜の体に、亀裂が入る。


 亀裂を生んだのは、焔。

 その亀裂から、どんどんと細かい破片と化していく闇を優しく受け止めるのは、水。

 水に包まれ、闇はその実在を急速に消失させていく。

 

「痛かったね。ごめん」 


 私は消えゆくそれへ、最後に言葉をかける。

 世界に拒絶され続けていた闇の竜は、元居た場所へと還っていった。


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