第80話 霊峰の麓の祠
「これは、ユピテルの民の遺跡かしら……」
祠は崩れ、天井には穴が開き、壁も片側が無くなっている。
興味深げに残った壁を眺めるジョナマリアとディアナ。
しかし一人は学術的な興味に目を輝かせ、もう一人は壁として利用できる強度が残っているか冷静に確かめている様子。
どうやらディアナのお眼鏡に叶う強度があったらしい。祠の遺跡の残された壁の脇に、ショウによって手早く簡易的なかまどが作られる。
既に何度も経験したディガー達との夜営。すっかり手慣れたそれ。
夜のとばりが落ちきる前に無事に私たちは食事を終え、ゆったりと焚き火の光を前にしていた。
残された祠の壁を熱心に見ていたジョナマリアもショウという匠の食事の魅力には勝てなかったようで。食事にはいそいそと参加していた。
食事中、自然と先ほどの襲撃の話題になる。
ジョナマリアによると、ここら辺はあまり危険なモンスターは出ないそうだ。
霊峰サマルンドの放つ濃い魔力が普通のモンスターを遠ざけるらしい。
逆に、犬顔グリフォン──正式にはハイヌというらしい──やレイス等の高濃度魔力を好む特定のモンスターを引き寄せてしまうそうだが。
そしてそんな話題も尽きると、ジョナマリアさんの視線は自然と焚き火の光に照らされた祠の壁へと。
ショウからお茶のカップが配られる。
「ありがとう、ショウ。ジョナマリアさん、先ほどおっしゃっていた、ユピテルの民って何なんですか?」
何となく話したそうなので、私はお茶を飲みながら話をふってみる。
視線は壁に向けたまま口を開くジョナマリア。
「クウさんは、巨人創世の神話はどこまでご存知ですか?」
「え、いや、不勉強なもので」
──あ、やべ、変な話題ふっちゃったか。なんだかこちらの一般常識っぽいぞ。
と焦る私を尻目に特にそれ以上突っ込むことなく話し続けるジョナマリア。
「ふふ、大丈夫ですよ。それぞれの民で、それぞれの神話があるのは理解しています」お茶を一口飲むジョナマリア。
「かつて、父神(チチカミ)たる原初の巨人には六人の娘たる姫神(ヒメカミ)が在ったと言われております。
悠久の年月の果てのある時、父神の頭部が腐り堕ちてしまったのだと。そして残されたカラダだけが暴れ始めたそうです。娘たる姫神達は父神のカラダを鎮めるために戦い始めました。
長い長い争いの時代が続き、ついに父神のカラダは伏したそうです。そのまま父神のカラダは新たな大地となり、姫神達は大地となった父神の手の指からそれぞれの眷属となる種族を作ったそうです。そして最初に、父神の親指から作られたのがユピテルの民だったと言われております」
そこまで一気に語るジョナマリア。
「ユピテルの民は今もいるんですか?」私は何となくたずねる。
「いえ、太古の昔に栄華を築き、その後、滅んだとされています。彼らは原初の巨人たる父神を信仰していたらしく、その遺跡には巨人が描かれている事が多いのです」
そう語るジョナマリアさんの視線の先、焚き火の光に照らされた祠の壁には、確かに巨人のような絵が残されていた。
「ユピテルの民の事は謎に包まれています。でも、高度な文明と高い能力を持っていたと信じられていて、今でも生き残りがいるという風説が幾度も上がるんですよ」とジョナマリア。
私もつられてその壁画のような絵を眺める。
──確かにロマンはあるけど、ジョナマリアさん、考古学好きなんだ。ちょっと意外かも。
そんなことを考えている私をよそに、ジョナマリアの神話語りはまだ続くようだった。
壁画を眺めるジョナマリアの瞳は、その知性を反映したかのようにキラキラと輝き。視線にそって上向きにあげられた顎のラインは、そこに完璧な造形美を生み出していた。
そう、私は話の内容にそれなりに興味は引かれつつも、炎に浮かび上がるジョナマリアさんの美しい顔に気が散りがちだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます