第76話 湖畔街ナール

「この調子なら本当に明日にはサマルンドに着いてしまいそうですね。キミマロさんは明日も同じくらい飛べそうですか?」


「どうなの? キミマロ」と私。


「きゆるるー」と元気いっぱいの声に大丈夫そうですと、私はジョナマリアに返答する。


 キミマロから降りるときに一悶着あったが、今はそんな会話をかわしながらナールの門へと向かっている私たち。

 街に直接降りるのは、さすがにはばかられた。街から離れた場所でキミマロから降りたち、夕闇の迫るなか、二人して早足で進む。


「ナール、正式には湖畔街ナールと言うんですが、少しだけ注意がいる街なんです」と珍しく歯切れの悪いジョナマリア。


「注意、ですか?」


「ええ。大通りは安全なんですが、いくつか危ない場所もあって。一晩泊まるだけですので、そういった場所に近づくことはないと思うのですが……」


「わかりました。気を付けるようにしますね」


 私は軽い気持ちで答える。ディガー達がいれば大体のことは何とかなるだろうし、宿で大人しくしていることに特に抵抗もなかった。


 そんな話をしているとナールの街の門が見えてくる。

 しっかりと閉ざされ、衛兵らしき人影も見える。


 そのうちの一人がジョナマリアを見て驚いたように口を開く。


「ま、魔女様!」


「こんばんは、通ってよろしいですか?」


「はっ! もちろんです」と今にも敬礼をしそうなぐらいの衛兵。

 手早く開門してくれる。


 ──源泉管理の魔女ってわかるんだ。しかもかなり尊敬されてそう。

 と、私は感心しつつ、不思議な感慨に浸る。


「すぐそこに、顔見知りの宿があるんです」と言ってジョナマリアは門をくぐる。


 夜のとばりのおりた街並みとしては、このナールの街は私がこの世界で見たなかで一番きらびやかだった。


 所狭しと町中に掲げられている提灯とも灯籠とも見える灯り。


 揺らめく色とりどりの光で浮かび上がる町並みは雑多で、しかしこの世界の夜とは思えないエネルギッシュな喧騒に溢れていた。

 道ゆく人々も多種多様な人種と職業の人がいる。

 その道ゆく人々狙いなのだろう、無数の屋台が軒をつらね、大通りとおぼしき目の前の通りはごった返していた。


 私は異国情緒溢れるその様子に思わずスマホを取り出し、写真を投稿しておく。


「はじめての方はびっくりしますよね。夜も湖の港で船の発着があるみたいで、深夜まで人が絶えないんです。さあ、クウさんこちらです」とジョナマリアが私の手を引く。


 思わずピクッと肩を竦めてしまう。


 ──え、手っ!? いやいや、これはきっと人混みが凄いからだしっ。ジョナマリアさんも仕方なくだ、自分……


 そんな私の荒れ狂う内心も知らず、人混みを肩で掻き分けるようにすたすたと進むジョナマリア。

 私も必死に表情を取り繕い、あとに続いた。








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