第33話 黒陽の帰還
日輪の間。
その円卓を囲む九つの座。常にガラ空きであったそれが、今は七席までが埋まっていた。
三位から九位……副団長ゼドーから末席のリュードまで、黒きサーコートに身を包んだ黒陽騎士たち。
皆が一様に真剣な面持ちで、これより訪れる者を待っている。
やがて、入口の両扉が静かに動いた。
扉が開け放たれた時には、すでに七人の黒陽騎士たちは全員が立ち上がり、直立不動で入室者を迎えていた。
現れたのはひとりの少年騎士。
白い髪に紅い瞳、隻腕の身にまとうサーコートは黒陽騎士たる漆黒色。ただし、刻まれた太陽紋さえもが黒いという特別な仕様。彼は黒衣の右袖を揺らしながら、ゆるりと入室してきた。
副団長ゼドーが声を上げる。
「千年不敗、我らが黒き太陽〝
号令に、七人の騎士たちが敬礼の姿勢を取った。
その厳粛な空気の中、アガトは無言無反応のまま、やはりゆるりとした足取りで上座にある第一位の席へと着いた。
アガトの着席を見届けてから、四位以下の六名が着席する。
三位のゼドーだけが、着席することなく床にひざまずき、腰の剣を鞘ごと外して、柄頭をアガトに差し出した。
「サー・ダイモーン。私、ゼドー・ルゥ・ダレンハイドは、グレン団長の失意を察知しつつ、止めることを怠りました。この不義、万死に値しましょう。どうぞ、お斬り捨てください」
覚悟の告解に、だが、アガトはウンザリとした溜め息で返す。
「ボケがきているのかダレンハイド。今、ひとりでも戦力が欲しい時にあんたを斬り捨てて何になる。悪さを叱られたいのなら後で王立図書館に来い。ユラさんがたっぷり灸をすえてくれるだろう」
「……なれば、この償いは槍働きにてお返し致そう」
「それで気が済むんなら、そうしてくれ。とにかく……」
アガトはぐるりと一同を見回して、溜め息も深く告げる。
「もう死ぬのはナシだ。死んだヤツは、絶対に赦さない」
冗談でも何でもない静かな下知に、七人の黒陽騎士たちは一様に首肯を返した。
「……で、状況は?」
促すアガトに、第九位のリュードが立ち上がる。
「報告します。現在、北の国境に迫っているアスガルド軍は二万。ほぼ、グレン団長が想定していた通りです。対するこちらの兵は総数でも二千五百、実質の動員数では二千を下回ります」
全くもって、勝負にならない兵力差だ。
加えて、すでに和平の申し入れは先方に蹴られている。
敵軍は前回の失敗を踏まえ、今度は国境でひとまず待機などという悠長なことをせず、一気に攻め込んでくるだろう。
人知れず将を暗殺、という手は難しい。
厳戒態勢で行軍中の軍勢に飛び込んでいくのでは、暗殺ではなくただの奇襲特攻でしかない。今のクルースニクでは成功が見込めない。
そもそも、今回の侵攻軍は、大将が討たれた場合の指揮系統を整えているだろう。退けるなら、もっと決定的で圧倒的な妨害が必要だ。
王都に全兵力を集中して籠城戦ならば、しばらくは持ち堪えられるかもしれない。が、無意味だ。持ち堪えても撃退の目処が皆無なのではどうにもならない上に、払う犠牲が多大に過ぎる。
だから、グレンの言った通りなのだ。
今さら集まったところで新たな策などありはしない。
こちらが打てる手はただひとつしかないのだ。それはとっくに決まっている。だから、これは作戦会議ではなく、決定事項の伝達なのだ。
アガトは携えていた書類を円卓に乗せる。ビッシリと文章が、そして様々な図面や表計算が書き込まれた分厚い書類束だ。
「グレンが書いた計画書だ。今後のエシュタミラの運営について、微に入り細を
「……アスガルド軍を退けた後……ですか?」
「ああ、そうだ。これは、未来のエシュタミラを守るためにグレンが遺したものだ。だから、今現在の危機には何の役にも立たない」
ではどうするのだ? と、さすがの黒陽騎士たちも戸惑いに揺れる。
「アスガルド軍は、オレが追い払ってくる。けど、オレも昔ほど容赦ない悪魔じゃないみたいだからな。ダメだった時は、ごめん」
そう言って、アガトは深々と頭を下げたのだった。
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