薊 あざみ
雨世界
1 ……いなくなった、君を思う。
薊 あざみ
登場人物
薊 森に迷い込む少女 十五歳
百合 森で出会う少女 十五歳
ずっと不在の主人 霧の森の中にあるけやき館の主 ずっとやけき館を留守にしている
プロローグ
世界は全部嘘なんだ。でも、本当は……。
世界は全部本当です。でも、私は……。
本編
……いなくなった、君を思う。
薊が目を覚ますと、そこは見知らぬ森の中だった。
霧の出る、深い森の中。……霧雨の降る、そんな深い森の中で薊は一人、目を覚ました。
……どうして私、こんなところにいるんだろう?
薊は思った。
でも、その理由を薊はどうしても思い出すことができなかった。それどころか、薊は自分の『薊(あざみ)』と言う名前以外に、なにも思い出すことができなかった。
自分が誰で、どこの町で生まれて、誰と過ごしてきたのか、そんなことをまったく思い出すことができなかった。
薊は花の柄が入った黒いワンピースに黒い靴、と言う格好だった。
なぜ自分がその服を着て、その靴を履いているのか、なぜ自分が森の中で眠っていたのか、薊はなにも思い出すことができなかった。
いわゆる、『記憶喪失』と言う状況に薊はあった。
薊はぼんやりとする頭の中で(それこそ、周囲にたちこめる深い霧のように)……私は記憶喪失なんだ、とそんなことを冷静になって考えていた。(もしかしたら、森で怪我をして、この場所で気を失い、そして記憶も失ったのかもしれないと思い、頭を触ってみたけど、どこにも怪我をしている様子はなかった)
薊は森の中に一人で、立ち上がった。
寒い。
森の中は深い霧に覆われてきて、おまけに霧雨が降っていた。凍えるほど、と言うわけではないけれど(今は冬ではないようだった)体が震えるくらいには寒かった。
薊はとりあえず、場所を移動することにした。
このままこの場所に止まっていれば、きっと私は今度こそ、『永遠に覚めない眠り』の中に落ちてしまうことになると思った。
私、生に執着している。
ちゃんと生きたいって、そう思えるんだ。
森の中を歩きながら薊はそんなことを思った。
私はまだ生きている。
なら、きちんと最後まで、生き続けなければならないと、そう思った。
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