第21話

 唐突なタイミングで背中へと声を掛けられたリュートは、 槍の位置はそのままに左足を軸として、 体を背後へと反転させた。


「……良い事でもあったか、 だと? 」


 弓を引き絞るかの様に、 体を僅かに震わせながら声を発したリュート。

 三度目の正直とばかりに……今度こそ全てを刈り取らんとして、 体勢を低く保ったまま地面を踏みしめる。


「ふむ―― 」


 一方の声を掛けた側の人間……いや、 黒いローブにその身を包んだ魔鉄製のゴーレムアダゴレ君は、 丁寧で平坦なその口調を維持したままに、 いつも通りの彼らしい発言を続けた。


「――抜刀術の真似事かもしれませんが……左利きの貴方では構えが逆です。 それではただの左打ちの打者バッターですよ? 」


 本人に、 そのつもりがあるのかどうかは定かでは無いが……はたから見ればリュートを煽っている様にしか聞こえない言葉を発するアダゴレ君。

 ここまで来れば、 これも一つの才能スキルなのかも知れない。


「肝心な時に居なかったが奴が! 偉そうに言いやがって……俺が、 今から鉄ぐすスクラップにしてやるよ!! 」


 感情を失っていた筈のリュートの瞳に、 再び意志の火が灯る。

 ただしそれは……、 そのものであって決していものでは無かった。

 一人と一体の間に生まれる、 不穏な空気。

 周囲の人間は、 この後に起きる出来事の直視を避ける為に、 顔を逸らして彼等からその目を遠ざけた。


「はて? 自分の不出来を棚に上げる、 愚か者を弟子に持った覚えは無い筈ですが―― 」


 周囲の不安を余所よそに置いて。

 言いたい放題のアダゴレ君への……いや、 行き場を失った全てに対する怒りをリュートが爆発させようとした、 その時。


「――肝心な時・・・・に間に合ったからこそ、 私は今ここに居るのですけどね 」


 アダゴレ君の口にした台詞に、 先程までとは真逆の意味でトゥールーズ村が静寂に包まれた。

 今しがた耳にした言葉の意味が、 よく分からなかったのか……首を傾げてお互いに顔を見合わせる、 だアダゴレ君を知らぬ者達。

 その一方で、 彼をよく知る者達はそれに輪を掛けて混乱していた……その真の意味を理解したが為に。


「な、 何言ってんだ、 アンタ……? 」


 リュートの怒りが形を変えて――徐々じょじょに困惑へと変わり――その瞳に、 過去のそれとは違ったものが宿り始めた。


「どうやら……何とかお膳立てを整えられたようですね 」


 続けてアダゴレ君が発した言葉で、 リュートの期待が更に膨らみ始め……リュートの視界を遮る形となっていたその身を、 アダゴレ君が一歩横に逸れた事で広がったその先には――


「おーーーい!! 」


 ――村の中心部から片手で馬の手綱を引き、 もう一方の手を此方へと振りながら歩いてくるダズと……彼が引く馬の上に跨がり、 リュートのよく知る女性を抱えた……リュートがいつか見たスーツの男の姿であった。





 人は、 本当に心から驚いた時には言葉を失うのかもしれない。

 そう教えてくれる光景が、 今ここには広がっていた。

 馬上にかの女性の姿を見た瞬間から、 彼女が地面に足を着けてリュートの元へとゆっくりと歩み寄るその間中ずっと……この場に居合わせた面々は、 口を開いたままその動きを止めてしまっていた。


 彼女がリュートとの距離を、 あと歩幅一歩分まで縮めてから……やっと。

 あの時おかしくなってしまってから、 ここで漸く。

 リュートの目に、 正しい光が宿っていた。


「……レイラ? ほんとに……レイラ、 なの? 」


 されど目の前に居るレイラの存在が、 未だに信じられないのであろう。

 リュートの口から出た言葉は、 敵対者に向けていたそれとは全くもって異なり……今にも消え入りそうな程にか細いものであった。


「レイラ……さん? 」


 リュートが殺気と怒気を周囲へと撒き散らしていた間……常にリュートから離れず、 彼のそばに居たアルもおずおずと口を開いた。

 彼もリュートと同様に、 確信が持てずにいるのであろう。

 くりっとした小さな瞳に涙を浮かべながらも、 あと一歩を踏み出せないでいた。


「リュート様、 アル…… 」


 彼等へと視線を合わせる様に地面へと膝をつき、 両手を胸の前で組んだレイラの唇が動いた。

 彼女もまた、 いつもは勝ち気なその茶色の瞳に涙を浮かべていた。


「でも、 あの時……どうやって? 」


 彼女の口から、 リュートがよく耳にしていたその声色でもって言葉が発せられてもなお……リュートとアルは、 最後の距離を埋められないでいた。

 リュートは回りくどい様な台詞を口にしてしまう。


「ふふっ、 そうだね……ウチの弟ダズは、 興奮して何言ってんだか分からないし、 アタシもはっきりとは覚えて無いんだけど―― 」


 年相応な……いや、 やけに素直な・・・二人の様子を珍しく思ったのか。

 レイラは優しげな笑みを顔に浮かべて、 少しだけ過去を振り返った。


「――あの時はとにかく夢中で、 何も考えてられなかったのさ……その後にね、 何だか暖かいものを感じて目を覚ましたら……目の前にあの男の人が居てね。 気が付いたら助かってたんだよ、 ほら! 」


 レイラは時おり後ろを振り返りながら体験談を語り、 そして自身の腹側の傷口を手で軽く叩いて二人へと無事を主張した。

 リュートとアルが胸に抱いている不安や疑念を、 一つ一つ解きほぐす様に。


「割とギリギリだったがな……だが、 一応は間に合った 」 


 後方にて、 自身を乗せた馬を労いながら三人の再会を見守っていた男も、 レイラの言葉を後押しするかの様に追随した。

 黒い革靴とスラックスを履いて、 上半身は白いカッターシャツと黒のベスト。

 首もとの赤いネクタイが良く映えたその姿からは、 かつての様な不真面目さが微塵も感じられない。

 彼はどこぞのゴーレムと違って、 シリアスな役回りもきちんとこなせるようだ。


「……ほんとに? 」


「……あぁ、 問題無い 」


 リュートはスーツの男へと是非を問い掛け、 男は深く頷く事で答えて見せた。

 ここまで来て漸く、 リュートとアルの足が動き始める。

 最後の一歩分の距離を、 レイラへと踏み出した二人の小さな体を――


「あぁ、 ほんとに良かった……二人とも、 心配掛けてごめんね……ごめんね…… 」


 ――レイラが優しく、 それでいて強く抱き締めた。

 心配を掛けた自分を詫びる言葉を繰り返す彼女の瞳からは、 幾線もの透明なしずくが流れ落ちる。


「レイラ! ……レイラっ!! 」


「うわぁぁぁぁん!! 」


 彼女の暖かい腕に抱き締められたリュートとアルは、 幼ない子供に戻ったかの様に……わんわんと泣き出した。

 特に、 アルは色々な事に責任を感じてしまっていたいたのであろう。

 綺麗な人形の様に整っていたその顔は、 涙と鼻水でぐちゃぐちゃに染められていた。

 トゥールーズ村には太陽が燦々さんさんと高く輝き、 三人を祝福するかのようにその空は青く澄みわたっていた。





 感動の再会を果たした三人を穏やかな表情と眼差しでもって見守っていたラグナが……その顔を引き締めてから声をあげた。


「さて―― 」


 色々あって先伸ばしにしてしまっていたが。

 彼等責任ある大人達には、 いい加減に決めなければならない事があるのだ。


「――そうだな、 だがどうしたものか…… 」


 ラグナの発言を受けて、 アルベスも首を縦に振って同意を示した。

 だが、 彼の表情は晴れ渡る空とは対照的なまでに……暗く曇っていた。


 先程まで空気を読まずに一人で騒いでいた副団長のクロクスは、 本来であれば守るべき対象子供に剣を向けた罪で拘束されている。

 馬から転げ落ちた衝撃と、 その後のリュートから当てられた殺気で腰を抜かしていた所を……アルベス付きの騎士達が呆気なく取り押さえていたのだ。


 嫡男ちゃくなんのサルゲイロが関与した件については、 まだ疑いの域を出ておらず公都に戻ってからでなければ動きようが無かった。

 しかし、 クロクスが過剰な反応を示した事からも何かしら叩けばほこりの三つや四つは出てくる様な気がアルベスにはしていた。


他所よその貴族の家、 しかも他国の貴族の領主館に火を放つなど……極刑でも済まされんぞ…… 」


 今回の一件に置いて、 最も問題なのはレイラの命が奪われんとしたことではなく……今となってはどうしようも無い事なのだが、 デヴォリ達がトゥールーズ村の領主館に火を放った事にあった。


 この世界での放火は、 現代の日本と同様に重罪となっている。

 魔物が出現するグランディニアにおいて、 “家”とはそれらの脅威から身を守る為の大事な物だ。

 言うなれば個人個人の“砦”の様なものだと考えられている。

 つまりはそれに火を放つ行為は、 そこに住む家族全員の命を奪う事と同等だと考えられている。


「……だが、 今この場で彼等の命を取る事は出来ぬ 」


 アルベスの唸るようにして吐き出した言葉に対して、 ラグナが問題点を指摘した。

 ラグナ個人の感情や、 トゥールーズ領主としての立場だけを考えたのであれば……デヴォリとフォンタナの首を斬ることで事態は一応は解決する。


 だが、 その背後に控えるかもしれないまでを含めて考えると……ここで彼等の命を断ってしまう事は、 悪手に他ならない。

 全体像までを考えた際の憂慮が、 ラグナに決断を躊躇ためらわせていた。


 ラグナは、 個人的な怒りは覚えていても彼の歯切れの悪さからも分かるようにサルゲイロを追及する事でアルベスとその周囲――つまりはアルバレア――と直接的に事を構えるのは厳しいと考えているようだ。 

 何せ、 トゥールーズ領は現時点では、 アルバレアの最南端の町であるアドルードを除けば魔物の領域としか接していない。

 インベントリは荷物の重量は無視出来ても時間の経過までは止めてはくれないので、 魔物から獲れる以外の品物は大部分をアドルード――つまり東方公国アルバレア――との交易で賄っている。

 気候的に適している農作物があったとしても、 周囲魔物が農作業を許してはくれないのだ。 


 一方のアルベスの側も、 内側に火種を抱えたままでのトゥールーズとの対立は是が非でも避けたかった。

 北方公国エムレバは、 グランディニアでも有数の鉱山資源に恵まれた土地である。

 そのお陰からか多くのドワーフ達を抱える国家で、 彼等の製鉄技術を持ってして連合王国を古くから武力の面で切り盛りしていた。

 昔も今も、 他国の侵略どころか公都“スーダッド=オブ=エムレバ”への魔物の進入すら許していないグランディニアでも随一の武力国家なのだ。


 そして、 アルベスにとって頭の痛い問題となるのが……ラグナがエムレバの重鎮であるトゥールーズ侯爵家の出身である事だ。

 彼等は身内が傷つけられる事を最も嫌う、 義にあついお国柄なのだ。

 いくら僻地故に飛び地の領地とは言え、 エムレバでも英雄的な扱いを受けている上に国の要人の血族に手を出されたと彼等に知られたら……それこそアルベスにとっては最も考えたくない事態であった。


 深刻な外交問題にもなり兼ねない、 今回の一件の重さをかんがみて――


「おい、 ちょっといいか? 」


 ――様々な事情を踏まえて早急な結論を出せずにいたラグナとアルベスに、 ゆっくりと近寄ったスーツ姿の男から声が掛けられた。


 いきなり貴族に呼び掛けて此方へと歩いてくる男に、 アルベスの身辺を警護する立場にある騎士達は反射的に腰の得物へ手をかけた。

 副団長のクロクスの身柄よりも、 領主であるアルベスの安全が優先されるのは当然だと言えた。


 だが、 スーツの男の様子からは英雄的な立場にある冒険者や、 現役の公爵位にある者に対する尊敬や緊張の様な念は一切見受けられなかった。


「今回の実質的な被害は……お前の家と壊れた石碑に冒険者達の装備と消耗品。 後は女将さんの受けた痛み・・と……まぁ、 そんなもんで良いか? 」


「まぁ、 そうとも言えん事は無いが…… 」


「……酷い言い方だがな、 確かに事実ではある 」


 一切の遠慮無く掛けられた自身達への問い掛けに、 戸惑いや不信感は覚えども……それを顔には出さぬまま、 二人のこの場における大人責任者達は声を返した。


 規模は違えど、 彼等は互いに領主たる身分だ。 初対面の相手に舐められる事などあってはにはいけない。

 例えそれが訳のわからない服装をしていても。

 例えそんな者がレイラの命の恩人……らしかったとしても。


「だったら、 その諸々もろもろを俺が何とかしよう。 その代わりにあいつらは俺が貰う。 それで良いよな? 」


「…… 」


「それは…… 」


 彼等の立場や内心の葛藤を丸っと無視した、 スーツの男による一方的な提案にラグナとアルベスの二人は言葉を失った。

 未だに拘束下にあるデヴォリとフォンタナを指差して、 身柄の引き受けを声高に宣言するスーツの男。


 余りにも一方的で独善的なその発言によって本日何回目かも分からないくらいに凍り付くトゥールーズ村の空気……その中にあってリュートだけは。

 この場において唯一の、 彼を知る人間・・のリュートだけは内心、 こう思っていた。


「(ドンマイ、 親父……あれ・・は止められん 」)


 そう、 リュートは経験則により知っていたのだ。

 何せあの男は……すら容易く退ける、 “銀河の暴君”なのだから。




 

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