第20話

 アルバレアの公都、 “スーダッド=オブ=アルバレア”郊外に出現した風竜の討伐。

 それを無事に果たしたラグナ率いる一行は、 まだ朝日が上ったばかりの時間にも係わらず……いち早い帰郷を目指してアドルードとトゥールーズ村とを繋ぐ険しい峠道を、 一路いちろ馬を走らせていた。


「何も無いと良いけど―― 」


 馬上の身にありながらも片手を手綱たずなから離し……その浮いた手を端整な顔立ちの顎に当てたスウェントが、 一人呟く。

 彼は風竜との戦いに後方支援として参加したのだが、 その最中に胸騒ぎを感じた為に無理を言って一時的に帰郷することにしたのだ。


「――こういうのを……フラグを立てるって言うんだったかなぁ? 」


 集団の中頃に位置していたスウェントは、 後方の騎士の一団をちらりと見やってから軽く息を吐いた。

 リュートから教わった雑学によると、 こうやってあれこれと考える事自体が良くないらしいのだが。


「帰ったら、 少し体を鍛え直すかな…… 」


 リュートにジジくさい・・・・・と揶揄された自身の性格をかえりみながら、 スウェントは手綱を再び強く両手で握りしめるのであった。





 しばらくしてトゥールーズ村へと辿り着いた、 一行の目に映ったもの、 それは。


 彼等の待ち望んだ――所々に残る雪と、 春に向けて世話しなく動き回る村人達。

 その中に紛れながら、 方々に要らぬちょっかいを出しては怒られ。

 また機を見計らってはそれを繰り返して、 再び怒られて反省する子供達……そんな風に穏やかな――在りし日の姿では無かった。


「なんだ……どういう事だ、 これは……? 」


 村の玄関口である北門へ着いて早々に、 ラグナが嘆いた。

 彼の眼前に広がったのは、 焼け落ちた領主館我が家とその周囲に広がる赤黒い模様。


 更には一ヶ所に集められた、 人の焼け焦げた死体のようにしか見えない黒いかたまり と……傷を負い、 明らかに疲れきった表情でこちらを眺める見知った顔。

 そして、 穂先を失った槍の様な物を構えて殺気を撒き散らしながら……親のかたきでも見る時の様な、 冷たい目でもって此方を睨み付けるリュートの姿であった。


「……ちっ! 歩くぞ!! 」


 リュートの放つ、 尋常では無い殺気によって馬が怯えてしまった為に……かちでの接近を強いられたラグナは、 舌打ちを入れて集団にげきを飛ばした。


 即座に駆け寄って……今すぐにでも飛んでいって、 誰かに詳細を問い詰めたい。

 その様な気持ちをどうにか抑えながらの行動であったのだろう。

 大地を踏み鳴らして歩くラグナの表情は、 彼と長い付き合いのエジルでも見たことが無い程に怒りに満ちていた。


「リュート! 何があった!? ……さっさと説明しろ!! 」


 風竜と戦った時と変わらぬ覇気をその身に纏い、 ラグナはその歩みを止めぬままに怒鳴った。

 それに対してリュートは黙して……より一層増した、 殺気でもって応える。

 そのリュートの反応が、 更に彼を苛立たせた。


 ラグナにとってこの村は……いや、 この場所は。

 自らが先頭に立ち、 仲間を集め計画を練り、 準備を重ね……そして強大な地竜をうち倒し、 この地を賜ってから二十余年。

 まさにいちからじゅうまで、 その全てを自分達の手で築き上げた場所なのだ。

 その思い入れは、 言葉では計り知れないものがあったに違いない。


 二人の距離が少しずつ縮まり……トゥールーズ村の空気が、 極度に緊張感を増す。

 お互いに殺気と覇気を飛ばし合う、 ラグナリュート

 今にも力ずくでの話し合いが始まろうとしたその時。

 二人の対峙に一石を投じる声が掛けられる……その声の主は、 意外にもアルであった。


「来ないで下さい! ……お願いします、 これ以上……こっちに来ないで下さい!! 」


 瞳一杯に涙を浮かべ、 両手を前方へと突き出したまま必死に叫ぶ小さなエルフの姿は……ラグナが今まで見た事の無いものであった。

 守るべき者幼い子から向けられたその視線に、 ラグナの歩みは止まった……止められた。


「父上……いや、 父さん。 僕が行きます、 僕が話を聞きます 」


 苛立ちから一転、 困惑するラグナの心境を慮ったのか。

 スウェントが穏やかに、 それでいてはっきりと告げた。


「スウェント……、 頼む 」


 事態の解決を買って出たスウェントに対して、 ラグナは少しだけ考えた後に決断した。

 一体、 自分が不在の間にこの村に何が起きたのか。

 何がリュートやアルを、 そうさせているのか。

 今すぐにでも知りたい気持ちを力ずくで封じ込めて、 ラグナは息子スウェント へと想いを託し、 リュートに背を向けて距離を取った。


「リュート、 アル……お願いだ、 僕に教えてくれ 」


 ラグナからバトンを受けたスウェントが、 ゆっくりと二人に近付きながら教えを乞うた。

 スウェントの両手は、 彼の頭上の後ろで組まれていた。

 前提世界が異なるが……これもまた、 抵抗をしない事を示す合図だ。


「スウェント兄さん…… 」


「スウェント様…… 」


 スウェントの真摯な想いを受け入れたリュートとアルは、 掲げたその手を下ろして……ポツポツと事情を語りだした。





 リュートとアルや、 ザクリーブ達から話を聞いたスウェントがラグナ達の元へと戻り、 全てを伝えた。

 無論、 サルゲイロに関することもである。


「そうか……レイラが…… 」


 その話を聞き終えたラグナが、 万感の想いを込めて言葉を発した。

 アリアとリーナは互いに体を支え合って涙を流し、 唇を噛んだまま天を見上げるエジル。

 少し離れた所では、 騎士の一人が拳を地面へと打ちつけていた。


 その中にあって、 周囲の者とは一線を画した荘厳な装備を身に付けた壮年の男性……アルベス=フォン=アルバレアが、 その口を開いた。


「ふむ……俺も帰って、 すぐにでも調べてみるとしよう 」


 古くからの盟友である、 ラグナの築いた村を一目見ようと同行したのは良かったが……いきなり自身の長男であり、 跡継ぎのサルゲイロが黒幕――の可能性がある――だと言われた時は、 流石の公爵である彼も驚きを隠せなかった。


 だが、 最近の息子の様子に対して……思う事が無い訳では無かったアルベスは、 ラグナにアルバレアへと帰ってからの調査を約束した。

 その調査の結果を待つことで、 事態は一旦の収拾がつく筈であったのだが。


「何を仰いますか!! 」


 アルベスの護衛を担う騎士達五人の中にあって、 その最高位にあるクロクスが声を荒げた。

 彼はアルバレア公国騎士団の副団長を務める人物であり、 今回のアルベスのトゥールーズへの訪問の責任者でもあった。


「たかが賊一人の言葉にそそのか されて、 サルゲイロ様をお疑いになる等……フィオルーネ様が知ったら、 さぞ悲しまれますぞ!! 」


 フィオルーネとはアルベスの妻であり、 サルゲイロの実母その人である。

 公爵に就任した際の経緯から、 アルベスは妻フィオルーネに強く出られない……その事を知り尽くした上でのクロクスの発言に、 アルベスは口内で苦虫を噛み潰した。

 場を混ぜ返す様なクロクスの言葉対して苛立ちを覚えながらも、 アルベスは彼に解決策を問うた。


「ならば……そなたは何とする? 」


 問われた側のクロクスは、 下衆げすな笑みを口元に浮かばせながら、 胸を張って自信満々に答えた。


「簡単な事……その賊を縛り上げて、 真実を吐かせれば良い!! 」


 そう言い切ったクロクスは腰元から剣を抜き払い、 周囲の制止を振り切って馬に跨がるとリュート達の元へと駆け出して行くのであった。





 スウェントへの説明を終えたリュートとアルは、 モルゲンやザクリーブ、 雷花を代表したテュレミエールからの謝罪を受けていた。


「リュート、 アル……お前達に嫌なものまで背負わせちまって……言葉も無いが…… 」


「儂らが不甲斐ないばかりに…… 」


「申し訳無い…… 」


 口々に頭を下げ、 謝辞を述べる大人達に対してリュートは上手く言葉を紡げずにいた。

 自分も最初から迎撃に参加して居れば……と言う考えは、 傲慢ごうまんなものだと理解していた。


 レイラの腹にナイフが突き立てられたその瞬間まで……リュートは実際、 何も出来なかったのだ。

 それを棚に上げて、 彼等を責め立てる事はリュートの理性が許さなかった。

 だが、 二度に渡って収めたリュートの感情を逆撫でする様な声が唐突に彼の耳に届いた。


「貴様ら! さっさと罪人の身柄を渡せ!! 」


 声の持ち主へと振り返ったリュートの目に映ったのは、 馬に跨がり此方を見下しながら剣を向けるクロクス

 緑色の髪を携えた頭部を除いて全身鎧フルプレートに身を包んだその体は、 微かに震えており……彼の苛立ちを表していた。


「聞こえなかったのか!? さっさと罪人を此方へと運べ!! 」


 クロクスの発言に、 周囲の者は耳を疑った。

 いきなりやって来た上に、 リュート達が苦心して捕らえたデヴォリらの身柄を要求する。

 正直に言って言葉の意味は理解できても、 その意図が全く理解出来ないでいた。


「……クロクス様とお見受けします。 かの者の身柄を受け渡す理由を我々に―― 」


 クロクスの名と人となりを、 職業柄か把握していたのであろう。

 ザクリーブが出来るだけ、 相手を刺激しない言葉を選んで答えた。

 いつもは誰に対しても穏やかな筈の彼の表情が、 全くの無であった事からもその怒りがうかがえた。


「――そんな事はどうでも良い!! いいか? 貴様らはさっさとーー 」


 ザクリーブの言葉を遮って、 口からつばを飛ばしながら同じ要求を繰り返すクロクスの発言は、 もうリュートの耳には届いていなかった。


「……もう、 良いよね? 」


 リュートの口から発せられた言葉が、 その表情が、 身に纏った空気が……トゥールーズ村から全ての音を消し去った。


「最初から……最初っから俺が、 もっとちゃんと・・・・やれば良かったんだ…… 」


 しんと静まりかえった一同の中に、 リュートが放った言葉が溶けていく。


「このゴミ・・と、 その回りのハエ共・・・駆除・・して…… 」


 その瞳で、 いったい何を見ているのか。


 この場に居る者達は、 リュートの目から何も読み取れないでいた。


「その後、 サルなんとかを……いや、 待てよ? 」


 光彩を完全に失った両の瞳を向けられたアルベスは、 その身に今までに無い恐怖を感じた。


アレ・・が公爵で、 サルの親父だから……アレからでも良いか。 いやでも…… 」


 殺気なのか何なのかも分からない……身の凍える程に冷たい空気に襲われたアルベスは、 自身が命の危機にある事を強制的に理解させられていた。

 反射的に腰の剣を抜いて両手に握り締めるも……とうてい自分の身を守れる気がしなかった。


「あぁ……もういいや、 とりあえず全部殺そう 」


 アルベスから目を逸らしたリュートは、 とりあえず……クロクスからやると決めたようだ。

 リュートの視界の中心に、 クロクスと彼の乗る馬が収まった途端に。


「ヒヒーーィン!? 」


 恐怖からなのか……戦闘に慣れた筈の軍馬は突如いななきをあげ、 前足を高く上げながら体を振るわせて、 その身からクロクスを振り落とした。

 その勢いのまま、 一同を迂回ながら村の中心部目掛けて駆け出して行った。


「はっ、 アイツ賢いな…… 」


 全速力で走り去った馬の行動の始終を見送ったリュートは、 左手に持つ槍を両手で持ち直し……腕を捻って腰の高さにまで槍を移した。

 刀を構える時の様な体勢だ。


「さて、 ぼちぼち始めっか……後が詰まってるしな 」


 休日の家事を片付ける際に口にする様な台詞を、 正反対の状況で呟いたリュート。

 その一連の間、 周囲の人間は……時が凍ったかの様に動きを止めてしまっていた。

 竜殺しの名を持つラグナでさえも、 今のリュートを前にして体を、 口すらも動かせずにいた。


 この場に居合わせた全ての者が、 クロクスの命と……ともすれば自分達の命をも諦めた時――


「……ほう。 才能の無い貴方にしては、 中々見事なもんですね。 何か良い事でもありましたか、 リュート? 」


 ――アルバレアどこかグランディニア全土を含めても……最も空気を読まないであろう、 血も涙もっから持ち合わせていない、 かつて一同がよく耳にした、 鉄のゴーレム特有の抑揚の無い声が周囲へと響いた。



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