第6話

 

 もうじき夕食時を迎えるトゥールーズ領内。

 村内で唯一の対外向けの施設である食堂の中、 パタパタと薄い物を動かす音が響く。


 音の発生源は美少年エルフのアルフレッド。

 簡易のベッドに寝かせられたマガトの枕元に位置し、 甲斐甲斐しく何かの皮で無理矢理に作られた団扇うちわの様な物を動かしていた。


 スウェントとリュートは額に汗をきながら、 大きな桶に貯められた水に向かって両手をかざしていた。


「良し、 充分冷えたと思うよ 」


 スウェントがリュートに声を掛け、 二人は両手を下ろした。

 桶の中には、 薄っすらと氷水が張っていた。


 二人からの合図を受け取ったアルは扇ぐ手を止めて団扇を近くのテーブルへと置き、 マガトの体のあちこちに当てられた布を回収してから桶に張った水の中に放り込んだ。


 三人で意を決して氷水の中へと両腕を突っ込み……かなりの低温になった布を固く絞る。


「やべぇってこれ! スウェント兄さん冷やし過ぎだよ!! 」


 いくら汗を掻いた後とは言え、 余りの水の冷たさにリュートが悪態をつく。 それでも作業の手、 自体は誰も止めていない所に兄弟間の愛が感じられるが。


 三人で分担して寝かせているマガトへと布を当てていき、 それが終わるとアルフレッドがまた団扇を手に取りマガトを扇ぎ始めた。

 一連の……手慣れた彼等の様子に疑問を抱いたレイラが、 仕込みを再開していたその手を止めて三人へと疑問を投げ掛けた。


「スウェント様の魔術の腕の良さは聞いちゃいたけどさ……ちょっと手際が良すぎやしないかい? 」


 突然掛けられた言葉に対して何と返せば良いものか……おろおろといった感じでお互いを見つめ合う三人であったが、 その心配は杞憂きゆうに終わった。


「結構あるんですよ、 こういう事は 」


 布越しに額を押さえたマガトが、 レイラの疑問に答える為にも自身の回復を三人の弟達・・へと知らせる為にも半身を起こして言葉を紡いだ。


「頼りない兄貴ですからね……俺は 」


 マガトの口から自嘲気味に発せられた言葉に対して、 直ぐ様周りの三人から異論が噴出する。


「そんな事ないですよ、 兄さん 」


「マガト兄さんは……その、 けねぇから 」


「マガト様はすごく……すごくご立派です!! 」


 フォローのスウェント、 持論のリュート、 憧憬どうけいのアルフレッド。

 三者三様の反応に対して可笑しくなったレイラは、 笑いを堪えながら口を開いた。


「ほんっとに将来が楽しみだねぇ…… 」


 それに釣られた弟のダズも、 相変わらず手は動かしながらもちゃっかり相槌を打つ。


「頼もしいったらありゃしない思いですよ、 俺も姉貴も 」


 ケラケラと笑い声を挙げる二人。

 トゥールーズ村には今日も穏やかな時間が流れていた。





 ここで簡単にではあるが、 グランディニアの歴史とトゥールーズ村の成り立ちを説明する。


 初代国王が連合王国を樹立して以来、 グランディニアの人々は旧国家間・種族間の抗争を一先ず納め、 自分達の勢力圏を広げる活動に従事し始めた。


 ヒューマン、 エルフ、 ドワーフに各種の獣人やドラゴニュート、 果ては人魚に魚人や鳥人までもが生活するグランディニアにおいて、 共通のが存在した事は幸運・・だったと言えるであろう。

 それほど迄に以前から、 種族間の争いは絶えない物であった。


人間同士・・・・で争ってる場合じゃねぇ!! 』


 とは初代国王の代表的な名言であり、 魔物を追い払ってから色々考えようぜ的なこの発言は当時の人々から広く支持された。

 千年以上前のグランディニアは、 今では考えられない程に魔物の脅威に晒されており、 明日はおろか今を生き抜く事にも必死な状況だったのだ。


 現在のキクシュタル王国――大陸の中心部にキクシュタル、 東西南北を囲む形で四つの公国が在り、 更にその北に帝国、 西側に教国の配置となる――の国境よりも、 更に北部のとある地域で設立されたとある集団は、 瞬く間に様々な――種族を問わない――人々の支持を集めて勢力を大きくし、 各地で協力者を得ながら進撃して……遂には魔物の発生源の一つとされた大陸の中心部に位置する迷宮を攻略する事に成功。


 この迷宮跡とその一群を王都と定めて、 グランディニア連合王国――通称は連合王国、 もしくは連合――を樹立。

 迷宮攻略後も魔物の討伐へ、 多くの金銭と人的資源を投入し人類の生存圏を拡大することに成功した。

 その際に効率化の為に導入されたのが先述の言語・貨幣の統一であったり今なお残る“ギルド”である。


 ちなみに、 リュートが神界にて植え付けられた知識はこの時代の物であったりする。

 本人いわく、 現在との情報の齟齬そごが酷いものであったらしい。


 その後、 二百年程は平和そのものであったが……初代国王が没後――約二百年余りに渡って、 彼の生存の記録が残されている――程なくしてグランディニア大陸に再び戦禍が吹き荒れた。

 ヒューマン至上主義を掲げる勢力や、 親の七光りで堕落への一途を辿る王族達への不平不満が各所一気に噴出並びに対立し、 連合王国は敢えなく瓦解した。


 ワンマン経営で成り上がった企業が、 創業者の没後に混乱する構図に近しいものがあったのであろう。


 幾度かの大きな戦争――人間同士の――を経て、 連合王国は大きく分けて大陸西部のカレスト教国、 北部一帯のオーランド帝国、 そして王都を中心に据えたキクシュタル王国へと袂を分かった。


 更にはキクシュタル自体も、 迷宮跡の再利用に成功した事から出土する美術品や強力な武具、 迷宮の魔物から得られる食料や素材等の独占を狙って……周囲との溝を深める道を歩んでしまった。

 それ故に王族の治める現キクシュタル王国に対し、 有力貴族であった四人が東西南北で自治を宣言。

 一つの王国と四つの公国にまたまた分裂していまい、 弱体化の一途を辿った。


 人類側のゴタゴタを、 各地で潜んでいた魔物達が見逃す筈も無い。

 襲来を受けて折角開拓に成功した土地を失ったり、 やり返してそれを取り戻したり……色々あって約八百年を経て現在に至る。


 この内紛話をスウェントから初めて聞いたリュートは、 余りのアホさ加減に暫く言葉を失ってしまった。

 『初代国王が草葉の陰で泣いているぞ 』と。

 同じ話をリュートより以前に長男のマガトから聞いたスウェントも、 同じ反応をしたらしい。


 その様な経緯が有り、 魔物の領域テリトリーを開拓し、 生存圏を広げる事は人類にとっての栄誉であり大願である、 とグランディニアでは認識されていた。





 ここで、 話はトゥールーズ領に戻る。

 この一帯はかねてより“地竜の巣”と呼ばれており、 大陸中心部からの距離も相まって長らく放置されていた。


 それを解放したのが現領主のラグナとその妻アリアを主軸とした冒険者一同。

 総勢で百人以上からなる一大集団クランを形成して、 一月近く戦い続けて領域の主ボスたる“グランドドラゴン”を倒す事に成功。

 元々の辺鄙へんぴな位置と、 解放後も周囲には“南部大森林”や“飛竜山脈”等の魔物の領域を抱え、 魔物がわんさか出現する土地柄からそのまま彼等にこの土地が与えられた。

 新領主となるラグナが四大公国の内、 北に位置するエムレバ公国の名家トゥールーズ侯爵家の“ヴァン”であった事も影響したらしいが。


 最も許可を出す権限のある連合王国が既に崩壊寸前ーー四大公国は形骸的ではあるが、 一応は連合王国に所属しているーーであり、 近隣の国家や付近の領主達からの反発が少なかった事もラグナ達にここが下賜かしされた要因となったと言えるであろう。


 なお設立から千年弱を経て国家に匹敵する巨大組織と相成ったギルドの方は、 今では国家間の抗争には全くと言って良いほど関与しない。


 今のトゥールーズ領は、 住人の殆どが解放に関わったメンバーが魔物に対して真っ向から戦える冒険者もしくは元冒険者達で構成されている。

 そんな彼等の期待を一心に背負わされている次期領主のマガトには、 月に数回……十歳の少年には過酷な訓練が課されているのだ。


 ここトゥールーズ家においては、 御家騒動の発端となりがちな兄弟間の不仲も現時点では存在してない。

 七歳にして聡明な次男スウェントは、 長男マガトを事ある毎にキチンと立てているし、 我が儘な印象を持たれやすい三男リュートも口は悪くとも二人の兄をしっかり尊敬している。


 四歳児にして時間泥棒と言う称号・・持ちのアルも、 両親達――当然エルフ――が多忙で家を不在にしがちな為、 村内には他に同世代が居ない事も相まって、 基本的には同い年のリュートや年齢の近いスウェントと行動を共にしている。


 マガトの訓練が無い時には彼が三人の監督役を任されているので、 アルの三兄弟に対する信頼は種族の壁を越えてあつい。


 何より、 リュートが転生者と言う秘密・・を四人が共有している事が大きいのかもしれない。

 この年代の子供たちは往々にして秘密・・を大事にしたがるものだ。


 先程、 マガトがアルフレッドも含めて弟達・・と言ったのは誇張でも強がりでも無く、 彼自身が本気でそう思っているからに過ぎない。

 この辺りの責任感こそが、 スウェントやリュートが兄マガトを尊敬している理由なのだが、 当の本人は気付いてなかったりする。


 更にマガトの発言をさかのぼると“介抱されている事に慣れている”とあるが、 これは事実である。


 リュートの転生を知ってから兄弟達は、 両親や村の人々の目を忍んでロイや師匠ゴーレムのアダゴレ君からリュートに与えられた知識・・スキルの覚え方・・・・・・・を実践していた。

 その際に年齢と体格から謂わば実験台・・・となるのが大抵マガトなので、 他の面々が彼の介抱に慣れていると言う事なのだ。





 話がやや逸れてしまったかもしれないが、 マガトは両親達からの訓練に加えて兄弟達との秘密の特訓も敢行かんこうしていたりする。

 今回はそれが彼の気力と体力の限界とバッティングしてしまい、 他者の目の有るところで倒れてしまったという訳だ。


「何とか落ち着きました。 本来ならば、 金銭を払って食事を頂きたい所ですが…… 」


 三人がかりの介抱で何とか回復したマガトは、 レイラとダズに対して椅子から立ち上がると随分と遠回しな帰宅の挨拶を申し出た。


「何言ってんだいマガト様、 飯ってのは親が元気な内は家族で一緒に食べるもんだよ。 ウチで良けりゃ何時でも御越しくださいな 」


「そうそう、 狭くて汚ない食堂ですが 」


 大人である二人は、 努めて明るく言葉を返す。

 マガトは周りの目を気にし過ぎなのだと彼等は常々思っていたりする。

 もっと子供らしく振る舞ったとしても誰も文句など言わないのに……初代が冒険者として凄まじい功績を残しており、 今は領主として立派に勤めを果たしているがマガトはあくまでもマガトなのだ。

 周囲の期待に必死に応えようとしている姿が痛ましくさえ思える。


 現にマガトは不器用な笑顔を浮かべたまま、 二人に返す言葉を探していた。

 もう少しでもこのが続いていれば、 重苦しい雰囲気になっていたかもしれない。


「早く帰ろうぜ、 マガト兄さん 」


「僕もお腹がすいちゃいましたよぉ 」


 絶妙なタイミングでリュートが言葉を発し、 それにアルが邪気の全く無い様子で追従した。


「あははは! 本当に良いコンビだね、 君達は 」


 二人の息の合ったコンビネーションに、 スウェントが笑いながら感想を述べた。

 リュートの発言は、 恐らく場の空気を意識しての発言であっただろうに……アルが直ぐ様同意を示した事が余程面白かったのか彼にしては珍しく腹を手で押さえて砕けた笑顔を見せていた。


「帰りましょう、 マガト兄さん 」


 一頻ひとしきり笑った後、 スウェントがマガトに声を掛けた。

 この時には既にマガトの表情も、 いつもの村人達へと見せる凛々しい姿へと戻っていた。


「それでは、 失礼させて頂きます 」


 一行を代表したマガトの挨拶に、 残りの三人も思い思いの挨拶を返して四人で仲良く固まったまま食堂を後にした。





 騒がしくも楽しい面々を笑顔で見送ったレイラとダズは、 この村の未来を担う若者達の行く末に思いをせる。


「……ほんとに、 頼もしいったらありゃしないねぇ 」


「あぁ、 全くだよ」


 大人達は、 若者達の健やかなる成長を願い。

 若者達は、 そんな期待を背負いながらもしっかりとした足取りで今を生きていた。



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