第4話


 巨大な……映画やゲーム等の空想の世界でしか見た事が無い大きな門を前にした青年は、 視線を門から更に上方へと移した。

 自身の目の前にはこの門以外に何も無いと解っていながらも、 遠くを見やる。


「随分と、 遠い所まで来たもんだ…… 」


 青年はに魂ごと拉致され、 転生後を生き抜く為にゴーレムへと弟子入りした。

 仕様・・だと言われ、 一旦は自身の運命を受け入れたものの……やはり何処か腑に落ちない想いを抱いていた事は確かであった。


 だが今はそんなの感情ですら、 懐かしく感じられていた。

 青年は、 自身の事ながら心境の変化に驚いていた。

 正直に言えば……ワクワクが止まらないのだ。


 自身の才能の無さにはほとほと困り果てたが、 此処でやれる事は全てやったと言える。

 根拠のある自信を持つ事は、 決して悪い話では無い筈だ。


「五体満足、 貫けると良いな 」


 アクセル全開とは言わないが、 確実に高まりを増して来ていた青年の心にスッと、 ロイの言葉が差し込まれた。

 それは続きを我慢する事が出来ずにいつまでも読書に夢中になる我が子に、 母親が栞の存在を教える様な……どこか優しさを含んだ声色のものであった。


「なっ!? 」


 恥ずかしい姿を丸々見られてしまった青年は、 彼等へと勢い良く振り返った。

 そこに居たのは何度も顔を合わせた一人と一体……穏やかな表情をしたロイと、 いつ見ても変わらないゴーレムの姿だった。


「貴方に才能が無い事は、 我々が誰よりも理解してます 」


 ロイとは対照的なアダゴレ君の発言は、 もやはただの冷水そのものであった。

 この師匠ゴーレム、 初めは青年に対して親身な指導をしていたのだが――


「私もそれなりの数の指導や教導をする機会が有りましたが、 貴方は下から数えた方が早い……貴方には有りませんよ? 」


 ――青年の余りの覚えの悪さに本性を現した。

 先に述べた二時間ドラマも真っ青な訓練方法は、 スパルタを通り越えた先にある、 言うなれば強制的・・・矯正方法・・・・であったのだ。


 ゴーレムと言う人間ですらない、 言わばに単純に叱られた青年は、 ばつが悪そうに頭を掻いた。

 擬似的な筈の肉体だが、 こんな些細な動作にもしっかりとした感触がある。

 改めて考えてみれば、 『神界とは凄い場所なのだ 』と言う驚きが彼の全身を包んでいた。


 青年は漸く自分でも浮かれていた事を理解したのか、 少々緩んでしまっていた口元を引き締め、 二人に対して疑問を投げ掛けた。


「俺が再び此処に来ることはあるのか? 」


 暗に再会を望むような青年の台詞に対して、 返ってきたのは冷血ゴーレム――元々血液が存在しない――の至極真面目な言葉だった。


「ここは神界ですから、 貴方がにでもなれば可能ですが……あんなもの・・・・・に成りたいのですか、 貴方は? 」


 ほのかな願いをモーセもびっくりな程、 真っ二つにぶった斬られた青年は、 やけっぱちな言葉を投げ付けてから二人に背を向け、 門へと歩みを進めた。


「俺が悪かったよ畜生! 行ってくるぜ!! 」


 青年が意思を固めると同時に、 固く閉ざされていた門が厳かな音を奏でながら少しずつ開き始める。

 開いた先に広がっていたのは、 白一色の神界とは対称的な黒い、 ただただ黒い空間。


 ロイは何も言わず、 青年の小さくなる背中を変わらぬ眼差しで見つめていた。

 アダゴレ君と言えば、 ゴーレムのくせに両手をそれぞれ肩の高さまで挙げ、 手のひらを天へと広げていた。

 絵文字にすれば“やれやれ”で変換出来たであろう。


 青年も何も言わず、 ただ真っ直ぐに前を目指していた。

 彼の本音を語るならば、 しか来られない空間に彼等が居る理由や、 自分にかなりの時間――と言うよりは期間・・――をかけて付き合ってくれた理由等、 聞きたい事は幾らでもあった。


 青年が何度かそれとなく探りを入れてみた事はあったが、 その何れも返ってきたものは青年を先へと促す言葉、 大人・・の言葉であった。


『そんなことは気にするな 』


『自分の事を考えろ 』


『また死んだら教えますよ 』


 最後の台詞は師匠ゴーレムのものだが、 彼等の言葉に共通していたことが、 子供を誤魔化したりあしらったりする際に用いられる様な突き放した様子が一才無かった。


 このようなやり取りを数回繰り返した事で、 青年は彼等の事を信じるに至った。


 それは家族ほど近くはなく、 他人よりは確実に近い。

 友人とは呼べないけれど、 決して知人では無い不思議な関係……青年は彼等をそう認識した。


 確かに自分は不憫・・なのかもかもしれないし、 運命・・に対するわだかまりは結局最後まで拭い去る事が出来なかった。

 それでも新しい人生を歩む事を決めた青年は、 自分の意思で歩みを止めて体の向きを反転させた。


 周囲には黒一色の空間。

 視界の先には徐々に細くなる白い柱と、 小さく見える二人の姿。


 こんな事は彼等も望んでないと知りながらも、 青年はその場で軽く頭を下げた。

 彼が視線を元に戻した時には、 彼等の手が振られていた様な気がしていた。


「俺の戦いはこれからだ 」


 自嘲気味な台詞をポツリと口に出し、 青年は再び前を向き歩き始めた。


「俺が転生先で望むことは……とりあえず五体満足・・・・


 その先、 もしくは将来において何が見つかるのかを思い悩む・・・・事が出来る。

 彼はそれをとても幸せな事だと感じていた。


 この日、 精霊の愛する地と呼ばれるグランディニアにて、 リュート=ヴァン=トゥールーズと名付けられた少年が誕生した。


 この少年がこの先で何を成し、 何を果たすのか。

 現時点ではまだ何も決まっていない。





 白い、 ただ真っ白な空間にそびえ立つ巨大な門。

 その門をくぐり、 転生先で“リュート”と名付けられる青年が一人と一体の眼前から見えなくなってから暫しの時が経った。


「宜しかったのですか? 」


 リュートの新たな人生への旅立ちを見送った、 ロイとアダゴレ君。

 その二人が言葉を交わす。


「良いも悪いもあるまい、 見送るしか無いだろう 」


 主へと問いかけたアダゴレ君に対して、 ロイが応えた。

 閉まり終えた門を見つめながらも、 視線は何処か遠くを見つめて……特訓と言う荒行の最中にはついぞ見せなかった、 どこか昔を懐かしむ様な表情で。


 珍しい、 と言うのが素直な感想だろうか。

 いつだって傍若無人なこの主に仕えてそれなりの年月が経つが、 このような表情をアダゴレ君が見るのは、 今回が初めての事だった。


「実はマスターの息子……とか言うオチは無いですよね? 」


 普段であったなら出ない筈の……不用意な言葉が、 思わずその口から溢れた。

 勿論、 意図しての発言であったが。

 実のところ、 アダゴレ君にとってリュートは大切な存在でも無ければ大事な教え子でも無い。

 ただ主に教導を求められたから、 応じたに過ぎない存在であったのだ。


 “銀河の暴君”とまで呼ばれている自らの主が、 かの青年に並々ならぬ想いを抱いている事は彼をから救った時から既に判明していた。


 確かにロイは力を持っている、 それも比する者など皆無な程にぶっ飛んだ力を。

 神を始末した事自体は些細な事だ。

 彼等は今までに神や悪魔等、 数えるまでもなく消して来たのだ。


 だがその力を誰かの為に、 それも身内以外の他人の為に用いた事等、 それこそ数えられる程しかなかった。

 その幾ばくかの事態もにも理由が明確に存在していたし、 何より相手が何かしらの救いを望む事が大前提であった筈だ。


 だが今回は違う。


 ロイがあまねく世界の……才能を持ちつつも報われない者達へ、 スカウト目的で唾をつけていた事は知っていた。 気心の知れた仲間内では有名な話であったからだ。


 だが違う、 明らかに違っていた。


 リュートの反応が前世で途切れた後、 直ぐさまロイは居場所を突き止め救出に向かったのだ。

 残念な事にリュートの記憶を守る事は出来なかったが、 普通は神が自身の領域たる神界に、 矮小な人間の魂一つを連れ去った所で察知出来る者等居ない。


 不憫だとは外野のアダゴレ君も思えど、 逆に言えばそれほど珍しいケースでも無かったりするのだ、 神の拉致・・・・等は。


 連々つらつらと理由を挙げてはみたが、 知識欲・・・を持つ人工知能搭載型・アダマンタイト製ゴーレムであるアダゴレ君は、 出歯亀根性を発揮したのだ……スキャンダルの臭いがしたと言っても良かった。


 本命でロイの隠し子、 対抗は伝説の血族の遺児。

 大穴で……等と下世話な考えをアレコレしていたアダゴレ君に、 背を向けたままのロイが漸く口を開いた。


「昔……世話になった人の息子だよ、 アイツは 」


「おぉぅ、 それは…… 」


 返す言葉も無いとは、 この事であろうか。

 少しばかりの未練と多分に後悔を含んだロイの返答に、 アダゴレ君は情けない相槌しか打てなかった。

 創作物でなら様々なパターンに巡りあってきたゴーレムでさえも、 現実を前にするとこんなものなのかもしれない。


「得意な武器が大鎌、 片手鎌に鎖鎌……剣も刀もまるで扱えねぇとこまで似なくても良いのにな……」


 ロイの愚痴とも悔恨とも聞こえる独り言が、 だだっ広い空間に虚しく響いた。


「………… 」


 アダゴレ君は何も発しない。

 何時だって自信満々の主の初めて見る姿に、 不本意ながら見とれてしまっていたのだ。

 普段のおチャラけた様子等まるで無い、 酷く人間染みた・・・・・……。


「さて、 とっとと仕事に戻りますかね 」


 過去を振り返るのは終わり、 と言わんばかりにアダゴレ君へと勢い良く向き直ったロイの表情は、 既にいつものそれであった。

 リュートをしごいていた最中には一度も見なかった、 会社規定の作業着を身に纏っている。

 もう日常モード、 と言う事なのだろう。


社長・・のバックアップを務める身と致しましては……彼へのアフターサービスを提案させて頂きます 」


 ロイの素早い変わり身に、 思わず釣られて仕舞いそうになりながらもアダゴレ君は一つボールを投げ込んだ。

 口調は業務モードへと戻ってしまっていたが、 何となくこれで終わり・・・としてしまうのは勿体無い気がしたのだと思われる。

 超高性能な彼は、 そんじょそこいらの木偶ゴーレムとは出来が違うのかもしれない。


 ロイの過去――アダゴレ君の知らぬ間の――の出来事等、 会社の記録ログと自身の記憶メモリーに残っている物しか知らないが、 スクラップ同然だった自身の機体ボディ魔改造フルチューンした上に、 銀河でも類を見ない程に超高性能な人工知能を搭載してくれたこの暴君・・と、 親睦を深める良い機会な気が、 彼にはしていた。


「当社にとって有益な人材となるかもしれませんよ、 彼は 」


 ゴーレムのくせに本音を隠したまま、 アダゴレ君は主へと告げる。 今まで殆んど見たことの無い、 主に対して注文をつける従者ゴーレムの様子に驚きを隠せないまま、 ロイは――


「たまには良いかもな、 そう言うのも 」


 ――照れ臭さを浮かべながらも同意を告げ、 まるで少年のような笑顔を見せた。

 地獄の使者すらも裸足で逃げ出す“銀河の暴君”は、 恩人の息子リュートへのもう少しだけの介入を決めた。


 その決意は彼の独力によって、 程なくして叶えられる事となる。



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