第2話

 

 よくよく考えて見れば、 簡単な事だった。

 成人して死んだ筈の彼が少年の姿となり、 あろうことかジャージ何て物を着て運動靴を履いている。

 ここが普通な場所の訳が無かった。


 考えて見れば考える程、 少年が不可解な状況に気が付けなかった理由は間違いなくあの不思議な踊り・・・・・・のせいであったに違いない。


 誰だって目が覚めて最初に意識して見た映像が、 貫頭衣を着て興奮した変態が踊り狂った後に自分を杭で刺そうとする物であったのなら、 混乱する筈だ。

 青年となった元少年の彼は、 そう言う結論に至った。

 

 ふと青年がスーツの男に目を配って見れば、 彼は何故かビーチチェアに座ってモヒートのような色鮮やかなカクテルを口にしていた。


頭痛が痛い・・・・・ってのは、 こう言う状況の事なのかもな…… 」


 余りの状況の変化に着いていけなかった青年は、 思わず頭を抱えた。

 スーツとビーチチェアのミスマッチが目に痛い。

 そんな青年に、 スーツの男が声を掛けた。


「とりあえず座ったらどうだ? 積もる話があるかは知らんが 」


 座れと言われても、 と青年が自分の周囲を見回した時には既に、 何の変哲へんてつもないパイプ椅子が自分の背後に置かれていた。


「地の果てかよ、 ここは…… 」


 青年が愚痴ってしまうのも仕方がないのかもしれない。

 いくら自身が少年から青年へと変化し、 スキルを信じるのであれば《知力》が若干とは言え上昇していたとしても、 だ。

 様々なことが一度に起こり過ぎたのであった。


 だとしても、 青年には目の前で酒を飲むスーツの男に聞かねばならない事が沢山あった。

 何から聞けば正しいのかは、 青年には正確な判断がつかなかった。

 しかし、 とりあえず思い立った事から尋ねようと青年が心に決めて、 口を開こうとした直前でスーツの男から声が掛けられた。


「一つ、 大事な話がある 」


 青年は、 場の空気が変わった事を《知力》の上昇を抜きにしても理解した。

 一体何を問われると言うのか……いつの間にか流れ出た汗が青年の頬へと滴り落ちる。


「お前は神を信じるか? 」


 スーツの男の表情は打って変わって真剣なものだった。

 他にどんな神が居るかは知らないが、 自称でもあの変態は自身を神と名乗った。

 青年にとっては神=変態・・・・の方程式が成り立つ。

 今の彼の頭の中には、 戸惑いや迷いといった不純物は、 含まれていなかった。

 つまり、 返すべき言葉は一つしかない。


「神なんて、 くそ食らえだ 」


「ふはははははは!! 」


 スーツの男が腹を捩って笑い転げた、 ビーチチェアからは勿論落ちている。


「やなりな、 気に入ったぞ! お前の問いに答えよう!! 」


 自分の答えの何がそんなに気に入ったか、 青年には全くと言って良いほどに理解が及ばなかったが、 一先ず気にしない事とした。


「考えても分からない事は、 分からない事だよな 」


 誰に告げる訳でも無く、 青年は一人そう呟いた。

 自分が未だにつっ立ったままで居た事に考えが及んだ青年は、 音を立ててパイプ椅子に腰を下ろした。

 スーツの男は、 実に楽しそうに暫しの間、 笑い転げていた。





 ここはあの変態が築いた空間、 所謂神界・・であり、 ビーチチェアとパイプ椅子を含めた此処に有る他の物は全てロイ――彼は一頻り笑い転げた後にそう名乗った――の私物だそうだ。


 青年が神に巻き込まれて死んだ事は事実であり、 ――不憫かどうかは関係がなく――これから異なる世界に転生する事もまた、 避けられない事が改めて明示された。


 更にスキルを授かる・・・事は出来ないが青年が自身で習得する事は可能であり、 そしてその為の時間をロイは青年へと与える。

 以上の内容が青年とロイの間に、 一先ず交わされたものの概略だ。


「はぁぁ、 随分遠い所に来たもんだ…… 」


 青年は、ため息を吐いて膝の上に両腕を落とした。

 彼の指を合わせた手のひらの間には缶コーヒーがあり。 彼は心を落ち着かせる為にも、 缶を口元へと運び中身をすすった。

 青い缶に描かれた雄大な山々が、 青年に何とも言えない郷愁の念を抱かせてくれる。


 少し落ち着いた青年は、 そのまま改めて周囲を見回してみるも……やはり自分とロイ以外には何も無い、 ただ白い空間が広がるだけであった。


「さて、 何から始めるかね? 」


 ロイの声に、 青年は視線を前方に戻す。

 相変わらずビーチチェアに座ったままの彼だが、 その手の中にある物はモヒート染みたカクテルでは無く、 自分と同じ銘柄の缶コーヒーだった。


現状・・を正確に確認したい 」


 青年はそう願った。

 尋ねるでもなく乞うでもなく願った・・・理由としては、 正直に言えばロイが嘘を付いていたとしても、 青年には判断がつかないからだ。

 ならば出来るだけ、 誠実な回答を……。

 短い言葉の中に込めた青年の想いは、 割かしすんなりと受け入れられた。





 現在の青年は、 “死と転生の狭間”に在るらしい。

 よってこの空間で習得したスキルは、 ギリギリ生前・・の能力としてカウントされ、 転生先に反映されるそうだ。

 更には青年が望んだ上でここ神界の管理者となったロイが許可しない限り、 転生のプロセスはスタートしない。

 ロイの許可が必要な理由は、 転生の為にこの空間から出るためには彼に頼らなければ青年にはどうしようも無い事に由来する。


 これらの事を、 最初からロイが青年へと説明しなかった理由は――


「俺は暇な訳じゃない 」


 ――つまりはこの程度の事に気付かない、 気が付けない相手には情けと手間を掛ける価値・・が無い、 と言う事だ。

 青年は、 ロイの言外に込めた考えに自身が気が付く事が出来たのは、 スキル【知力補正 (微)】の効果であってほしいと切に願っていた。


 前世の記憶が無い青年には、 知人・・と呼べる存在が目の前のスーツの男を除けば、 あの変態神・・・しか残らない。

 どっちもどっちな気はするが、 彼等・・への理解が進んだと考えるよりは、 自分の能力が向上したと考える方が多分に建設的だと青年は感じていた、 主に精神衛生的メンタルな部分において。


 ともあれそれに気が付く事の出来た青年は、 最低限ではあるがロイにとっては価値があると言う事だ。

 何とも傲慢な物言いに思えるが、 青年にはこれが当然な事のような気もしていた。


 ロイにとっては、 青年を正しい方向へと導く義務も義理も有りはしないのだ。


 ロイの青年に対する呼び方が少年・・または青年・・である事にも理由が存在していた。

 経緯がどうあれ、 彼、 つまり青年・・はこの先転生し、 誕生に即して新たな名前・・が付けられる事となる、 そこに愛が有るか無いか等は別としてだが。


 ここ――“死と転生の狭間”と言う名の白い空間――での記憶は保たれる為、 下手なが有れば転生先での自我同一性――自分は何者でどうあるべきか――に良くない影響を及ぼす事となる。


「ハッキリ言ってよく解らないんだけど 」


 と言うのが青年の感想だ。

 青年の肉体・・は、 前世で既に消滅しており、 今はだけの存在である。

 そう言われても青年には何の実感も無いのだ。

 ビーチチェアに座るこの男は――


「生物としての、 ある種の理想の姿だぞ? 精神生命体は 」


 ――等と主張しているが。


 望んだ望んでないに関わらず、 到底納得出来そうに無い。

 だが青年には受け入れるしか選択肢が無いのだ、 例えそれが仕様・・であったとしても。


「俺が異世界“グランディニア”で五体満足に生きて行く為に、 必要だと思う事を教えて欲しい 」


 故に青年は全てを――暫定的ではあるが――受け入れ、 教えを乞うた。

 試験前に、 教師に攻略法を強請る生徒の如く。


 その言葉を聞いたスーツの男ロイは、 待ちに待ったと言った、 いかにも満たされた表情でビーチチェアから立ち上がると青年にこう告げたのであった。


強請ねだるな、 勝ち取れ。 さすれば与えられん 」


 神よりも腹立たしい存在が、 青年の中に生まれた瞬間であった。





 紆余曲折はあったものの、 青年の新たな生活が始まった。

 なお彼はこの白い空間――神界、 即ち神が造り上げた唯一無二の領域――でさえ、 精神とナンタラの部屋の延長、 と考えてしまうほど擦れて・・・しまっていたのだが。


「よく似合っているぜ、 その囚人服ジャージ


 特訓に際してロイから掛けられた言葉が、 何とも青年の勘に触れた。

 恐らく彼は先の様な台詞を言いたいが為だけに、 青年への逐一の説明を省き、 更には青年の格好を奇抜な色――エメラルドグリーン――のジャージ姿に決めたに違いないのだ。

 青年には悲しいくらいに自信があった。


 だがあれもこれも、 青年には受け入れるしか道が残されていなかった。

『自分より恵まれていない人間が、 前世に何人居たのだろうか 』と指折り数え始めた青年の思考を、 スーツ姿の巫山戯た男の言葉が妨げた。


「アダゴレ君、 カムヒアぁぁ~! 」


 ロイが左手の指を弾いて鳴らすと同時に、 二人からやや離れた位置の床上に、 魔法陣――幾何学的な模様を内包した銀色に輝く光を放つ円――が浮かび上がった。

 円の半径は五メートルといった所だろうか。


 青年は、 思わずパイプ椅子から素早く立ち上がり両手を前方に構えた。

 記憶を失った青年には、 “カムヒア”と呼ばれて出てくる物は、 全高百二十メートル、 重量八百トンの日輪の輝きを持つスーパーロボットしか思い浮かばなかったのだ。


「記憶は無くしても、 知識は消えてないのか…… 」


 今の状況でも転生先でも恐らく役に立たないであろうこの雑学・・が、 青年にまた一つ重要な事を思い出させてくれたのであった。


 瞬間的に、 ある意味で思考を停止した青年の前に現れたのは、 人間の形を保ちながらも明らかに人とは違う表情をもった鉄の人形だった。


 体長は百八十センチ前後、 姿形は人間なれど、 決して人間とは思えない、 黒く物々しい鉄の塊。

 その鉄人形の口が、 石同士が擦り合わされるような音を立てながらゆっくりと開いた。


「タダ今、 ゴ紹介ニ預カリマシタ、アダゴレト申シマス 」


 鉄人形の口から発せられたとは思えない丁寧な言葉に、 驚きのあまり青年は息をする事すら止めていた。


「アナタ様ノ来世ガ健ヤカナモノデ有ルヨウ、 微力ナガラ全力ヲ持ッテ協力サセテ頂キマス 」


 ロイは無いも言わない。

 礼儀正しい鉄人形も、 自分の台詞を言い切った後は何も語らず青年を見つめていた。

 鉄人形の目の部分には茶色がかった半球が見える。

 あれが人間の目と同じ機能を果たしているのであろうか。


 青年は動けない、 動くことが出来なかった。

 あの怪しげな宣言から呼び出された物体が、 まともな物であろうはずが無いと断言出来たからだ。


 そんな青年の様子を不憫・・と感じたのか、 鉄人形もといアダゴレ君は彼に声を掛けた。


「アァ、 ドウヤラアナタハ途方モナイ理不尽ニ晒サレタヨウデスネ 」


「デスガ安心シテ下サイ、 私ハ貴方ノ味方デス 」


「牛歩ノヨウナ歩ミカモシレマセンガ、 共ニヨリ良イ未来ヲ目指シマショウ 」

 

 青年はやはり動くことが出来なかった……感動のあまりに。

 仕方なく仕様・・を受け入れはしたものの、 やはり心の何処かで待ち望んでいたのだ、 自分の気持ちを理解してくれる相手が現れてくれる事を――


「あぁぁ、 おぅぅぅ、 ぐすっ 」


 ――気付けば青年の頬を、 涙が濡らしていた。

 囚人服紛いのジャージの袖で拭ってはみたものの、 溢れる涙は止まらず零れ落ちる。

 青年はそれでも涙を拭いながら、 何時ぞやの如く両手と両膝を床に付け、 深く頭を下げていた。


 色々あった。

 確かに色々な出来事が青年の身に起きたのだが、 彼――鉄人形ことアダゴレ君――と出会えた事で全てが報われた気がしていた。


 端から見れば美しくさえ見える土下座スタイルを維持したまま、 青年は師匠と呼ぶべき存在へと願いをのたま った。


「アダゴレさん……いや、 師匠! 」


 鉄人形は何も言わない。

 ただ黙って腕を組み、 青年を見下ろしていた。

 彼もその方面には、 理解があるゴーレムのようだ。


「自分を、 いや私を弟子にして下さい!! 」


 その日、 青年は鉄人形ことアダゴレ君の弟子となる事を望み。 程なくしてそれは了承された。

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