【アイドル】アリス

 フェアリーテイルオンラインの世界観は、簡潔に言って異世界ハイファンタジーだ。

 神様や天使、悪魔に竜、それに妖精などがいた時代から移ろい、人の時代がやって来た。巷にはモンスターが跋扈し、世界各地には神様や悪魔が存在していたと思われる遺物が数多く残っている。

 そんな御伽噺フェアリーテイルが点在する世界。


 アリスが指定した『空中庭園』というのも、そんな神代の遺物の一つだ。

「いつ見ても圧巻だなあ」

 背を反らし、仰ぐその先は雲の上まで続いている。大小様々ある、文字通りが階段のように連なっており、それを伝って行くことで雲海の向こう側にある空中庭園まで行くことが出来る。


 人間の魔法でも、科学技術でもない、神か悪魔の所業。御伽噺の世界の技術だ。

 空中庭園の実装当初は、観光客でごった返していた。庭園から見下ろすと、現実では決して拝むことの出来ない、雄大で幻想的な森が広がっていたためだ。

 今でもその景色は損なわれることなく、何度見ても感動を覚えるものなのだが――今は人が寄り付かなくなっていた。

 なぜなら、その景色を見るのに、この膨大な量の浮き島を駆け上がって行かなければならないのだから。


 マウスでクリックして、キャラクターを動かす時代ならいざ知らず、今や自身がキャラクターとなってファンタジー世界を駆けるのだ、仮想とは言え、やはり疲れるものは疲れる。

「ハッ、ハァ、ハッ……うぇっ、けほっ」

 最上階の空中庭園までよじ登る頃には、全身にびっしょりと汗をかき、肺は悲鳴を上げていた。吸い込まれる雲の上の空気は冷たく、体の内側を劈くようだった。

 【騎士】のクラスになってスタミナは上昇しているハズなのに、登る辛さはあの頃と全く変わらないのはなぜだろう。それどころか、当時より辛い気がした。


(うーん、やっぱり僕は僕のままなんだろうか……)

 それとも、あの時はマスターが一緒だったからだろうか。

(手を引いてこの頂まで連れてきてくれたっけ)


 天辺は、空中庭園の名に恥じない緑の多さだ。一面が草のカーペットに覆われており、色とりどりの花が咲き乱れている。陽の光を何者にも邪魔されずに一身に受け、雄々しく育った樹木も立ち並んでいた。

 景色も、あの頃と変わらない。

 思い出に浸っていると、愛らしい少女の鼻歌が聞こえてくる。


 歌の聞こえるほうへ歩みを進めると、浮き島の縁に座り、ぶらぶらと足を揺らしている少女の姿があった。

 風にそよがれる麦穂畑色の長い髪に、ウサギの耳を思わせる真っ赤なリボンの付いたカチューシャ。空の鮮やかな色を切り取った蒼のドレスに、夏の雲よりも白いエプロン。顔立ちは可愛らしく、瞳は大きい。まるでお人形のような少女がそこにいた。

「……来たよ、アリス」

 少女の名は、アリス・キャロル。

 かつてロランや晴彦と同時期にGMWに属していた、古参のプレイヤー。

 そして今は大手攻城戦ギルド、『Trick or Treat』――略称ToTに属する大幹部。

「あはっ、来てくれたんだロランお兄ちゃん」


 アリスは立ち上がるや、片目を閉じてウィンクかましてきた。エフェクトで星でも飛んできそうな、勢いのあるウィンクだ。

 サーバー内には彼女のファンクラブがあるらしく、それほどまでにアリスという少女は愛らしい。きっとファンなら、そのウィンク一つで嬉しさのあまり気絶していたことだろう。だがそれも長い付き合いのロランには全く効果がない。晴彦が食らった日には、頭痛と寒気を覚えた上で、吐いていたに違いない。


「キャラ作らなくていいよアリス。どうせここには僕と君しかいないんだから」

「キャラ? 何のこと言ってるの、お兄ちゃん」

「とぼけなくてもいいだろ?」

「アリス、何のことだかわからなーい」

 言いながらアリスは指を弾き、【死霊師ネクロマンサー】のスキル《人喰らマンイーター》を発動させる。空間に歪が生まれ、そこから無数の顔が群れた怨霊の塊が発生する。

「えっ、ちょっ……」

「あ~ん! 間違ってスキル発動しちゃった! 避けて避けてお兄ちゃん!」


 怨霊弾は術者の近くにいる他のプレイヤーに向かって行くスキルとなっている。この場には術者アリスの他にはロランしかいないので、弾は必然的にロランのほうへ――向かって来なかった。


「へっ?」

 断末魔を上げながら、怨霊弾があらぬ方向へと突っ込んで行く。虚空に黒い炎の柱を立て、怨霊たちは天へと還る。

 燃焼剤もないのに火柱が立ち続けているが、これはどういうことだろう。グラフィックのバグだろうか。

 しばらくして、黒炎に中から突如として男が姿を現した。


「うぉあっちゃちゃちゃ! 熱い! 熱いぃぃい!」

「《潜伏ハイディング》……ッ!?」

「きゃああ! 何でこんなところに人がっ!? 《栄光の手ハンドオブグロウリー》ッ」

 土が盛り上がったかと思うと、次の瞬間には亀裂から全長二メートルはあろうかという黒々とした腕が出現し、男を突き飛ばした。


「うわあああああああッ!?」

 突き飛ばされた男は炎に燃やされながら、雲を突き破って落下していく。次第に悲鳴は小さくなっていき、やがては聞こえなくなった。この高さから落ちたのだ、ただではすまないだろう。機転を利かせて帰還アイテムを使用していれば助かったかもしれないが、あんな状態ではそれも無理な話だ。

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