リサイクル・ライフ
キューマン
Recycle of the life
ぽん、という音が響いた。
申し込みがまた1つ来たという、通知の音だ。
私は、メールを慣れた手付きで開いた。
「…死にたい側か」
独り言が漏れた。
私は、メール全体にさっと目を通した。
「スパムじゃない、か。でも今、生きたい側の人って…」
私の独り言を遮るように、通知音が再び響いた。
条件反射で、私はメールの受信ボックスを更新した。
新着メールが一件。
「…こんなこともあるんだな」
『生きたい側』からのメールだった。
「LESについて、どれくらいご存知ですか?」
「よく分からない。でも、死にたくなったらLESに行けって、本に書いてあった」
「それは何よりでした。大切なことですので、LESについて説明します」
LES。正式名称はLife Exchange Service。国によって運営される、命交換サービスである。
数十年前、「命」が発見された。命は物質のように扱うことができるということが発見されたのだ。
そして、病気や怪我というものは命を破壊することで生物を死なせることがわかった。
同時に、他人の命であっても病気や怪我をしている人間に移植することで、死を回避できるということが判明したのだ。
当然、命そのものすらお金でやり取りできるものに変えてしまいかねないこの技術は国によって厳しく制限された。
しかし、いくつかの先進国はこの技術を有効活用しようと試みた。
そうしてできたのが国によって運営される命交換サービスである。
このサービスは命を捨てたいと思った者と、命を拾いたいと思った者を仲介する。
命を捨ててもお金は一切渡されないため、命を売ることを防げられる。
「最近は利用者も減ってきてはいますがね」
「へぇ…何で?」
「いつでも苦しみなく死ねると考える方も多いようです。今じゃなくてもいい、と」
「そりゃ、よっぽど恵まれてんだな」
頬杖をつきながら、
「まあ、我々としても国民が皆死にに来たら国が滅びますから、カウンセリングをして見極め、支援を行うよう働きかけるほうが多いんですけどね。ただ…救えない場合もあります。多額の借金を抱えてしまって死にたい、とかは我々でも…対応が難しいのです」
私は言い淀んだ。
というのも、この天見という少年の姿形は、言ってしまえばみずぼらしい。
おまけに栄養状態もあまり良くなさそうで、痩せこけている。
これがただ単に虐待だったとかならば、いくらでも対応策はある。
しかし、その姿の原因が、借金だとしたら――
「そうか。借金だと、無理か」
由樹は頬杖をやめ、落ち込んだ。
「…借金、ですか」
「俺じゃないけどな。クソ貧乏なくせに、俺に贅沢させたいって無理したらしくて。3日前、家の家具できるだけ売ってギリギリ1万用意して、首吊って死んだよ。クソ貧乏なくせにな」
「……」
「ま、いいんだよ。どーせ救ってもらう気はなかったからな。相手は闇金だから法的な正当性はねーし、そもそも俺が相続放棄すれば返す必要もない」
「お詳しいんですね」
「子ども食堂ってあるだろ?アレに似たようなことを近所の図書館がやってたんだよ。んで、暇だから本読んでたら知識だけつけちまった。数年前に潰れたけどな」
「学校とかは…」
「小4で中退して、14になる今まで通ってねぇよ」
「…ですよね」
「どうしようもないよな」
由樹は自嘲気味に笑った。
「あーそうだ、これ言われんの嫌だから言っとくぞ。『そんなに頭がいいんだったら生きていけるんじゃない?』って何人に言われたかもう忘れたけどさ。俺なんてまだ働けもしない年齢で近くにメシ恵んでくれるとこもなくて、ついてる知識なんか教育機関に行ってないガキの付け焼き刃で、同世代よりは頭いいですね〜ってさ。バカにしてるんじゃねーの?頭良くたって結局は金がなきゃ生きていけない社会なんだよ。そう言うんだったらお前が養えって話だよな、はは」
由樹が一息に話しきり、面談室を静寂が支配した。
私はそれに耐えきれず、話を進めた。
「…命を欲しいと仰っている方が一名いらっしゃいますので、予定の調整をいたします。それまでの生活は、こちらが保障します」
「了解。終わるまでの人生、ちょっとはマシになりそうで安心したぜ」
由樹は、ここで初めて笑顔を見せた。
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