第37話
静かに演奏会が始まった。
会場の空気が完全に音楽に支配される。
1曲目『風を織る』は始まりの緊張をその雄大さで消化してしまうような音楽だ。
その荘厳さに日本的な音の要素も加わりこの曲独特なメロディが流れる。
ここまでこのメンバー達と一緒にやってきた音が実感としてわかる。
クライマックスに差し掛かり同じメロディをリフレインしながら音が重なり大きくなり最高潮に。
曲が終了し一瞬の間があった。聞き入ってしまい拍手をするのを忘れていたのだ。拍手喝采。うかうかしてはいられないとギターを手に取り最終確認をする。
梅澤部長がマイクを持ち話を始める。
「私達はこの1年間このメンバーで必死に頑張ってきました。時に喧嘩をして時に励まし合ってそれで県大会を突破することが出来ました。今日はその集大成です。こんなにも多くの方が見にきてくださってありがたいです。最後までお楽しみください」
そう部長のMCが入り二曲目が始まった。みんなが知っている曲、一度は聞いたことのある曲はとても盛り上がった。どこからともなく始まった手拍子は伝染し最後までそのグルーブ感を伴ったまま疾走した。もうお客さんが離れる事はないだろうと思った。
僕がメンバーと最後の打ち合わせを始めた頃。舞台は『名曲メドレー』が始まっていた。
メドレーの最後の一音が終わり、また大きな拍手が会場を包んだ。
部長はマイクを持ち、その拍手が鳴り止むのを待ってこう話し始めた。
「今年は吹奏楽部だけではなく軽音楽部と部活動で交流を持つことが出来ました。正直私は吹奏楽と軽音楽は別々のものだと思っていました。でも違いました。音楽は音楽なのです。音楽は人を繋ぎます。私が・・・お恥ずかしいですが、あまり快く思っていなかった軽音楽部の人たちと繋がり認め合えたように、きっとこの世界も繋いでくれるのではないかと思っています。どんな人たちだってきっと何か方法はあるはずなんです。私はその事を彼らから学びました。皆さんにもこの気持ちの欠片でも届けることが出来ればいいなと思います。それでは『クラマス』の皆さんです」
部長はそんな事を思っていたのか、確かにその通りだ。僕は音楽を通じて北野さんに出会い。浦野達に出会い吹奏楽部の人達や軽音部の人、ライブハウスで出会った人。友達だって出来た。ファンだって言ってくれる人もいる。そんな可能性があるんだ。僕は部長の答えを全力で支持する。きっと音楽で僕の僕たちの隣にいる人と分かり合えるきっかけは手に入る。今はそれだけなのかもしれないけれど、それでいい。
僕たちは大きな拍手の中でステージの中央に向かった。
今度は僕が舞台で話をする番だ。
「今日はこんな素晴らしい舞台に呼んでくださり、ありがとうございます。僕たちと吹奏楽部がこの日のために特別な演奏をします。聞いてください。『on your mark』」
クラマラスが初めて作った楽曲であり初めて吹奏楽部の前で演奏した曲だ。
あれはコンクールの前の夏休みの練習の時だった。
僕たちの音楽が本当に始まった日のだろう。
何かを表現する事は誰かの心に波風を立たせる事だ。
自分の中だけで完結するものではない。僕たちはそれをこの曲で知った。
汗が引く感覚が全く無い。
いつまでも止め時がわからないように呼吸の粗さも汗の流れも止まらない。
心が沸騰してしまって僕は上から照り付けている灯を見た。
「あ、眩しいな」
そんな呑気な事を思ったら僕はこちらの世界に帰ってきた。右手に持っているピックを見た。
「あ、すり減ってるから変えよう。最後の1曲だ」
そんなことを考えた。
拍手が聞こえる。
ここまでどうやって辿り着いたのだろう。
「最後の曲です。『未完成』」
それだけしか言わなかった。それだけで伝わる確信があった。
吹奏楽部の定期演奏会における僕らクラマラスの最後の演奏が始まった。
この曲は夏のコンクールで聞いた北野さん達の課題曲から刺激を受けた曲だ。
バンドの楽器だけで演奏する為に作ったが吹奏楽部の音もそこに入れる。
マイナー調でBPMは110ぐらいの力強い曲。
初めは僕のブリッジミュートからボーカルが入るがそこに管楽器が入りさらに重厚感がます。
{貴方の指先は届け届と叫んでいた 人の渦にかき消されても
僕の心は溶けてしまったよ 何を考えてどこを見ているの
わからない事だらけだな でも選んだ先が特別な何かになって
貴方の叫びがいつか届く時が来る}
曲の盛り上がりに比例して楽器の音数も増えていきサビで一気に爆発する。
{探して探して探してみたけれど 貴方の姿は見当たらない
走って走って走ってみたけれど 僕の鼓動は早くならない}
その勢いのまま2番
{水面に漂っているのは僕の心 光の点だけが浮かんでいて
手を伸ばして捕まえる 運命は歩いてきた結果何に
虹の下で生まれたはずの僕たちは
何も無いところに立ち尽くすことしかできない
探して探して探してみたけれど 僕の体はどこにも無い
走って走って走ってみたけれど私は私を感じない}
そしてギターソロ、ここもアレンジしてギターの後トランペットにソロを渡す。ソロを吹くのは北野さんだ。
しかしこのタイミングというか熱みたいなものが練習では合わなくてずっと2人で悩んでいた。側から見ればなんてことはないそうだったが僕たちの間でどこか違う気分にさせるのだ。
ソロが来た。僕はマイクから少し顔を逸らしギターを弾く手元を確認し、今度は足元においてあるスイッチに足を伸ばす。
これはエフェクターというやつでこれを踏むことでアンプから出力される音が変わる。
ソロではギターの音が目立つように音色を変える。そのためのエフェクター。
音が歪みその音を確認しながら左手を動かす。歌の勢いのままのギターの音がアンプから流れてくる。
ギターと自分が一体になっている感覚がとても好きだ。
そろそろギターのソロからトランペットのソロにバトンを渡す。僕は一瞬北野さんの方を見た。北野さんも僕を見ていた。
葛西くんと目があった。
私たちが何度練習しても納得ができなかった所だ。葛西くんの目は感動とか、興奮とか、楽しさとか、疲労とか、私への期待とか、信頼とか、そんなものが内混ぜになった目をしていた。
私はそれに気圧されそうになってしまったが、何故だか笑顔だった。
『あ、今葛西くんと心がつながったんだ』そんな気持ちになった。私と目があった葛西くんは最後笑ったのだ。だから私も笑顔になった。トランペットのソロ。葛西くんから渡された音のバトンは葛西くんの全部の感情を乗せて私に届いた。葛西くんの気持ちがわかったんだ。それはそんな気がするではなく、はっきりと。
残りの部分を歌う。バンド全体が高揚しているのが音でわかる。ちょっと走らないで欲しいと思いつつも「これもライブか」と思っていた。
{僕と貴方の間違いない心はへばりついてる
探して探して探してみたけれど お互いを見つけることは
走って走って走ってみたけれど触れ合うことは出来ぬまま
探して探して探してみたら 僕と貴方の心だけは
少しだけ少しだけ 届ける事ができた}
「曲が終わる。」
「曲が終わる。」
「ここから、新しい事がきっと始まる」
「『未完成』ってタイトルは今の自分に向けて」
「この日のためにきっとこれまではあったんだろうな」
「不完全で未完成だからお互いに手を取り合うんだ」
拍手の音で何も聞こえなかったが浦野と大原と新谷が僕の所に集まってきた。
何か言っているのだか僕には聞こえない。不思議な顔をしているのに気づいた浦野が何も言わずに僕の手を取った。
大原も新谷も一列に並んで手を繋ぐ。四人が手を繋ぎ客席を一度見回し、握った手を大きく上にあげる。
その動きに合わせて拍手の大きさも変化した。僕はその瞬間叫ばずにはいられなかった。
「ありがとう!」
マイクに拾われず拍手にかき消された声だったがそこにいるすべての人に届いた。それがわかった。
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