第一話 薬屋の少女

 僕が目を覚ましたとき、見知らぬ家のベッドに寝かされていた。

 ……何故か真っ白な髪の、可憐な少女と同じベッドで。一体、何が起きているのだろうか?さっぱり理解出来なかった。

 これは夢か?夢なのか?そこで、頬をつねってみた。うっ、痛い。


「……おわっ!?」


 僕は思わずベッドから飛び起きた。少女が目を覚ましてしまわないかヒヤヒヤしたが、少女はベッドですやすやと眠っている。

 眠る少女を横目に今の自分の置かれた状況を確認する。確か、獣を狩ろうと山に入り、弓を放ったが防がれて、逆に追い詰められて返り討ちに合い気絶。

 ……我ながら随分と間抜けな話だが、恐らく獣に吹っ飛ばされた後、倒れていた所をこの少女に助けられたのだろう。

 なぜ少女が僕と一緒に寝ていたのかは全くの謎だが……。と言うかここまでどうやって運んだのだろう?力魔法か何かだろうか?

 体を見たが獣に吹っ飛ばされたにも関わらず傷一つない。治癒の光魔法で治してくれたのだろうか。

 さて、一体ここは何処だろう?窓の外を見たが街中ではなさそう。なんとなく山の中っぽい雰囲気だ。山で倒れたので、当たり前と言えばそうなのだが。

 部屋の中を見回す。少し広い部屋の中にはビンの沢山入った戸棚や本棚、そして机とベッドが置かれている。戸棚のビンにはトカゲっぽい生き物の干物や小魚の頭、乾燥した謎の植物の数々や小動物の小骨、様々な色の粉、薬品のような液体、紫色の怪しいモクモクした瘴気、果てには小さい悪魔みたいな姿の生き物(たぶん生きてる)まで入っていた。

 部屋の至る所に植物の束が吊して干してあり、独特の匂いを漂わせていた。

 所々可愛らしい小物がおいてあるが、ここがこの少女の部屋なのだろうか?

 女の子の部屋というよりは、魔女か何かの部屋と言ったような雰囲気である。

 部屋の隅の壁には僕の弓が立て掛けてあった。


「良かった……。あの弓は父さんがくれた大事な物だからなぁ。」


 いろいろと部屋を見回していると眠っていた少女が目を覚ました。


「むにゃむにゃ……ふぁぁ。うん?お主、目が覚めたようじゃな。」


 眠そうに目を擦りながら彼女は起き上がった。


「はい、おかげさまで。助けて下さったんですよね?ありがとうございました。傷まで治して頂いて……。」

「いやいや、そんなにかしこまらんで良いぞ。妾はたまたま薬の配達の帰りにクロツチイノシシが暴れておるのが見えたから、今夜の晩飯にしようと仕留めたのじゃ。そうしたら近くにお主が転がってたので、ついでに拾ってきただけじゃ。礼には及ばん。」


 彼女はベッドに腰掛けてにんまりと笑った。

 それにしても随分と古風な喋り方をする娘だな。とても少女の話し方には聞こえない。そして、何というか小さくてかわいらしい娘だ。腰下まで真っ白な髪を伸ばし、肌はとても色白で瞳が碧い。今は寝間着に白色のワンピースを着ているようだ。


「そういえば、さっき薬の配達って言ってましたけど、薬屋さんなんですか?」

「うむ、その通り。ここは妾の薬屋じゃ。店で売る他に、遠いところから注文が入れば配達もしているのじゃ。お主を見つけたのはその帰りじゃな。」

「へぇ……そうだったんですね。自分のお店って事は、一人暮らしですか?」

「いや、同居人がもう一人いるぞ。この家は元々妾が親と住んでたのじゃが、まぁ、色々あって親が死んでしまってな。しばらく親戚の所で暮らしていたのじゃが、この店を開くときに帰ってきたのじゃ。一人暮らしもそこそこ長かったのじゃが、これまた色々あって、同居人と一緒に暮らす事になってな。」

「へぇ、そうなんですか。その人は今どこへ?」

「多分まだ屋根裏のロフトで寝てると思うのじゃ。……そう言えばお互い自己紹介がまだじゃったな。妾はフィリゼ・ミレニアじゃ。よろしく頼むぞ。」

「えっと、私はカルサの街で喫茶店をやっている、シルト・アーカシウスって言います。よろしくお願いします。」

「きっさてん?それはどんな店なのかの?」


 ……喫茶店を知らないか。ちょっと意外。


「えっと、お茶やコーヒーを飲んだり軽食を食べたりしながら、おしゃべりしたりくつろいだりする店……ですかね?」

「おお、茶屋のような感じか!それはよいな。妾も行ってみたいぞ。」

「ええ、大歓迎ですよ。」

「それともう一つ聞いても良いか?」

「はい?」

「お茶は分かるのじゃが、こーひーってなんじゃ?」


 ……コーヒーを知らないとは。まあ、コーヒー自体ヨーロッパから伝わった割と新しい飲み物だから、仕方ないと言えばそうなのだが……。これは喫茶店のマスターとしてコーヒーの素晴らしさについて教えねばなるまい。


「コーヒーは熱帯や熱帯雨林の山岳地帯などに生える、『コーヒーノキ』という木から採れる赤い実の種を、煎ってから砕いて、粉にしたものをお湯で成分を抽出した飲み物です。」

「ふむ、ちょっと手間がかかるな。それで味はどんな感じかの?」

「少し苦いけど、とっても香ばしい香りがして美味しいんですよ。苦いのが苦手な人はミルクや砂糖を入れれば、おいしく飲めますよ。」

「ふむ。それなら妾も飲めそうじゃな!」

「……苦いの苦手なんですか?」

「ちっ違うぞ!苦いの苦手なんかじゃないぞ!子供じゃないからな!」


 ……ふむ。苦いの苦手なのか。色々と分かりやすい子だな。


「それに、コーヒーには眠くなりにくくなる作用があるんですよ。元々はリスラムの寺院で薬として飲まれていたらしいです。」

「ほう!薬効もあるのか。それはとても気になるのじゃ。是非とも飲んでみたいの。」


 何はともあれ、コーヒーに興味を持ってくれたようで良かった。


「それでちょっと話を戻して、私が山で倒れてた理由の事なんですけど、喫茶店で出す料理に使う肉を求めて山に入ったのですが、クロツチイノシシに矢を魔法で防がれて、逆に吹っ飛ばされてしまってしまったんです……。」

「そうじゃったのか!食材の事なら安心するとよいぞ。クロツチイノシシなら、晩飯の食材にしようと妾が仕留めておいたのじゃ。肉ならいくらでも分けてやるぞ。ちゃんと血抜きもしてある。」

「えっ!?いいんですか?助かります!」

「ただ、牙と蹄は薬の材料で必要なので、そこだけは貰うぞ。あと、その……敬語で話すのやめてくれんか?なんだか背中がムズムズしてたまらんのじゃ。妾のことは名前で呼んでくれてよいぞ。」

「えっと、……それじゃあ、フィリゼ?改めて助けてくれてありがとう。イノシシの肉のお礼もしたいし、何か出来ることはないかな?」

「うーむ、そうじゃな……。そうじゃ!リリル山にいるリリルカゼウサギの足としっぽのストックがなくなってしまったのじゃが、あれは俊敏薬を作るのに必要なのじゃ。じゃから、ウサギを狩るのを手伝ってはくれんか?」

「えっ!リリル山はこのへんから3日はかかるよ!?かなりの遠出になるけど……。」

「なぁに、妾に任せるがよい。リリル山まで一っ飛びじゃ。」


 そう言うと彼女はおもむろに家の外に出て、何か難しそうな呪文を詠唱しだした。すると、フィリゼの真っ白な髪が眩く輝きだし、徐々に輪郭を失っていった。

 やがて光のシルエットとなり、その姿はみるみるうちに大きく、形も変わっていく。

 ……そして気がつくと、目の前に一匹の美しい、純白のドラゴンが姿を表していた。


「……なっ!?どっ……ドラゴン!?」

「む?話しておらんかったかの。妾は光竜種の竜人……つまりはドラゴンじゃ。」

「たっ、食べたりしないよね?」

「当り前じゃ。人間は食べてもおいしくないしな。」

「おいしかったら食べるの?」

「時と場合によるの。人間を食べると討伐しに来るやつらがうざったいのじゃ。」

「食ったことあるの?」

「かはは、冗談じゃ。そのぐらい分かれ。」


 こうして、僕は光竜のフィリゼと出会ったのであった。(ダジャレ)

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