第17話 最強の王女は魔力を封印する

 俺達は無事にアナコンダの肝を手に入れることに成功した。家までゆっくりアレク様の背中を楽しもうなどと不埒なことを考えていたら、あっさり転移魔法を使われてしまった。泣ける。


「ただいま戻りました」と、アレク様と一緒にカーラ様の家の扉をくぐった。


「お帰りなさい!」と、姫様がパタパタとアレク様に駆け寄る。

「無事で良かったぁ」

「ローラ様をお守りすること以外で、怪我なんてしませんよ」と、きざな台詞を照れもせず吐きながら、アレク様は満面の笑みで姫様の頭を撫でる。


 きぃ! やっぱり本物の女子にはかなわないか!

 俺は早々に女子になることを諦めた。平民は諦めが早いのである。


「姫様、俺も魔物とアナコンダと格闘して戻って来たんすけど……てか、リディ様、このピンクな空気はなんすか? 二人の雰囲気めちゃめちゃ変わってません? まさか俺のいない一晩で二人はっ⁈」


 ぎゃあ! 俺のアレク様が!


「馬鹿ね! 吐血してる状態のアレクにそんなことできるわけないでしょ! ……でもそうね、これからは監視の目が必要ね……ローラの未来の義姉として、ローラが結婚するまでは目を光らせないと」


 キラリとリディ様の目が光る。


「リディ様に監視されたらキスのひとつもできないっすね、姫様。御愁傷様です」

 俺は胸の前で合掌し、心の中でリディ様を応援した。


「おっ、やっと戻ったか。ほんとに使えない小僧だねぇ」

 そう言いながら、カーラ様は俺の持っていたカバンを取り上げた。


「なんだい! ほとんどの魔具を使い切ってるじゃないか! 私の魔具でアナコンダも殺れないなんて考えられないね」


「なんてこというんすか! 俺めっちゃ頑張ったんすよ⁈ てか、雷の魔具不良品でしたよ! 不良品つかませるなんて、王族の名折れですよ!」


「何言ってんだい! この小僧は! ちゃんと説明書にセール品って書いてあっただろ⁈ 無料で伝説の魔法使いの魔法が使えたんだ、ひれ伏して感謝しなっ!」


「あーなんて可愛くない! 腹黒系王族は口から生まれて来たんすかね⁈」

「あぁ? 私とフェルナンドと、フェリクスのどこが腹黒だって⁈」

「まんまその三人っすよ! 自分でわかってんじゃないっすかー」

「よし! ローラの力を封印する前に、お前を封印してやる」


 カーラ様は杖を掲げ、ブツブツと何かを唱え出した。

「ぎゃあ! やめて! 俺の命を封印する気ですかっ⁈」


 ギャアギャアと言い合う俺達を眺めていた姫様が呟いた。

「お祖母様とカインは、いつの間にこんなに仲良くなったの? 私のお祖母様なのに」


「ローラ、嫉妬の方向性おかしいから」

 リディ様がすかさずツッコミを入れる。


「そうですよ、ローラ様以上に可愛いものはこの世に存在しません」


「アレク、話がややこしくなるから黙ってて……ほんとこのバカップル困るわ」

 リディ様は大きなため息をついた。

 

 カーラ様と俺の言い合いが落ち着いた頃を見計らって、アレク様は取って来たアナコンダの肝を机の上に置いた。

「カーラ様、アナコンダの肝です」


 カーラ様はそれを手にとってよく観察した。

「よし、アナコンダの肝に間違いないね。これでローラの力を封印する魔法薬の材料が揃った。すぐに仕上がるからしばらく待ってな」


 大釜にアナコンダの肝を入れたカーラ様は、手に魔力を集中させた。

 ゴゴゴっと音がしたかと思うと、大釜がピカッと光り魔法薬が完成した。

 よほど魔力を行使したのだろう、カーラ様はゼイゼイと肩で息をついている。


「年は取りたくないもんだね、ほれ! 完成したぞ」

 カーラ様は大釜から瓶に魔法薬を移した。

 魔法薬は、姫様の瞳のように真っ黒だった。


「ローラや、分かっているとは思うが……」

「分かっているわ。 ありがとう、お祖母様! みんな、ここで待っててね。隣の部屋で薬を飲んでくる! 絶対に覗かないでね。この薬、見るからに不味いし、げほげごしてる姿なんて、見られたくないから」


 そう言い終わるなり、姫様は隣の部屋に移り、ガチャっと部屋に鍵をかけた。


「ロ、ローラ様!」

「ローラ!」と、追いかけようとするアレク様とリディ様をカーラ様が止める。


「ローラがああ言ってんだい! あの子の気持ちを汲み取ってやりな!」

「ですが、カーラ様……」


「想像してみな? 今まで当然のように使っていた魔力が使えなくなるんだ。あの子も思う所があるだろう。それにあの魔法薬は、それなりの苦しみを伴う。魔力を解放した時と同じだ。仲間にそんな姿は見られたくないだろう」


「そ、そんなっ……あの苦しみをまたローラ様が……」

 アレク様は苦悶の表情を浮かべた。


 姫様はまた一人で耐えるつもりなのか……

 どうして俺たちを頼ってくれないんだよ!


「アレク様! ドアなんて壊してしまえばいいんですよ!」

「そうよ! あの子はまた一人で耐えるつもりなんだわ。アレク、行きましょう!」


 アレク様がドアを壊そうとした時、隣からドサっという物音が聞こえた。姫様が薬を飲んで倒れたんだ!


「ローラ様!」とアレク様はドアをこじ開けた。


 中では姫様が口から血を出し倒れていた。魔王の時はこんな状態で一人で耐えていたなんて……俺は涙が出そうになった。

 そんな姫様をアレク様が抱き起こした。


 リディ様はハンカチで姫様の血を拭き取り、優しく頭を撫でた。

「わたくしたちは何もできないけど、今度はそばにいるわ」


「……っ⁈ みんな……覗かないでねって言ったのに……」


「申し訳ありません。ですが、私はローラ様と共にいます。ローラ様が私にしてくれたように、楽しい話をしましょう」


 そうしてアレク様は、幼い頃の姫様との楽しい日々を語った。


 幼い姫様があまりにも可愛くて、妹が欲しいと一度だけ母上に頼んだこと。

 姫様をいじめた者に鉄槌を下すべく、フェリクス様とリディ様と一緒に、報復リストを作っていたこと。

 フェリクス様と姫様が兄弟喧嘩をした時に『アレクが本当のお兄様なら良かったのに!』と言ったことで、フェリクス様の視線がしばらく氷のように冷たかったこと。


 成長した姫様の美しさにハエのように群がる男どもを、せっせと陰で排除していたこと。

 そんなことをしていたのかと、思いかげず俺はアレク様と姫様のエピソードを知ってしまった。


 リディ様が何も言わず、そっと俺の肩を叩いた。

 ここは二人きりの方が良いだろう。そう思い、俺とリディ様はそっと部屋から出て行った。

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