第15話 騎士の誓い
カインが洞窟で惰眠をむさぼっている一方、アレクシスは苦しみに耐えていた。
あまりの痛みに寝ることもできない。ただただ耐えるしかなかった。
唯一の安らぎは、寝台に横たわるローラを見ることだ。だか、時折苦しそうに「アレクっ…」というローラに胸が締め付けられそうになる。
「リ、リディ…」と、アレクシスは息も絶え絶えにリディアナを呼んだ。
リディアナも眠らずに、アレクシスを見守っていたため、慌てて駆けつける。
「どうしたの⁈」
「……っ、ロ、ローラ様は……なぜこんなに、苦しそうなんだ……悪夢でも、見ているんじゃないのか……な、なんとかして……差し上げれないのか……っ」
「自分がそんな状態なのに、ローラの心配? 仕方ないわよ。魔法で眠らせることはできても、夢まで変えることはできない」
リディアナが首を振ると、ふっとローラの目が開いた。
「……アレク?……リディ?」
ローラはしばらくぼーっとしていたが、だんだんと意識を取り戻し、目に焦点があい始めた。
「リディ……っ」と、アレクシスが合図する。
心得ているとばかりに、リディアナがローラに睡眠魔法をかけようとした。
「やめて、リディ! 私を眠らせないで!」
「ローラ…」
「…ローラ様っ……」
「ごめんね、リディ……アレクが苦しんでいるのに、私だけ眠ることはできない。もう何も言わない。だから……だから、アレクの側にいさせて」
「今のアレクに治癒魔法はかけられないし、かけたら今までの苦しみが無駄になる。見守ることしかできないの。その覚悟があるのなら、わたくしは止めないわ」
「あるわ! わたくしはアレクの側にいる」
ローラはアレクシスを両手いっぱいに抱き締めた。その確かな感触に、アレクシスは苦しみの中に、心からの安堵を感じた。
「わかったわ。私はカーラ様と一緒に隣の部屋にいるから、何かあったらすぐに呼んでね」
そう言い残し、リディアナは二人を残し部屋を出て行った。
「アレク、私にできることはない?」
「……どうかこのままでいることを…お許しくださいっ……」
「もちろんよ、もう喋らないで。苦しいのなら、私が何かお話しするわ。楽しい話よ。アレクはただ聞いていて」
そうしてローラは、幼い頃にアレクシスと一緒に過ごした楽しい日々を語った。
アレクシスに魔法を褒められて嬉しかったこと。
フェリクスが怖くて、アレクシスが本当のお兄様なら良かったのにと思っていたこと。
アレクシスは、ローラの話に耳を傾けながら、出会った頃のことを思い出していた。
*********
アレクシスが初めてローラと出会ったのはローラが四歳、アレクシスが九歳の時だった。
王宮の庭園の垣根に隠れるように、女の子が一人で泣いていた。黒い髪に黒い瞳、アレクシスは一目で王女だと気づいた。
『王女殿下、こんな所でどうされました? 痛い思いでもなさいましたか?』
ローラはその声にハッと振り返り、涙をいっぱいためた目でアレクシスを見つめた。
『あ、あなたもわたくしをいじめるの? わ、わたくしはおとうさまと、おかあさまのこなのに……おにいさまも、わたくしのおにいさまなのに…』
そうしてローラはまた、エンエンと泣き始めた。
ローラは髪と瞳の色で、その出生を疑われていた。だが、王家はローラを王女と認めていたし、少しでも異を唱えるものは、王家を侮辱したものとみなす、と通達まで出していた。
よって、表立って異論を唱える貴族はいなかったが、家に戻ると色々な噂をしていたのだろう。それを子供達が真に受けて、陰でローラをいじめていた。
アレクシスは泣きじゃくるローラに困り果てていたが、口が達者ではないため、どう慰めれば良いかわからず、ただ見守るしかなかった。
そうしている内に、ローラの鳴き声がますます大きくなっていったため、アレクシスは思わずローラを抱き上げた。
びっくりしたのか、途端にローラは泣き止んだ。
『あなたは、わたくしをいじめないのね』
そう言ってニッコリと笑ったローラは、花の妖精のごとき可愛さだった。
きっと、ローラをいじめていた男の子は、その可愛さから意地悪をしたのだろう。女の子はきっと嫉妬からだ。
そうアレクシスが思うほどに、ローラは愛らしかった。
『もちろんです。私は王家をお守りするためにいるのですから。王女殿下もお守り致します』
その言葉にローラはきゃっきゃと喜んだ。
『王女殿下をいじめるなんて……陛下とアレクシス殿下が許すはずがない。お二人にはご相談されましたか?』
その言葉に、途端にローラの顔が曇った。
ローラが何も言わなかったため、アレクシスは情報通の侍女から話を聞き出した。
ローラがいじめられているとフェリクスに告げると、フェリクスは悪鬼のごとき顔になって怒り、貴族の子弟を呼び出して、訓練という名の拷問を加えた。
一方、貴族の子女達にはお茶会を開いた。見目麗しい王太子殿下のお茶会に呼ばれ、ドレスアップし、いそいそとやってきた子女達を、その毒舌で地獄の底へと叩き落としたという。
そんな一部始終を自分の侍女から聞いたローラは、自分が悪いことでもしたかのような気分になって、以後告げ口をしないようにした。
いじめっ子もしばらくはおとなしくしていたが、ローラが告げ口をする気配がないと分かると、再びいじめるようになったとか。
どうにかならないものかと思案していると、いじめっ子に囲まれているローラを見つけた。
アレクシスが近づくと、蜘蛛の子を散らすようにいじめっ子は去っていった。だか、アレクシスは全ての者の名前を記憶し、報復手段を頭の中で何パターンも練り上げた。
そんなどす黒い思考とは裏腹に、ローラはニコッと笑い『ありがとう』と、アレクシスに抱きついた。
アレクシスは、すっと片手を突き出すと、ごく微弱な雷を起こし、枯れ木を燃やした。
それを見たローラは「すごーーーい、アレクはすごいねー」っと、手を叩いた。
『これぐらいの魔法、ローラ様なら簡単です。今度嫌な思いをしたら、このように魔法で少し脅してやるといいですよ』
『それはねー、だめなの』
『何故だめなのですか?』
『おうぞくのまりょくがつよいのは、とうぜんなの。だからみせて、じまんしてはいけないの。わたしのチカラは、みんなをまもるためにあるの。きたるべきそのひ?につかいなさいって、おとうさまがいってたもの!』
この方は幼いながらも立派な王女なのだと、アレクシスは自分より五つも年下の女の子に、尊敬の念を抱いた。
そうして一年が経った頃には、成長と共に、ローラの口のたどたどしさが消え、ローラがいじめられたと話を聞くこともなくなった。
そのことについて、アレクシスが問うと、ローラがニコニコと語り出した。
『リディの言う通りにしたら、みんながわたくしに優しくなったの!』
『リディ? リディアナ・スペンサー伯爵令嬢のことですか?』
『そうよ! リディアナ・スペンサー』
リディアナ・スペンサー伯爵令嬢といえば、その突出した能力で、最近魔法師団に入団した子だ。確か、治癒魔法が得意だとか。
『リディアナ嬢に何を教えてもらったんですか?』
『えーっとね。わたくしがお父様の子じゃないって言われたら、【あなたの家名を名乗りなさい。わたくしは、王家が認めたこの国の第一王女です。異を唱えるのなら、国家反逆罪を問われても、文句は言えませんことよ?】って、言えばいいって!』
それを聞いて、思わずアレクシスは飲んだいたお茶をぶっと吹き出した。
『アレク! きたない!」
『も、申し訳ありません』
お茶を吹き出したアレクシスを見て、ローラはキョトンとしていた。
『……アレクもお茶はグツグツ派なの?』
『お茶がグツグツ派?』
『えーっとね、リディがね、それでもいじわる言う子は、お茶をグツグツしてあげなさいって。世の中には、グツグツした熱いお茶が好きな子がいるから、魔法で熱々にしてあげたら、喜ぶんだって! でも、みんながみんなそうじゃないから、リディがいいって言った子だけ熱々にするの!』
そこまで聞くと、アレクシスはもはや笑いを噛み殺すのに必死だった。
『わ、私はグツグツ派ではありませんよ。ちなみに、その熱々のお茶が好きな子を教えて頂いてもいいですか?』
『いいよー。えーっとね、サーシャ、ルナーラ、レイン、テオドールでしょーそれに……』
ローラが教えてくれた名前は、どれもアレクシスの報復リストに載っている者ばかりだ。
『ローラ様、良いご友人に出会えて良かったですね』
『そうなの! リディはとっても綺麗だし、賢いし、優しいし、自慢のお友達なの!』
可愛くて、優しくて、強くて、純粋で、人を疑うことができない王女様。
侯爵家の嫡男として、自分は王家に忠誠を誓った。だが、騎士として、命はローラに捧げようと、アレクシスは誓った。
そうしてアレクシスは、ローラを守るため、誰よりも努力して王国一の魔法騎士となったのだ。
ローラとの出会いを思い出していると、だんだん痛みが減ってきた。痛みが和らぐと、途端に眠気が襲ってきた。
この苦しみからの解放は、死へのカウントダウンなのか、はたまた、第二の魔力の器が開かれようとしているのか……
どちらか分からないが、ローラ様の腕の中なら最高の死に場所じゃないか。そう思ったところでアレクシスの意識は途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます