第2話 王女のリクエストは、ヒーローとヒロインが引き裂かれてしまう風の髪型

 今朝はいつも通り、俺は姫様を鏡台に座らせ、希望の髪型を聞いていた。


「今日はどんな髪型にしますか?」

「今日はね、あれの予感がするのよ!」

「あれってなんすか? 女の子の日ですか? てか、質問は今日の髪型なんすけど」


 あれの予感といえばそれしかなかろう。俺には姉が五人いるので、その辺の理解は普通の十三歳男子よりはあるつもりだ。


「違うわよ! バカッ! 今日、魔王に会う気がするの!」

「あれの予感で、魔王に会うことを連想するほどの能力は俺にはありません」


 てか、なんで姫様には分かるんだ? 

 動物的直感ってやつか? 人ではないと思ってたらやはりか。


「だから、ヒーローとヒロインが引き裂かれてしまう風の髪型にしてちょうだい!」

 今日も姫様は通常運転だと、俺は姫様の髪に櫛を通す。


「わかりました」と、俺は姫様の願いを叶えるべく、髪を結い始める。

 ちょっと悲劇な感じにして欲しいのだろうと、後れ毛を多めにとる。かといって、後れ毛が多すぎると、所帯染みた感じになってしまうので、絶妙なさじ加減が必要だ。

 アップだと悲劇感が出ないので、ハーフアップにし、髪の毛を丸い棒に巻きつける。


「姫様、いつものやつお願いします」

「はーい」っと、姫様は風と炎の魔法を併用し、温風を起こす。ある程度の頃合いを見計らって、温風を止めてもらう。

 棒を髪から外すと、良い感じのカールに仕上がった。


「ほい! 出来上がり! お気に召しましたか?」

「すごいわカイン! イメージ通りよ! ありがとう!」と、姫様はご機嫌だ。


 王宮に呼ばれた当初、姫様付きの侍女たちは、俺を『神様・カイン様』と讃えていた。

 侍女曰く、姫様は『下町の花屋の看板娘風の髪型にしてちょうだい。でも上品さは損なわれてはダメよ』などと言って、侍女を困らせていたからだ。


「へいへい、ありがとうございます」と言うと、次は服選びに取り掛かる。

「魔王と対決するから、防御力は高めの方がいいですよね?」

「防御力はどうでもいいから、今日のテーマに沿った服がいいわ!」


 魔王と対決するのに、防御力はどうでもいいのかよっ!なんて、無粋なツッコミはしない。

 黒はきつすぎる、かと言って淡い色は論外。悲劇のヒロインだから、深緑にするか。

 俺は姫様のトランクの中から、深緑色のワンピースを探し出し、ワンピースに似合う靴と小物もチョイスする。

 それらを姫様に渡したら退出だ。着替えのお手伝いはしない。俺はあくまで「侍女スキル」と持つ男であって、侍女ではないからだ。


 しばらくすると「いいわよー」と姫様が声を掛ける。

「どう? 可愛い?」と、いつも通りの姫様は俺に問いかける。

 俺が「いいすっよ!」といえば、朝のお支度は終了だ。


 姫様はその後、いつもリディ様に最終確認をしてもらう。

 リディ様が「まあまあね」といえば合格だ。リディ様の「まあまあね」は「とっても可愛い」と同意義語だ。

 リディ様のお墨付きを頂いてから姫様は、やっとアレク様に姿を見せる。


 姫様の次はリディ様の番だ。

 リディ様は姫様と違って、髪を下ろすか、アップにするかの指示しかしないので、とてもやりやすい。

 服はリディ様が自分で選ぶので、その辺りも姫様よりはお世話が楽なのである。


 お嬢様方のお支度が済んだら、宿屋の台所を借りて、朝食の準備だ。

 仮にも王女殿下が口に運ぶものだ。毒などあってはならないため、食事は全て俺が準備する。

 完璧な栄養バランスの食事をお出しするようにと、侍女頭から口すっぱく言われているため、手抜きもできない。


 主菜に副菜にスープにデザートまで、完璧に用意する。俺はいつでも嫁にいける自信がある。

 食堂では、姫様が今か今かと食事を待っている。

 姫様が美少女であることは間違いないが、俺には待てをしている犬にしか見えない。いつか伏せも見てみたいものだ。


「はい! 召し上がれ! 今日は姫様の好きな卵のサンドイッチですよ」

「ありがとう! カイン」と、姫様はこの世の至福だと言わんばかりにご飯を食べる。

「美味しい! カインのサンドイッチは世界一よ」と、姫様は何事にも大げさだ。

「確かにカインの用意してくれる食事は、いつも美味しい。ありがとう、カイン」


 やだっ! イケメンの上に、この気の利いたお言葉! 

 俺の胸は不覚にもキュンキュンしてしまったが、隣のバカ姫様もキュンキュンしているようだ。目がハートになっている。


「わ、わたくしもご飯をつくろうかしら?」

「お断りします」

「お断りよ」と、リディ様とセリフが被った。

 アレク様は「ローラ様が手をケガでもされましたら、国王様に顔向けできません」などと真顔で言っている。 

 イケメンの上に、真面目な天然タラシの最強男。それがアレクシス・オーウェインだ。

 うん、これで姫様は絶好調で魔王を殺るだろう! グッショブ、アレク様!


 こんな風にいつも通りの朝を過ごし、宿を出た俺たちは、とうとう魔王の洞窟に着いた。

 姫様がチラッと視線を俺に向けた。俺が頷くと、姫様は結界を張った。

 結界により、力を封じ込められたアレク様とリディ様は、慌てて姫様の方を向いた。


「結界っ⁈ ローラ? どうしてっ⁈」

「ローラ様? 何をしているんですかっ⁈ 結界を解いてください!」


 姫様はそんな二人には答えなかった。

 でも、心の中では『ごめんね』と言っていたに違いない。我らがお姫様は、おバカではあるが、心根は優しい女の子だ。

「カイン、お願いね」と言われると、俺は左手にはめていた魔力封じの腕輪を外し、隠し持っていた小さな杖を取り出した。


「うまくいくかな…」と言いながら、俺は詠唱を始める。

「カイン? なぜ詠唱を? あなたは魔法が使えないはずよ…」とリディ様が青ざめる。

「その詠唱はまさか⁈ カイン! やめろっ!」とアレク様が叫ぶ。

 アレク様は結界を破らんと、魔力を剣に込める。

 姫様は杖を振りかざしながら、さらに魔力を結界に注ぎ、アレク様の力を封じ込めた。


「カインっ! 早くして! 詠唱なんてすっ飛ばすのよ!」と、相変わらず姫様は無理難題を俺に言う。


 淡く青い光がアレク様、リディ様、俺の三人を包み始めた。

 二人が予想した通り、俺が唱えたのは転移魔法だ。姫様は一人で魔王と対決するべく、俺に転移魔法を伝授した。


 姫様の今日のリクエスト『ヒーローとヒロインが引き裂かれてしまう』は、正しくない。


 正しくは、『ヒロインはみずからヒーローと引き裂かれる』だ。


「姫様、頑張って!」と、俺は姫様にガッツポーズを送った。

「ローラ! 許さないわよ! 後でお仕置きよーーーー!」

 リディ様のお仕置き⁈ ちょっと興奮してしまう。


「ローラ様! やめて下さい! お願いです! ローラ様ーーーー!」


 リディ様の怒号と、アレク様の悲痛な叫びと共に、俺達はリシュタイン城に転移した。

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