名もなき精霊の導き

株主解除

プロローグ

 この極東の地では、天から地への贈り物とうたわれる「精霊の祭り」が自由気ままに開かれています。


 天は、気まぐれな方々ばかりですので、いつ、どこで行われるのか、誰にもわかりません。よって、この催し物に参加するには、日時と場所を知る必要があります。まずは、それらを自力で探り当てる洞察力が必要です。


 うまく参加できたなら、すぐに自分の「虎の子」を天に捧げます。すると、その大きさに応じた「儲け」が目の前に迫ってきます。


 しかし、天の方々はいじわるです。自ら、その儲けを取りにいく姿勢を問います。それは……、自分の強い意志で「ありがとうございます」と宣言し、祭りの舞台から降りて、はじめて、その儲けが懐に転がり込みます。このように確定した儲けは、「爆益」と呼ばれています。それが……、僅かなものであっても、です。


 おや? 宣言して降りるだけで儲けをくださるなら、簡単だと思われるでしょう。しかし、待てば待つほど「儲けが大きくなる」としたら……、いかがなさいますか?


 ひたすらに待ちますか? それとも、欲を出さずに腹三分目あたりで降りますか?


 待ちたい気持ちは、よくわかります。でも、……おのれの欲に負けると、大きく膨らんでいた儲けが瞬く間に消え、なんと、捧げていた虎の子を、息つく間もなく天が壊し始めるのです。


 これが「大損」と呼ばれ、儲けるどころか、元手までも失います。そして、祭りのあとは……、喜びのあまり舞い上がる方なんてごくわずかで、悔しさを噛みしめた叫び声と、落胆の溜め息で埋め尽くされます。なぜなら、簡単には降ろしてもらえない、天の方々が好むような常識から外れた罠がいくつも仕掛けられているからです。例えば、「売りあおり」「天の助け」「買いあおり」「それは秘密」「精霊の空売り」「もうちょっと」などが挙げられます。


 ――前置きが長くなりました。わたくし、このような祭りを含む、地を監視する立場となり、どうにかしたいと策は練っているのですが、多くの厚い壁にはばまれ、頭を悩ます日々でございます。ただただ、地をひたすら眺めるだけの日もあります。今ではすっかり慣れてしまい、わずかでも地を見回すだけで……、そうですね、「祭りのあと」がわかるほどです。早速ですが、探してみます。


 ……はい、みつかりました。心の声に、耳を傾けてみましょうか。


 「インした瞬間、飛び跳ねたぜ。すぐに全枚数を投げ売って、ごちそうさま!」


 うまい方ですね。すがすがしい爆益です。普通の「ヒト」は、飛び跳ねると欲が出て、勝てる根拠がない勝負をしてしまい、急落に巻き込まれ、そのまま奈落の底へ……が、多いためです。


 「さっさと、飛び付けば良かった……。下で待ってたら、ぎりぎりで刺さらなかった。そんで、それからぶっ飛びやがった! くそっ! くそがっ!」


 これは、儲けそこなっただけ、ですね。別に、損はしておりませんので……、ね?


 「うわぁ……! 結局、大損だよ……。なんでだよ、前場までは絶好調で『儲け』たっぷりだったに、終わってみたら『大損』……」


 この方は……、大損ですか。目の前に迫ってきた儲けを、自分のものと勘違いされたようです。このように、まだ確定してしない儲けのことを「含み益」と呼びます。しっかり、祭りの舞台から降りると宣言して、含み益を爆益に変えないと、いつまでたっても大損の呪縛からは逃れられません。


 ……おや? この方、まだ、続きがあるようです。


「こんなのが続くようでは、命がけで稼いで貯めた種銭をすべて奪われ、また……思い出したくもない、『精霊』にすべてを捧げるおぞましい生活に戻るのか。何年も休みなく血を吐くまで尽くしても、一切、報われない生活。少しでも働きぶりが悪いと、存在自体が不必要な『ヒト』なんかにカネを恵んでやっているのだから、忠誠心がなく、不満があるなら、すぐにでもここから消えなさい! か。なんか……、涙が出てきたよ……」


 この方の境遇や不満……、いつから、ここの中枢の歯車が狂ってしまったのか。


「俺って、何のために生まれてきたんだろう……。やっぱり、あいつらが言っていた『ただの標本』なのかな。……なんかモヤモヤする」


 標本とは……、ひどい扱いでしたね。このような揶揄から推察すると、あくどい精霊に引っかかったのかな。ささいな事で、まるで悪魔が憑依したかのように豹変する精霊には注意が必要です。そもそも、この祭り……相場の世界と同様に、自分の足を使ってしっかり探せば、良心をもつ精霊がたくさんおられることに、気が付くと思いますよ。しかし、このような災いというべき精霊を、天が大いに持ち上げて偶像化し、このような方が、自ら進んで地獄に飛び込むように仕向けられている、としか思えません。


 ……、まだ続きがありますね。


「寝る時くらいは、何もかもを忘れて遊び尽くす夢をみたい。でも、こちらはこちらで……。おかしな『別世界』に引き込まれて、ああだこうだを、眺めることに……。いよいよ、壊れ始めたのか、俺?」


 ――えっ、別世界? この大損の方、もしかして……。あっ、私事ですみません。


 さすがに……、策は練っていると言っておきながら、あの祭りや、このような状況を、ただただ眺めて黙っているだけの腰抜けでは、断じてございません。このような「不思議な夢」に悩まされる方を探し出して、適切な指示を出せと、わたくしが天で唯一、厚い信頼を寄せるフィーナ様に強く命じられておりますので、すぐにでも報告に参りたいと存じます……。


 はやる気持ちを抑え、胸をはずませながら、フィーナ様のもとに向かう途中……。


 ……ん? 最近になって入ることが許された資料室から、がさつな物音がします。そこには、古代に関する書物が所狭しと整頓されています。早急な報告も大切なのですが、整頓されていたものが荒らされているとなっては、黙ってはいられない性分です。注意しようと、おそるおそる扉を開けて、中をのぞいてみると……。


「え……? あっ! フィーナ様?」

「はい? だ、誰かと思えば……『イナゴ』さん? ……もしやその顔、夢の方、見つかりましたか?」


 わたくしが、地で、手当たり次第に祭りへ飛び付いて頑張っていたころ、偶然にも、地で錬金状況の調査中だったフィーナ様に声をかけられ、こちらにお招きいただきました。そして、その時にくださった名が……、イナゴです。当然、反論の余地すらありません。「今日からイナゴね」の一言で決まりました。まあ、今となっては慣れてしまい、逆に、愛着さえあります。


「あっ……、驚かせて申し訳ございません。夢の方、発見しましたよ!」

「そうですか、さすがです。わたしは、そんな予感が頭をよぎり、やっとのことで解放された、ここにある古代の資料を読み漁って、知識を束ねていました。これから、正念場を迎えるのは間違いありませんから。そうですね……、ざっと目を通したところ、華やかだった古代は、ある程度はガバナンスが根づいていて、そこそこの相場が存在していました。それに比べ今は……、ガバナンスが完全に消えた、精霊の時代ですね」

「せ、精霊ですか……」

「そうです。そこで、協力をお願いしたいです!」


 フィーナ様が、背伸びをして棚の上にある明かりを何とか手に取り、青色に染まる瞳を輝かせ、腰下まで伸びた、光の当たる場所次第で銀色に染まる長い髪を左右に揺らしながら、それをわたくしに手渡してくださいました。


「協力ですか……。この明かりに、その秘密があるのですね?」

「え……? それはただの明かりですけど……」


 フィーナ様はそうつぶやくと、突然、近くにある壁を指先でトントンと叩きます。それから、少し言いにくそうに話し始めました。


「実は、この壁に隠し扉があってね、隠し部屋に通じているみたいなの。真っ暗なのは明らかだから、それで……、明かりの確保をお願いしますね」

「えっ、あっ……、了解です」


 なるほどね。長年放置された隠し部屋って、状況から、そこにも大量な書物があるとみて、間違いないですね。そして、荒れ放題です。そんなもんですよね。すなわち、「きつい雑用のお願い」です。遠回しに命令する悪い癖が、フィーナ様にはありますので、こうなります……。こちらも、もう慣れています。


「では、向かいましょう!」

「いえ、『隠し部屋の整理整頓』の前に……、書物を棚に戻すときには、順番をお守りいただかないと……」


 今ここで目を通されていた書物は、一応、棚には戻してあるようですが……。


「イナゴさん? 整頓というのは、本来、番号通りに並べるという意味ではないのです。なぜなら…………」


――整頓に対する長い愚痴を聞かされた後、いよいよ、きつい雑用が待っている隠し部屋へ向かうことになりました。

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