番外編1『末永く爆発しろ』

「え、お前と小林さんが付き合ってないって、冗談じゃなかったの?」


 同じようなことを言われるのは、今日だけでもう何度目になるだろうか。


「付き合ってなかったし、付き合いはじめたのは昨日だし、今日の放課後デートが正真正銘初デートだ」


 内心ちょっとだけうんざりしながらこれももはや何度目かわからないくらい繰り返した告げたその事実をあらためて言葉にしたが、目の前の友人はなぜか信じてくれないようだ。

 やつは言葉もなく、混乱と困惑をありありと顔に浮かべて俺の顔をガン見している。


 昨日の日曜日に小林さんと付き合いはじめついでに久遠くおん桐聖きりせさんからクオンをひっぺがして、今日は月曜日。

 小林さんも俺も友人たちに“付き合い始めた”と報告をしては、そのたびに今まで付き合っていなかったという事実の方を嘘扱いされ続けている。

 俺も先ほど今日は部活が休みだという同じクラスで野球部でいっしょだった友人に、暇ならこれからいっしょに遊びに行かないかと誘われ、“いや付き合い始めたばっかのカノジョを待ってるだけで暇じゃない”と断ったところ、今現在訝しげな視線にさらされているというわけだ。


「いや、そんな目で見ても、事実だから。そんなわけで、今日は小林さんと2人で帰るから」

 あらためて俺が事実を告げると、ようやくやつは動き出す。

「いやそれはわかったよ。わかったけど。むしろもはやお前と遊べないのはどうでもいい。けど!

 今日が初デートってのはさすがに嘘だろ!!」

 くわっと目を見開きながら叫ばれたあまりの勢いにひき気味の俺は、友人から目を逸らしながら口を開く。


「や、まあ、たしかに小林さんと2人だけで出かけたのは何回かあったし、デートっていってもいいんだろうなとは思うけど。

 でも付き合ってからは、間違いなく初、だから、うん」

「嘘つけ!俺ら2年5組一同はむしろ“遠藤小林カップルには倦怠期ってやつはないのかね?”って疑問に思ってたんだが!?」

「え。なにそれ?」


 なおもハイテンションに反論を叩きつけてきた友人の言葉に思わず首を傾げると、カチンときたらしいやつは非常にガラの悪げな怒りの表情で俺との距離を詰めてきた。

 やめろ近い。


「お前らどこからどうみたってバカップルだろうが!

 登下校授業中昼休み放課後とずーーーーっと当然みたいな顔でべったりくっついて行動してただろ!?

 お前らの会話とかお互いにだけ通じる熟練夫婦感すら出てて、まわり置いてきぼりでぽかんなときちょいちょいあるからな!?

 お前らが付き合ってなかったらむしろこの世界の男女交際の定義が揺らぐんだが!?」

 友人のあまりの勢いと声の大きさに俺は両手を上げて降参の意を示した。


「いや、そんなこといったってそもそもクラスメイトで部活もいっしょだし……。

 あと俺はずっと勝手に好きだったし、その、つまり俺が小林さんに付きまとっていたっていうか……」

 俺のしどろもどろな言い訳を聞いた友人はすーっと怒りを沈めると、今度は一転真顔になって口を開く。

「……お前それストーカーじゃん。やべえ」

 急激に俺と距離を置きたくなったらしい友人は、一歩二歩と後ろに下がった。


「うーん、ストーカーなのは私の方かなー」

 やつの背後から、そんな世界一かわいい声がきこえてきた。

「お。おかえりー」

 俺が友人を雑におしのけながらそう声をかけると、世界一かわいい小林さんは、嬉しげにこちらに駆け寄ってきた。

「ただいまー。お待たせ!」

 ようやく日直の仕事を終えてきたらしい彼女は元気いっぱいそういった。

 よし、帰ろう。


「え、こ、小林さんが、ストーカー……?」

 先ほどまで俺と会話をしていた友人は、俺にどかされた中途半端な姿勢のままそう尋ねた。

「うん。クラスいっしょなのはただのラッキーだけど、片思い相手だった遠藤くんを放送部に勧誘したのは私だし。なにげに私の方が先に好きになってたし?」

「いやでも俺の方があからさまに好き好きだし。放送部員どもはみんな俺の片思いだと思ってたし」

 小林さんの言葉に俺が思わず口をはさむと、彼女は頬に手をあて、困ったような表情で首をかしげる。


「そこがよくわからんのだよなぁ。

 私ぶちょーにだけは“私は遠藤くんのことが好きだし狙ってるから盗らないでくださいね!”って言ってたのに」

 小林さんは現在放送部部長だが、彼女が【ぶちょー】と呼ぶのは先代のことだ。

 マジかよ先代部長あいつ

「じゃああいつだけは俺らが両思いだって知ってたのに俺の妨害してたってことじゃん、性格わっる」

 思わずぽつりと漏らした俺の耳に、地獄のように低い、泥のようによどんだ声が届く。

「きっと、間に入ってるとあまりにアホらしくて思わず邪魔したくなってくるんだよ……。

 ……今の俺みたいに」


「あ」

 俺と小林さんがまったく同時にその一音を口に出すと、やつはまたしてもくわっと目を見開き、手をわなわなとさせている。

「だよな忘れてたよなぁ!?2人の世界つくってくれてたよなぁ!?」

「あははー。ごめーん」

 友人の激昂を軽く笑い飛ばした小林さんの笑顔を直視したやつは、ぐわあと目を抑えながら天を仰いだ。


「はーくっそ、末永く爆発しとけ!遠藤ハゲろ!!」

「うっせー丸刈り!」

 捨て台詞を吐きながら去っていく野球部員で丸坊主な友人の背中にそう叫ぶと、やつは中指を立てて駆けていった。

 つくづくガラが悪い。大丈夫か野球部。


「もし将来的にそうなっても遠藤くんは頭のかたちがいいから安心だねー」

 よくわからないことをいいながらニコニコと笑う彼女と、そんな頭髪事情を気にしなければならない年齢までいっしょにいられるといいなと、ふと思う。

 それと同時に、父は額からきているから、俺も自分のデコはよく見ておこう、もし万が一があったら潔く剃ろうと、そんなどうでもいい決意を固めた。

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