第35話やりすぎくらいが、ちょうどいい!
感謝祭を一週間後に控えた今日、学園内に残る人もまばらになった放課後の遅い時間。
私は神託を授けられたものとして、リーゼロッテとともに彼女の父であるリーフェンシュタール侯爵、いやこの場合は将軍としての立場か、リーフェンシュタール将軍と警備の段取りを学園の裏庭で行っている。
「まず確認ですが、【古の魔女】が出現するのは確実にここ、裏庭なのですね?」
『間違いありません。裏庭、というかこの地下に古の魔女を封印した遺跡があるはずですから』
将軍の声にこたえるコバヤシ様お声が降り注いだ。しかし神々のお言葉は2人にはきこえていないので、私から伝えることにする。
「神託によると、まさにここの地下に古の魔女を封じた遺跡が眠っているそうだ。位置としては間違いない」
「であればここは広さもありますし、騎士団はすべてこちらにまわして……」
「いえ、魔女がどこかに逃走する可能性や人質をとろうとする可能性も考えられます。学園の生徒教職員を警護するものも必要では?」
「ここの教師陣は戦力とみなして大丈夫な方が多いし、常日頃から学園の警備に当たってくれている者たちもいる。それほどの数は必要ないと思うが……」
将軍、リーゼロッテ、私の話し合いはそのまましばらく続いた。
その結果、神々がいうところの攻略キャラクターであるアルトゥル、バルドゥール、ファビアン、私。ヒロインであるフィーネと悪役令嬢であるリーゼロッテ。それら神々が【ゲーム】で古の魔女を打ち倒したときに活躍したというメンバーと将軍、それから騎士団から特に選ばれた12名の精鋭が裏庭に配置されることになった。
『なあ、これ、若干オーバーキルじゃね……?そもそもフィーネがソロクリアもできる強さじゃん……?』
配置がだいたい定まってきたころ、ふいにエンドー様が不安げな声音でそうおっしゃった。
『やりすぎくらいが、ちょうどいい!
古の魔女は人の絶望と魂を糧にどんどんその力を増していくんだから、初手で最大戦力をぶつけて完膚なきまでに叩き潰すのが正しい対処法!……たぶん。
それにほら、ソロクリアはリゼたんの肉体を奪われてのち、だし、楽勝とはいかなくてバルも殺されちゃうし。全員生存するためには、これは、必要な戦力!……たぶん』
コバヤシ様はエンドー様にそうおこたえになったが、『たぶん』のお声は非常に小さなものだった。小さいだけにそれは女神の自信のなさを如実にあらわしている気がする。
『もはや弱いものいじめ感すらあるけどな……?』
『い、いやレオン先生は結局諦めたんだし!
……それに、なにより、先にリゼたん虐めたのはむこうなんだし?うちのかわいいリゼたんに、未来の王妃に手を出した時点で、魔女はこの国を敵に回したも同然なんだよ!そう、そういうこと!』
それはそうだな。
コバヤシ様のお言葉に深い同意を覚えた私はうなずいた。
ふいに、意外な人物の名がリーフェンシュタール親子の口にのぼっていることに気がついた私は、聞き流していた親子の会話に割って入る。
「え?ツェツィーリエ・リーフェンシュタール嬢も、当日裏庭に来るのか?」
聞き間違いかと思った私がそう尋ねると、2人はそろってうなずいた。
「はい、ツェツィーリエは先日、騎士採用試験を力技でクリアしました。
まだバルドゥールと同じ見習いの立場ではありますが、彼女も騎士団員として、当日ファビアンくんの護衛にあたります」
リーゼロッテが淡々とこたえたその内容に、私は大いに困惑した。
力技ということは、正規の採用試験ではなく、正騎士団員5名と試合をしてその半数以上に勝利をし、国王がその人品などに問題なしと判断すれば騎士団の見習いとして採用できるという制度を利用したということだろう。
「リーフェンシュタール家の末娘、まだ10歳になったばかりのツェツィーリエ嬢を採用するなど、うちの父はいったいなにを考えているんだ……」
『っつーか精鋭12名に入っていることも驚異』
『リゼパパは先ほど“肉体的にはもちろんのこと、精神的にも強いものだけを選択して12名”と言っていました。
もうすぐ12歳児のファビアンきゅんをひっぱりだした私が言えたことではありませんが、10歳児がそれほどに強いものとも思えないのですが。特に精神面』
頭を抱えた私の耳に、そんなエンドー様とコバヤシ様のお言葉が届いた。
「いえ、うちの娘がわがままを通したのです。申し訳ありません。
ただあの子はファビアンくんの隣に立つことで生命の危険にさらされることを、むしろそれだけの強者と戦えると喜ぶほどの戦闘狂ですので。
強さに関しては私どもが保障しますし、いざ死んでも自己責任だとは日ごろからよく言い含めておりますから」
私が神々のお声に不安を煽られているところに、そんな将軍の言葉が冷たく響いた。
「そんな……。ええと、彼の婚約者はツェツィーリエ嬢に決定したのか?」
愛する婚約者のために死地に赴くということだろうかと考えた私がそう尋ねると、リーゼロッテがうなずいた。
「ほぼ決定、ですね。ファビアンくんはまだ戸惑っている様子ですが、ツェツィーリエは、なんというか、野心家なので。
どうやら以前から“世界で一番強い旦那様がほしい”と望んでいたようで、もう、彼女がはなさないと思います。
今回のことはもちろん、“ファビアンのことはわたしが一生守るし絶対に結婚する。それができないようなら死ぬ”と、強く、……正直、あの子にあれほどの情熱があるとは私たちも想像もしていなかったほどに強く、決意しております」
リーゼロッテの言葉に、10歳の少女の情熱に私が言葉を失っていると、彼女たちの父である将軍が、つかれきったようなため息とともに、口を開く。
「子どもがいつまでもおさないと思っているのは、大人だけなんですよ。
うまれてすぐなんてあんなにか弱くて、かわいくて、その記憶のある親はずっと守ってやりたいと思うけれども、いつしか私たちの手は振り払われてしまう……。寂しいですが、仕方のないことですね。
また、真ん中の双子はまだ気ままに遊んでいるというのに、その下のツェツィーリエは逆にはやく認められたいという思いが強いようで。
……まあ、うちの人間が思い込んだら
『たしかにリゼたんを筆頭にリーフェンシュタールの人間は総じて情熱的というか愛が重い気がしますね』
そんなコバヤシ様のお声と、将軍のもの言いたげな視線がちらりとリーゼロッテに向けられたことで、思わず私は笑ってしまった。
「リーゼも、私のことを、一目ぼれから10年強、思い続けてくれたもの、ね?」
「な……!」
私の言葉にリーゼは言葉を失っているが、将軍はうんうんとうなずきながら喋りだす。
「ああ、もうリーゼは殿下を誰かにとられるくらいならばそいつを殺して自分も死ぬくらいのいきおいでしたからな。ツェツィーリエなんてまだかわいいものですよ。
私なんぞはいつうちの娘が
『ゲームだと実際殺そうとしたし、死んだし、悪役令嬢もやっていた!』
『卑怯な嫌がらせなんかはしませんでしたが妨害と嫌味はなかなかきつかったですね。ゲームだと最終的にライバルの2人はまさに
まあそれもすべて殿下への愛ゆえに、ですけど』
将軍と、実況と、解説と。3者がそれぞれに告げたリーゼロッテの愛情の重たさは、私をいい気分にさせてくれた。
「本当に、こうして思いが通じあって、よかったよ。今まで愛し続けてくれて、ありがとう」
硬直したままのリーゼの手をとり、軽く口付けをしながらそういうと、リーゼは悔しいような、恥ずかしさを堪えているかのような、なんともいえない表情でうめきはじめた。
「ぅ、ぅうー……」
そのままふるふると視線をさまよわせていた彼女は、やがてきりりと、厳しいまなざしを私にむけた。
「……殿下!!」
怒ったような声音で呼ばれた私が、さすがに父親の前だというのにからかいすぎたかと反省しながらふわりと笑みを浮かべると、リーゼはいきおいのままに言葉を続ける。
「今まで、だの、“思い続けてくれ
……あまり、私の思いを、あなどらないでくださいませ!?
たとえこの先あなた様が心変わりするおつもりだとしても、私は、生涯殿下を愛しぬきます!どんな謀略をつくしてでも、なんなら実力行使を用いてでも!殿下の第一の夫人の地位は絶対に譲りませんから!!」
『リーゼロッテ、見事なツンギレだ!』
『実力行使といってもリーゼロッテは性根が優しいですし、ゲームでも魔女に完全にのっとられるまでは一切の暴力は行使しませんでした。せいぜい正面からの決闘程度でしょうね』
ああ、もう、だめだ。
「……な!?あの、なに、やめ!?」
あまりに愛らしいリーゼロッテの言葉と、実況と、解説と。
そのすべてにやられた私がただリーゼを強く抱きしめると、リーゼが困惑したような声をあげている。
「いくら人目のない裏庭とはいえ、しょ、将軍がおりますのよ!?冷静におなりになって!?」
声音はきついが、一切抵抗しないままのそんなリーゼの言葉に、かえって離れがたさを覚えている私の耳に、はきはきとした将軍の言葉が届く。
「殿下、これにて御前、下がらせていただきます。
私はこのまま警備室にむかいまして、残りの騎士団員の配置位置について現場責任者と打ち合わせをして参りますので!」
その言葉を意外に感じた私が目線だけあげて将軍を見ると、彼は早くも去っていこうとこちらに背中を向けていた。
「あれ、父親として止めなくていいのかい?」
私が思わずそう尋ねると、彼は早足にこの場をあとにしながら顔だけを私に向けてこう言った。
「お2人が仲睦まじいことはこの国にとって、よきことですから!それに、リーゼが5歳のときより諦めております!」
ああ、そういえばかなり前に将軍が
そしてその場にいた全員に“娘なんてそんなものだ、諦めろ”と、“それを乗り越えた先の孫はびっくりするくらいかわいいから”と言い含められ、納得していた。
「で、殿下……!暑い、暑いです!!」
私たちの仲睦まじさの先にあるものに思いをはせてぼーっとしていた私の腕の中で、どうやら恥ずかしさが閾値をこえたらしいリーゼがもぞもぞと身じろぎしながらそう叫んだ。
「ジーク」
ただでははなしてあげないとばかりに私が短くそういうと、リーゼはぴたりと動きを止める。
「ね、リーゼ、せめて人前でないときくらい、というか人前でも、私のことをジークと呼んでほしいのだけれども」
もう何度目かになる懇願を、ゆっくりと口にする。常々敬語も不要と言っているのに、私の婚約者殿は、いつまでも恥ずかしがって拒否をしているのだ。
まあたまに恥ずかしさのあまりツンギレるのもかわいいけれど、2人きりのときくらいは、もっと素直に甘えてほしい。
「……恥ずかしいから、心臓がおかしくなりそうだから、どうか、その手をはなして……、……ジーク」
初めての名前呼び。初めての対等な立場からの言葉。
そんな言葉をリーゼロッテからもらった私は、彼女の首元に埋めていた顔をおこして、ゆっくり、ゆっくりと、腕をゆるめていく。
あからさまにほっとした表情のリーゼロッテが、それでもすこし寂しげな表情でもある気がして。2人の間にできた隙間が、妙に寒い気がして。思わず。
ちゅっ
離れる直前少しだけ軌道を変えて、軽く、掠めるだけの、キスをした。
「~~~~~~……っ!ジークッ!!」
人間はここまで赤くなれるのかと関心するほどに真っ赤になりながら、涙目で私をにらみつけながらそう叫んだリーゼがかわいくて、おもしろくて、しかたがない。
くつくつと笑いながら両手を上に掲げて降参の意を示す私を悔しそうに見上げる、愛しい人。私の、最愛の人。
このかわいい人に、『うちのかわいいリゼたん』に手を出した時点で、魔女はこの国を敵に回したも同然。やはり、
やり過ぎくらいが、ちょうどいい。全力で殺す。
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