第31話いっしょだ
「
『おめでとう!
リーゼロッテは ツンデレから ツンギレに しんかした!』
『進化というか退化というか斜め上というか……。
その、どうも古の魔女の精神攻撃がなんか変な感じにきいてしまったみたいでして……。まあ、リゼたんがなんだかぶちギレているのは事実です』
おどけたような響きのエンドー様のお言葉と、戸惑ったような響きのコバヤシ様のお言葉をきいてもなお、意味がわからなかった。
おかしい。
昨日、まさに今リーゼロッテが座っているのと同じソファーに座っていたフィーネと、その後ろに控えるように立っていたバルドゥールとともに、リーゼロッテがあまりにも逃げるということについて悩んでいたはずなのに。そしてどうにか追いかけて追い詰めようという決意をかためたはずなのに。
なぜ、今、むしろリーゼロッテの方から私を口説くかのような言葉を投げかけられているのだろうか。
「あり、がとう……?」
私がわけがわからないながらもなんとなく感謝の言葉を口にすると、リーゼロッテはきりりと満足げな表情でうなずいた。
「ええ、私は、あの程度のものには、負けません。いえ、私があなた様を思う気持ちは、どんなものにも、負けません。
昨夜気がついたのですが、どうやら強い気持ちを持てばアレとは対話が可能なようなので、いかに私が殿下のことをお慕いしているか、いかにあなた様がすばらしいか、一晩でも二晩でも……永遠にでも、アレが理解できるまで、語ってやることに決めました」
怒りの色をその瞳にたたえ、非常に強気にそう断言したリーゼロッテは、そこで、ふっとため息を吐くと、すっきりとしたような笑顔で微笑んだ。
「私は、ジークヴァルト殿下のことを思うと、あたたかい気持ちで、しあわせな気分で、いられるんです。あなた様の隣にいるためならば、どんなことだって、できるんです。
お礼を申し上げなくてはいけないのは、私の方ですわ」
その笑顔にみほれてなにもいえないまま彼女の言葉を間の抜けた表情で聞いている私にむかって、彼女は言葉を続ける。
「ですから、私は大丈夫です。あなた様への愛ゆえに、私は大丈夫です。
ここ数日、フィーネにもバルにも心配をかけてしまったようですが、私はもう、魔女のことなど、こわくありません。
……殿下も、それであれほど私のことを気にかけていてくださったんでしょう?」
『んんん、なんだか雲行きがあやしいぞ……!』
『リーゼロッテの中でジークが美化されすぎているせいで、ここ数日の言動もなにか深い意図があってのものと思われているようですね。
実際のところは弟のようなものとしか認識されていないファビアンきゅんにすら嫉妬をかましてみっともなくあがいていただけなのに。
ジークは普段がかっこつけすぎなんですよ』
呆れたように告げられたコバヤシ様の解説こそが真実であるというのに、女神の声など聞こえていないリーゼロッテは悲しげな、寂しげな、切なげな、痛みを受け入れているかのような、“すべてわかっています”といわんばかりの弱弱しい笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「もう、そこまでご心配していただかなくて、けっこうです。
あなた様は、ただそこに、あなた様として存在していてくだされば、それで私には十分ですから。
それだけで私は勝手にあなたのことを愛して、勝手にそれを支えにして、生きていきます。生きていけます」
そこで言葉を切ったリーゼロッテは、長い、長いため息を吐いている。
誤解を解かなければと思ってはいたのに、ストレートに愛情を示してくれる彼女の言葉が嬉しくて、ここまで口をはさまずにきいていた卑劣な私なんかのことを、どうして彼女はここまで評価してくれているのだろう。
いや、この機会を逃したら彼女が素直に自分の心情を言葉にしてくれることなどきっともうないだろうという私の直感もそう間違ってはいないだろうとは思うが。
先ほどから彼女は彼女の私に対する恋情を当然私も知っているものとして会話をしているが、実況と解説の神々がいなければ私はそんなこと、思いも寄らなかっただろう。
彼女が今にも泣き出しそうな顔で、口を開こうとする。
「リーゼロッテ」
それをさえぎるように彼女の名前を呼んだ私を、彼女は不思議そうに見上げた。
「君はさ、私のことを、買いかぶりすぎなんだよ」
そういいながら、私は彼女の座るソファーへと歩みを進め、そのまま彼女の右隣に座り込んだ。
「殿下……?な、なにを……!?」
反射的に距離をとろうとするリーゼロッテの背中に腕を回し、その動きを封じるように抱きしめ、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「ねぇ、リーゼロッテ。私も、君のことを、愛しいと思っているんだ」
「お
悲しいくらいに、信じてもらえていない。
私の腕の中で暴れながらそう叫んだリーゼロッテをいっそう強く抱きしめながら、言葉を続ける。
「リーゼロッテ、……リーゼ」
私が彼女のことを愛称で呼ぶと、彼女の動きがぴたりと止まった。
「私はね、君のことをずっとリーゼと呼びたかったし、それを許されているバルドゥールのことが、妬ましかった。
それどころかまだほんの子どものファビアン・オルテンブルクですら君にあまりなれなれしくするなと思っているし、君の妹のフィーネ嬢が君にかわいがられていることすらも、正直おもしろくない」
私はリーゼロッテを抱きしめる、というよりはもはや彼女にすがりつくようにしながら、心情を吐露し続ける。
「私の本音は、こんな、みっともないものなんだ。
でも立場もあるし、周囲の人間もうるさいし、本音とか、嫌だという感情とかは、どう、表に出したらいいのかわからなくて……、それで……」
それでも君にだけは、信じてほしい。だなんて、そこまでの弱音をいうのは、さすがにかっこ悪すぎるだろうか。いやでも、
「わ、私だって、フィーネやアルトゥル・リヒターに、……嫉妬、していました」
悩みためらう私の耳に、そんなリーゼロッテの声が届いた。
「あなた様……、というか、すべての人にですが、素直に甘えられるフィーネさんが、羨ましかった。
あなた様と気軽にやりとりができるアルトゥル・リヒターが、妬ましかった」
「……いっしょだ」
私がそうつぶやくと、彼女はそっと、震える両の手を、私の背中に回してきた。
「本当に、殿下も、私と同じ気持ちでいてくださるのですか?
本当に、あなた様も私を愛してくださっていると、うぬぼれて……、いいんですか?」
そういった彼女の声も、弱弱しく私に触れる手も、存外やわらかな体もすべて、震えていた。
私は彼女を抱きしめる腕の力を強めて、口を開く。
「うぬぼれてほしい。信じてほしい。
……愛してる。君が、私の婚約者で、よかった」
私がそう言葉にすると、リーゼロッテが大きく震えた。
「私はあなた様に愛されたいと、そんな夢を、ずっと、ずっと、……あなたに出会ったときから、ずっと、願っていたの、です」
涙に濡れた声で語られた言葉に、ああ、それがいつぞや神々と彼女の父が言及していた【5歳からの夢】というやつかと、思い至る。
そしてやはりリーゼロッテがかわいいやつだった。私の婚約者はどこまでもかわいい。世界一かわいい。
愛おしさが爆発しそうになった私が身を起こそうとすると、リーゼロッテに信じがたいくらいに強い力で後頭部をおさえられ、動きを制された。
「……ど、どうしましょう」
彼女がつぶやいた言葉と意図のわからない動きに、私は首をひねる。
「い、いまさら恥ずかしくなってしまって、顔も見られたくなくて……、この腕を、はなせそうに、ありません」
……きつく抱きしめあっている現状は、恥ずかしくないのだろうか。
そのことを指摘してリーゼロッテの恥ずかしがる顔を拝むか、このままこのやわらかな体温を堪能するか。
悩む私の耳に、どこか遠くで、神々が歓声をあげているのがきこえた。
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