第19話『しあわせになってほしい』
リーゼロッテたちが姉妹の契りをたてる姿を見届けた俺は、そっとゲームをセーブする。
電源をオフするまで、どちらとも無言のまま。やがて小林さんの自宅のリビングに、静寂が降りる。
「……よかった。よがっだねぇ!」
ぼろぼろぼろと、涙も鼻水も垂れ流しながら、小林さんはそう言った。
「よかったなー。そんで小林さんもよくこらえたなー」
俺はそう言いながら、近くにあったティッシュを箱ごと彼女に渡した。
「ありがと!いやもうほんっと、めっちゃこらえたよ!だってあの場面で鼻水すする音とか台無しじゃん!?」
豪快にティッシュを取り出し自分の顔面をぬぐいながら、彼女は言った。
先ほどの姉妹の契りを見ていた小林さんは、フィーネよりも若干早いくらいのタイミングで泣き始めていた。
解説としての使命をまっとうするべく、鼻をすすることは必死に堪えていたし声は平静を装っていたが、顔面はべしょべしょだった。
「しかし、そこまで感激するようなことだった?」
俺の感受性が死んでいるのだろうか。
小林さんに疑問を投げかけると、鼻をかみあらかた顔をきれいに戻した小林さんは、すんすんと鼻をならしながら口を開く。目が赤い。早く冷やした方がいいんじゃないだろうか。
「いや、なんというか、本当に運命が変わった、変えられた、変えられるんだなって、はじめて実感したというか……」
言われてみれば。
元々のゲームでも動かすことができた主要キャラたちの好感度やフィーネの行き先ではなく、大人たちやリーフェンシュタールの次代という大きな部分までも動かせた、というのは、はじめてか。
「それに、リーゼロッテとフィーネがあんな風に笑いあってるとかさ、なんかこう、ぐっときちゃって……」
そういって小林さんは、再びまぶたをティッシュでおさえた。また、涙が溢れてきたらしい。
ゲームでは、2人はライバルキャラ。
逆ハーレムルートを除き、基本的に仲良くはならない2人だ。
それどころか、互いの命を狙い、ときにフィーネが死に、ときにリーゼロッテが死ぬ。相容れない存在とすらいえる。
その2人が、王子様が震えるほどの仲良し姉妹。たしかに、すごいことかも。
「そういえば、ゲームだと、フィーネがリーゼロッテのいとこだってのは、リーゼロッテが死んだあとでしかわかんないんだっけ?」
逆ハーレムルート以外は傍目でみていただけなのでうろ覚えの部分について尋ねると、小林さんは軽くうなずいてくれた。
「唯一リーゼロッテが生きたままの逆ハーレムルートだと魔女を倒したあとに判明するけど……。
今思えばだけど、あれ、
仲間とともに世界を救ったフィーネに感動したマルシュナーが、フィーネの母ともどもマルシュナーに迎え入れるという話が、逆ハーレムルートのエピローグにあった。
【こうして庶民だと思われていた女の子は、みんなから愛されるお姫様になりました】だ。
しかしそれは、マルシュナーの本性がわかった今では、小林さんの言うとおり、完全にしてやられてる。
「
「だね。その
クーデターでも起こすか、国を裏から実質的に支配するか。
小林さんは言葉にこそしなかったが、たぶん俺と同じような考えにいたっているのだろう。表情が険しい。
「やっぱり逆ハーレムはエンディング後どうすんの問題」
「それ」
俺がぽつりと呟いた言葉に、すかさず小林さんが同意。俺たちは真顔でうなずきあった。
やっぱり逆ハーレムというか、浮気は駄目だわ。誰もしあわせになれない。
「で、だからこそさっきのあれがさ!感動もひとしおでしょ!?」
小林さんは得意気な表情でそう尋ねてきた。
「うん。納得したわ」
俺がうなずくと、小林さんは嬉しげに笑う。
神様、なんて、実感はなかったけれども。
たしかに俺はもうあちらの世界の住人たちに愛着を覚えていて、しあわせになってほしいと願っていて、いい方向に導けるものなら導いてやりたいと思っている。
あちらの世界の住人を思い、泣き、笑う小林さんの笑顔を見ていたら、ふとそんなことを考えた。
「……あっちのみんなには、このまま、しあわせになってほしい、な」
ぽつりと思いのままに言葉にすると、小林さんはしんみりとしたような表情になって、やわらかく頷く。
「……ね。本当に、そう思うよ。
ここまでこれてよかったけど、これからも、いっしょにがんばろうね」
そういって小林さんは、その華奢な手を俺に差し出してきた。
握って返して、ああ、夏休みをかけた甲斐があったなと、ふと思う。
「……そうだ!明日はおいわいにお出かけしようよ!」
しんみりとした空気をぱっと切り替えるように、小林さんは笑顔でそう宣言した。
「リーゼロッテとフィーネの姉妹成立記念に、なんか2人で美味しいものでも食べに行こう!ゲームはおやすみにして!」
……それ、デートじゃん。
2人で、外に出かけるって、それ、デートじゃん!?
小林さんの言葉に浮かれて万歳三唱でもしたくなったが、ぐっとこらえて、つとめて、冷静に、クールにと自分に言い聞かせながら、口を開く。
「ああ、たまには出かけるのもいいな。夏休みももう終わるし」
もう夏休みはこの土日で終わる。
小林さんの家に入り浸っていて、ドキドキしたのは最初の数日。
1回くらいは外にもいっしょに出かけたいな、とは、常々思っていた。
ふってわいたような幸運に信じられないような気持ちで、誘いにのった。
「決まりだね!明日は、おでかけ!」
小林さんが重ねた言葉に、内心小躍りしながら、ただ頷く。
「んふふー、……デートだね」
いたずらっ子のような笑顔で、そう言われて、ああ、もう。
ほんと、マジで好き。
そんな頭の悪い感想しか、出てこなかった。語彙力、どこ。
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