ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん

恵ノ島すず

第1話『神の声』がきこえて

『ツンが強い!ツンが強いぞリーゼロッテ!

 これはさすがにやりすぎかっ!?』


『リーゼロッテの今の言葉、単に“私もまぜてー”という意図なのでしょうが、婉曲過ぎる物言いと日頃の尊大すぎる振る舞いとで完全に誤解されてますね。

 これでまた殿下のリーゼロッテに対する好感度が、がくんと下がったと思われます。

 これは由々しき事態です……!』


 緊迫した空気の中庭に、突然奇妙な男女の声が響いた。

 力強い印象の男性の声と、落ち着いた印象の女性の声。

 このときより天から降り始めたこの対照的なようで絶妙に噛み合った2つの声は、後に『実況の遠藤くんと解説の小林さん』としてこの国の歴史書に記される、偉大なる2柱の神々のものであった。



 ――――



「こんなところで、いったい何をなさっているのかしら?」


 ハニーブロンドの髪を縦ロールにまとめた、紫色の瞳の派手な美貌の少女、私の婚約者にしてリーフェンシュタール侯爵令嬢のリーゼロッテが中庭にあらわれてそう言った瞬間、私は“面倒なことになった”と思った。


「あ、あの、その、授業でわからないところが、あって……」

 そう言って今まで膝の上に広げていたノートを恥ずかしげに閉じようとするローズブロンドに空色の瞳の少女、フィーネは、最近できた私の友人だ。

 私と並んでベンチに腰かけていた彼女は、おどおどと震え、立ち上がるべきかどうか考えているようだったので、軽く片手で制す。


「彼女が困っているのを見かけた私が、すこし教えていたんだ。

 リーゼロッテは、なぜここに?」

 フィーネの言葉を補足しながらそう尋ねると、リーゼロッテは私に向かって軽く黙礼をしてから口を開く。

2、中庭にいると、わざわざ親切にも教えてくださった方がおりましたので。

 すこし様子を見に参りましたの」

 とげのある声音と表情で語られたその言葉に、“ああ、やはり面倒なことに”と思いながら、軽く手を振って彼女の礼に答えた。


「君が心配するようなことなど、なにもないよ。

 ここは人目もある中庭で、今だってただ魔法理論学の話をしていただけだ」


「ジークヴァルト殿下にそのつもりがなくとも、そちらの方がどのような心づもりなのか、誰にもわかりませんでしょう?」

 リーゼロッテの言葉と咎めるような視線に、びくりと震えたフィーネが痛ましい。

 たしかに先ほどのリーゼロッテがいった部分だけを切り取れば、誤解を与える状況であったかもしれない。けれど私もフィーネもやましい気持ちは一切ない。普通に考えればとがめられるようなことはしていない。

 ただおそらく私の婚約者であるリーゼロッテに告げ口をした者が、悪意を持って事実を誇張して伝えたのだろう。どうしたものか。


「まあ、これまでまともな教育を受けたことのない庶民が、王立魔導学園ここの講義についていくことは確かに大変でしょうねぇ。

 よろしければ、私からもご教授してさしあげましょうか?

 ……ああ、それともフィーネさんは、見目麗しい殿方からしか、教わりたくないのかしら?」

 私がなんと言ったものか考えあぐねて沈黙しているうちに重ねられたリーゼロッテの暴言に、さすがに諌めようと口を開けた瞬間。


『ツンが強い!ツンが強いぞリーゼロッテ!

 これはさすがにやりすぎかっ!?』


『リーゼロッテの今の言葉、単に“私もまぜてー”という意図なのでしょうが、婉曲過ぎる物言いと日頃の尊大すぎる振る舞いとのせいで完全に誤解されてますね。

 これでまた殿下のリーゼロッテに対する好感度が、がくんと下がったと思われます。

 これは由々しき事態です……!』


 天から、【神の声】が響いた。


『なぜそんなことをするんだリーゼロッテ!

 嫌味など言っても殿下の心が離れるだけだと、なぜ理解できない……っ!』

 口惜しげに続ける男性の声。

 私が思わず辺りを見回しても、その姿はない。

 名指しにされたリーゼロッテも私の傍らのフィーネも声に気づいた様子はなく、リーゼロッテは敵がい心をむき出しにして、フィーネは怯えた様子で、2人は見つめあっている。

『リーゼロッテはツンデレですからね。

 フィーネちゃんの外聞が悪くなることを本気で心配していることも、殿下のことが好きで好きで仕方ないからこんな些細なことにまで嫉妬してしまってることも、素直に言えるわけがないんです』

 冷静な女性の声で語られた内容に、衝撃を受けた。

 す、好き……?誰が誰を……?嫉妬……?ツンデレ……?


「殿下、どうかなさいましたか……?」

 私の様子がおかしいことに気がついたリーゼロッテが、心配そうに私を見つめてそう尋ねた。

「いや、その、今、【神の声】が聞こえて……」

 そう、たぶんこれは、王族にしか聞こえない、【神の声】、というものなのであろう。そう思いながらも私の知識とかけ離れた現状に、弱々しい声音で曖昧にそう答えることしかできなかった。


 私の一族がなぜこの国の王となったかといえば、この能力だ。

 異界に住まうという神々の声を聴くことのできる一族。

 天から降るように響く神の声は、私たちに様々なことを教えてくれる。

 ときに知識を、ときに未来を。

 ただ、神々との交信というのは神々のきまぐれによるところが大きい。

 こちらの祈りにこたえて知恵を与えてくださる場合や、天災などのなにか大きな事件が起こる前にほんの一言二言授けられることが多く、けしてこんな立て板に水のごとき語りを勝手になさるものではないはずだ。

 それも2柱同時にお声をきかせていただけるなどということは、王家の記録に残っている限り、これまでになかった。


「こんなこともご存知ありませんの?」などという嫌みを交えながらも懇切丁寧にフィーネに私と私の祖先の能力や伝説を説明するリーゼロッテをぼんやりと眺めながら、私は静かに混乱する。

 さっきのはおそらく神の声で、それを信じるならば、彼女は私のことが好きらしい。

 確かに、言われてみれば、リーゼロッテはいじっぱりなところが昔からあるが……。


『なぜ突然リーゼロッテによるジークヴァルト殿下語りが始まったんだ!?』


『私にもわかりません。

 殿下に【神の声】が、聞こえた……?

 え、殿下の覚醒はまだだから今は聞けないはずだし、ここはこんなシナリオじゃないし、……隠しルート入った?

 遠藤くん、なんか変なコマンドでもいれた?』

 素に近いとでもいおうか、気取ったところの取れた声音で、女神の声が響く。

 確かに私はまだ成人もしていない未熟者で、神の声が聞こえたことはこれがはじめてだ。

 けれど私にしか聞こえていない様子の、この天より降るような声は【神の声】にちがいないとどこかで確信してもいる。


『いやなんもしてねーよ。

 小林さんの言うとおりフツーにオートプレイで流してるだけ。

 さっき“中庭で勉強しようかな”の選択肢を選んだあとはコントローラーさわってもいないし……』

 同じく気取ったところの取れた声音で、【エンドーくん】と呼ばれた男神が言う。


「あ、あの、エンドー様、と、コバヤシ様と、おっしゃるのでしょうか……?」

 私はベンチから立ち上がり、困惑した様子で話し合う2柱の神に向かって、声をかける。


 天が、しん、と、静まりかえった。


 【神の声】を聴く私に気を使ったのか、リーゼロッテもフィーネも黙ってしまったので、まったくの無音となった空間に、言葉を重ねる。

「突然の呼び掛け、失礼いたしました。

 私はフィッツェンハーゲン国国王が第一子、王太子のジークヴァルトと申します。

 先ほどからお二方は私を殿下とお呼びですが、どうかジークヴァルト、もしくはジークとお呼びください」

 まずは、神に向かって挨拶をし、頭を下げた。

 私につづきリーゼロッテが優雅に、あわてて立ち上がったフィーネがたどたどしく膝を折り頭を下げる。

 王族の私よりも、侯爵令嬢のリーゼロッテよりも、平民のフィーネよりも神々の方が遥かに上位の存在だ。殿下などと呼ばれては決まりが悪い。


「エンドー様が、……その、『ツンが強い!』と叫ばれた瞬間より、私にはお二方の声がきこえております。

 私どもの一族は、異界に住まう神々の声を聴くことができるのです」

 姿は見えないが、なんとなく戸惑っている気配の2柱に向かって言葉を重ねた。

『ああー……、いや、たしかにそんな設定あったけど……。

 え、マジでこっちの声きこえてんの?

 じゃあ……、殿下、いやジーク、もし本当にきこえていたら、リゼたん、いや、リーゼロッテにちゅーのひとつでもしてください!』


 ちゅー……!?


 コバヤシ様の言葉に、再び衝撃を受ける。

 リーゼロッテに、接吻を、しろと言われた……!

 とんでもないことだが、神のご指示だ。王族として、いやこの世界に住まう者として、従わないわけにはいかない。

 それにリーゼロッテは私の婚約者だ。

 接吻くらいはしてもゆるされ……、いや、さすがに人前ではまずいな。

 ああ、いやでも、神の指示で……。


 ぐるぐると考え込みながらも、私はリーゼロッテに向かって歩を進め、そっとその頬に右手で触れた。

「で、殿下……?」

 彼女は戸惑ったように私を見上げ、硬直している。


 神の指示だ。

 いやでもここは中庭で。

 人目も。

 いやでも。

 リーゼロッテの頬はやわらかい。

 白く吸い付くような肌だ。

 唇も桜色でつやつやしていて……。


「な、なにを……っ」


 うろたえた様子のリーゼロッテを無視する形で、口づけた。

 吸い寄せられるように。

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