灯火

7月9日の夜のことだった。あたりにちらつく、小雨というには少しばかり強すぎる雨はまだ耐えきれるくらいで、もっていた傘をささずに少し小走り気味で走る男がいる。濡れそぼったアスファルトにタイヤを擦りつけるときに生じるあの独特な、衣擦れのような音は、まだまだ静けさに覆われるには早いだろう夜の繁華街を演出するには十分すぎるほどだ。汚染された街と汚染された人々はそれでも誇りを失っていないように見える。矜恃という名の言い訳とは人間を最も人間らしくするもので、僕は幼いころ誰よりもお父さんの言い訳が大好きだった。今僕は午前2時の東口を練り歩き道端に転がっている矜持をいっこいっこ拾い集めては、身の丈に合わない矜恃を捨て、またいっこいっこ拾い集めていくルーティン・ワークに勤しんでいる。夜は紅い。鮮血のように舞い上がる体温やひき殺されたネコの死体、LEDに取り替えられてさらに下品になった街のネオンサインにこころ動かされる軟弱な精神は夜が紅いからに違いない。

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