本編

Mission001: 来客

「この先に、“黒騎士”の子息がいらっしゃるのですね」

「はい。道なりに進めば、あと3分で到着するかと」


 走行中の車にいるのは、銀のツインテールを持つ青い瞳の乙女と、初老の男であった。


「楽しみですわ。噂によると、お父様に似て偉丈夫だとか」

「昔から、あの方に惚れていらっしゃいましたからな。アドレーネ様は」

「もう、Mったら!」


 楽しげに談笑する、アドレーネと呼ばれた乙女と、Mと呼ばれた男。

 だが、Mの瞳は唐突に真剣になる。


「さて……。ゲルゼリア王国の再興は、あの方次第ですからな。多少卑怯かもしれませんが、使える手段は全て使って交渉させていただきましょう」

「そうですわね……。ああ、今すぐにでも、成長したお姿を私の目に……ふふっ」


 アドレーネは小声で呟いたMの言葉を聞いてはいたが、相変わらず笑みを浮かべたままであった。


     *


「ふう、これで終わりか!」


 流れる汗を拭いながら、一人の青年がくわを地面に立てた。


「頼むぞ、来年も!」


 自らが耕した畑を見て、青年は笑みを浮かべる。

 その直後、車の走行音が聞こえた。


「誰だ? ちょっと見てくるか……」


 青年は歩いて、車へと向かった。


     *


「どうされましたか……ッ……」


 車に着くや否や、青年は息を呑んだ。

 二人の来客のうち、一人を見て。


「初めまして……いえ、お久しぶりです。ゼルゲイド・アルシアス様。私の名前はアドレーネ。本日はお話ししたい事があり、こちらまで参りました」


 今しがたアドレーネと名乗った少女が、あまりにも可憐で、それでいて美しかったからだ。

 二条に束ねられた銀の髪に、瑠璃の如き瞳。髪と似た純銀のドレス。ゼルゲイドより二回りも小さな身長に、はちきれんばかりの胸。


「私はアドレーネ様の付き添いで参りました。名前は……そうですね、Mエムとでも名乗っておきましょうか」


 もう一人の来客は、初老の男であった。いかにも執事然とした姿に加え、隙の無い姿勢。身長はゼルゲイドと同等か、わずかに低いくらいだ。


 二人の自己紹介を聞いた青年――ゼルゲイドもまた、名乗り返す。


「俺……いえ、私の名前は、ゼルゲイド・アルシアスです。立ち話もなんでしょうから、一度私の家までどうぞ(アドレーネさん……すごいおっぱいだ)」


 そして、アドレーネとMを自身の家に案内した。


     *


「どうぞ。手慰みのコーヒーですが」


 自身の家に入って着替えたゼルゲイドは、アドレーネとMにコーヒーを差し出す。

 まずMが一口飲み、そしてアドレーネも飲んだ。


「これは……なかなかですな」

「美味しいですわ」


 コーヒーの味に、満足げな二人。

 と、耳に心地よい音楽が流れてきた。


「おや、この音楽は……?」

「おっと、私の趣味で聞いているラジオのです。消しますか?」

「いえ、構いません」


 Mがゼルゲイドを止め、音楽が流れ続ける。

 もう一口コーヒーを飲んだMは、ソーサーの上にカップを置くと、「さて」と切り出した。


「そろそろ、本題を申し上げます。ゼルゲイド・アルシアス様」


 敢えてあらたまった口調で切り出したMに、ゼルゲイドは身構える。


「こちらにいらっしゃるアドレーネ様は……実は、今は無き“ゲルゼリア王国”の正当なる後継者なのです」

「ゲルゼリア、王国……。父から何度か、その話を聞きました。最後に聞いた話では、ベルゼード帝国なる国家の台頭と同時に、姿を消したとか……」

「話が早いですね。そう、私達はベルゼード帝国に乗っ取られたゲルゼリア王国を取り戻す為に、動いているのです。そしてその為には、是非貴方のお力をお貸しいただきたいのです」


 Mの目は、来た時とは打って変わって真剣なものであった。


「なるほど……。しかし今の私は、単なる一人の農民にすぎません。仮に引き受けたとしても、全うする自信はありません。断らせては、頂けないでしょうか……」

「ゼルゲイド様」


 アドレーネに名前を呼ばれ、一瞬動きを止めるゼルゲイド。

 彼女の瞳もまた、真剣なものになっていた。


「ぐっ、しかし……」


 ゼルゲイドが言葉に詰まる。

 と、ラジオの音楽が止まった。


『緊急事態につき優先して放送します。先ほど、ベルゼード帝国が我がサロメルデ王国に宣戦を布告しました。繰り返します。先ほど、ベルゼード帝国が我がサロメルデ王国に宣戦を布告しました』


 それを聞いたゼルゲイドは、思わず席を立つ。


「何だと……!? ベルゼード帝国が……!?」


 異変はそれだけではなかった。


『緊急! 正体不明のAdvancerアドヴァンサー、接近中!』

「チクショウ、お客さんがいる時に……! 二人とも、こちらへ!」


 Advancerアドヴァンサーとは、空中での戦闘を前提とした人型機動兵器にして世界の主力兵器である。

 そんなものに襲撃されては、ただの一軒家に過ぎないここは数秒と持たない。


 ゼルゲイドはアドレーネとMを連れて、キッチン奥にある隠し扉へ向かう。

 分厚い金属の扉だが、ゼルゲイドはあっさりとこじ開けた。


「先に入って! ここは危険です!」


 二人を扉の向こうへ行かせ、自身も通ってから扉を閉めた、その直後。




 扉の向こうで、大きな爆音が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る