旅人とロバの話

zizi

第1話

 夏も近くなったある日の午後。

 ひとりの旅人が、大きなオレンジの木の下で庇のある帽子を顔にのせて昼寝をしていた。旅人の周りにはいくつものオレンジの皮と袋が散らばり、それは空腹と喉の渇きを想像させた。

 この旅人は、行く先々で畑仕事や収穫の手伝いをし、その土地に飽きるとまた旅に出るという気楽な生活を送っていて、この前までは山の向こうの村で羊の世話をして暮らしていたのだが、突然旅に出たくなってここまで来たのだ。

 旅に慣れているこの男は、暑い夏の時期は太陽が昇っているうちはあまり歩かないようにし、陽が弱くなりはじめると動き出す、どちらかというと夜行性の旅だった。体力の消耗を防ぐためでもあった。


 気持ちよく眠って、そろそろ目を覚まさないと、と思っていたそのとき、耳のあたりで気にある羽音が聞こえた。顔にのせていたつばの広い帽子を少しずらして音のするほうを見ると、1匹のミツバチが昼寝をしている旅人の頭のあたりをぐるぐると何度も飛び廻っている姿があった。

 旅人は羽音をわずらわしく思い、ミツバチを見つけると手にした帽子でミツバチを追い払おうとした。しかしミツバチも心得たもので、ひらりと帽子をかわして少し離れたところに飛んで行った。

 ミツバチに目を覚まされた旅人はおもむろに腰を上げ、帽子をかぶりなおし、尻についた土を叩き落とすと、杖がわりの棒の先に荷物をくくりつけ、それを肩に背負うとゆっくり歩きはじめた。

 旅人はまだ強い陽ざしの残る山道を黙々と歩いていたとき、これまで気づかなかったのだが、あの嫌な羽音が聞こえた気がした。

 旅人は帽子に手をやりながら見回すと、背中のほうに先ほどのミツバチが飛んでいる姿があった。これまででもみすぼらしい旅人の姿に興味を持った鳥や虫たちが後をついて来たことが何度もあったので、あまり気にすることなく歩きつづけることにした。

 すっかり陽も落ちて、先ほどまでとは打って変わって、山道には綺麗な月明かりが山道を照らし、木立も増えたせいかまわりの空気もひんやりとしてとても気持ちがよかった。

 道に映る木立の影を数えながら歩いていると、突然あたりが暗くなり、かすかに道だとわかるくらいの明るさになってしまった。訝しげな顔で空を見上げると、煌々とした月の姿はなく、墨のような雲が空全体を覆っていた。

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