再会 五
激怒するお義父さんを目前にして、絶体絶命であったニート64。周囲では共和国の侵攻を受けて、戦火が刻一刻と町を蝕んでいる。そんな騒々しい界隈でのこと、路上をこちらに向かい歩いてくるのがドラゴン氏。
周囲の喧騒をものともしない軽い歩みは、余裕に満ち溢れたものだ。
「ところで、これはどうしたことだ? 町がやけに騒がしいが」
「あ、いや、これはそのっ……」
マジで出てきたよ、この人。このドラゴン。
今回ばかりは絶対に無理だって思っていたのに。
っていうか、どうして来ちゃったの。
「ぐ、ぐぬぅっ……」
ドラゴン氏の登場を受けて、お義父さんの勢いが途端に失われた。
手の平の先に浮かんでいた魔法陣も一瞬にして消える。
相変わらず弱気に強く、強気に弱い人物である。ニートと大差ないクズである。思い起こせば、この町を訪れてからクズに出会ってばかりだ。まともな相手というと、元ヒロインくらいしか思いつかない。
「おい、さっさと答えろ」
「す、すんません! それがなんと言いますか、このローブ野郎がいきなり町に攻めて来たんですよ。この町は吾輩がもらった、とかなんとか言い出して! もちろん自分は必死に守ろうとしたんっスけど、力が足りなくて、も、申し訳ないっス!」
「ほぉ……」
ニートの必死な弁明。
ドラゴン氏に睨まれたことで、有る事無い事スラスラと出てきた。
これを受けて、最強ドラゴンの視線がお義父さんにスッと移る。
「なっ、き、貴様っ! 何を言ってっ……」
「この町にはな、私の園芸の先生がいるのだよ。それを巻き込むというのならば、お前は今すぐに死ね。土の礼はしてやるが、それも今日限りだ。私の邪魔をするというのなら、誰であろうと容赦はしない」
「ひっ……」
ドラゴン氏がお義父さんに向けて片腕を突き出した。
間髪を容れず、指先から黄金色のビームが飛び出す。
それは一直線に先方を目指して進み、その肉体を正面から貫いた。
「ゃあああああああっ!」
なんということだ、お義父さんの肉体が崩れていく。
まるで風化した粘土のようにボロボロと。
耳を劈くような悲鳴も、すぐに小さくなり聞こえなくなった。人としての形を保っていたのは僅かな間である。最後には地面にこんもりと、汚泥のようなものが残るばかり。それがほんの数秒の出来事である。
プシ子の義親父さんは、遺言を残す暇もなく消滅した。
「ふんっ、汚らわしい声だ」
その亡骸を眺めて、ドラゴン氏は忌々しげに呟いてみせる。
まるで路上に落ちた犬の糞でも踏んづけてしまったかのような反応だ。どうやら園芸の先生を殺されたことにご立腹のようである。もしも真実を伝えたのなら、町に攻めてきた共和国を滅ぼしに行きかねない雰囲気を感じる。
「マ、マジか……」
ニートの口から出任せが、僅か数秒でアンデット一体の命を奪った。
か、感慨深いものがあるな。
瞬殺ってヤツだ。
すみません、間違えました。では色々と済まない世界である。
ドラゴン氏、マジで怖ぇ。スゲェ怖ぇ。ヤバイ、ヤバすぎるよ。
「さて、これで邪魔なヤツは捌けたな」
「う、うす! ありがとうございますっ!」
こちらを振り返り、飄々とした態度で語ってみせる。
お義父さんの言葉ではないけれど、本人にとっては道端に落ちていた石ころを一つ、蹴飛ばした程度の意識なのだろう。そうでなければこうまでも、何事もなかったかのようには振る舞えないと思うんだ。
「しかし、この様子では先生も生きているのか怪しいものだな……」
「俺がついていながら、す、すんません! 申し訳ないッスッ!」
「過ぎてしまったものは仕方ない。それもまた人間という生き物だ」
「本当にすみませんでしたっ!」
とりあえず頭を下げておく。ガチめのお辞儀を連打。
万が一にも嘘だとバレたら後が恐ろしい。
「いい、気にするな。お前はそもそも酷く弱いしな」
「うすっ……」
「仕方ない、他にまた先生を探すとしよう」
「もしや、な、何かあったんですかね?」
憂いを帯びたドラゴン氏の物言いを受けて、ニートはすぐにピンときた。
この不幸な金髪ロリータのことだ、また何か面倒が起こったのだろう。既にレベル四桁の彼女だから、早々レベルアップすることもあるまい。当然ながらステータスの値だって、なかなか変動しないはずだ。
「新しく芽吹いた花が、お前と同じで酷く弱々しくてな……」
相変わらずの園芸ネタである。
種を植えて僅か数日でこのざまとは、流石の低LUKだ。
恐らく環境が目当ての植物と合っていないのだろう。
「な、なるほど、それは急いだ方が止さそうッスね」
「ああ、仕方ないが、他の町を当たるとしよう」
「自分もそれがいいと思うッス。ああでも、芽が出たばかりの植物は凄く弱いですから、急いだ方が良いと思いますよ。もしも可能なら、根っこと一緒に周りの土を掘り起こして、専門家のところへ持ち込むのもありかと」
「ほう! なるほど、それもそうだな」
「うぃすっ!」
「貴様、なかなか良いことを言うではないか」
「どもッス! ドラゴン氏にそう言ってもらえて恐縮ッスっ!」
ニートの言葉を受けて、何やら驚いた表情となるドラゴン氏。
そうかと思えば、こちらを品定めするような眼差しで見つめてくる。
今度は何だとばかりに緊張。
すると、彼女の口から続けられたのは驚愕のお誘い。
「おい、お前も一緒に来い」
「え?」
「お前はなかなか使える。私と一緒に来い」
「あ、いや、それはっ……」
「そこのメスはお前のつがいか?」
「それはその、な、なんと申しますかっ……」
「ならば共に来い。それでよかろう? では行くぞ」
「ちょっ……」
即断即決。
凄い決断力だ。
本人の意思が介入する余地はなかった。
次の瞬間、ニートと元ヒロインの姿は町から消え失せた。
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