Episode FOURTY-SIX 《やっと、きみの声が聞こえた》

 11 やっと君の声が聞こえた


 空気が揺れる。見えるはずもない酸素と窒素と二酸化炭素の間に壁が隔たれ、その隙間を魚のように波が避けて通っていく。空は怒り、雷撃が地面に突き刺さる。周囲は割れて、地割れと地震が止まらない。彼の咆哮に、果て知れぬ轟音が重なり不協和音が鳴り響いていた。


 窓は割れ、突風が吹き荒れ、電子機器が火花を散らす。


「があああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼」


 この世に生まれ生きてきて、見たこともないあられもない姿に、暗殺者の無神クロも、そしてその手下も、なにより無神ゆりでさえも、思考を止めざるを得なかった。


 上々だ、馬鹿げ————いや無理もない。


 常人が、死を何度も経験できるわけがない。死を通して生する人間など一人足りとも存在していないだろう。これは別に、絶望的な病気から生き延びた人間を指して述べているわけではない。正真正銘、文字通りの意味で、『死ぬ』というものを味わったうえで生きられる人間がいるだろうか?


 否。


 いないだろう、しかし、その不可能を彼は幾度となく実現させている。体の限界が来る? 左様、心が壊れる? 左様。


ここまで耐えていただけでおかしい領域だった。



「……っなに、これ——どういうこと?」


 この状況を理解できるのは、某ヒーロー映画の宇宙最強の金属で作られたような人間くらいだろう。それほどに、状況は混沌カオスになり果てていた。


「っち、やつめ、覚醒したぞ」


 この世界のクロはそう言った。右耳にある通信機の向こうの誰かにそう報告していた。


「ああ、分かった」


 ふと、地を見つめて、息を吐く。どこか苦しそうにも捉えられるその表情。しかし、そんな思いを浮かべたうえで大きな声で叫び出す。


「今からっ特別任務を遂行する‼ A班は俺とともにあの暴走を止めるぞ、B班、C班はあそこに突っ立ている二人を殺せ! 絶対だ! 失敗は許さない、絶対にだ‼‼」


 絶望が再来した瞬間だった。



 無神クロは別世界にいた。



 つい数千時間前に訪れただろう空白の世界。


「ぼ、……くは?」


 一瞬、死んだのかとも思った。あの光景を目にしてまで死なない自分自身が怖い。どれをどういう理由でこうなっているのかも知る由もない。


「……⁉ ゆ、り……?」


 そして、彼女が立っていた。


 まさにデジャヴ、数千時間前に君と会っている。今更、再会したところで一体、何が言える? 僕は、ついさっきこの旅に終止符を打ったのだ。自ら、潮時を感じて諦めたのだ。一万人もの君と妹を殺して、今更助けられるはずがない。何が最強の暗殺者だ、何が一桁だ、何が「漆黒の死神」だ。結局、強くたって君一人助けられないじゃないか。


「また、合えたね、クロくん」


 君は少しだけはにかんだ。頬をそっと朱に染めて、裸なんか気にならないほどにとても綺麗な君が手を後ろに組んで、僕の目の前に立っていた。


「っああ、でも……もう、君に見せる顔なんてないよ」

「……へぇ~~、わたしにぃ?」


 久しぶりに見た陽気な顔、まるでさっきまでの出来事が嘘だったのではないかとも思えてしまう。君の笑顔はあの時のように。


「うん……僕は君に会う権利なんてない。どうせ、また幻想が押し付けたんだろう」

「……クロはぁ、変わったね」

「え?」


 似合わない呼び方だった。でも、どこか落ち着く。


「昔はとっても勉強してて、でも……最近は忙しそうだったし、何事にも無関心な感じだった。でもまあ、日本政府からこんなこと命じられていたら仕方ないよ、やりようはあったかもしれないけど、すごいことだと思うよ?」


 一歩たりとも動かない君に、贖罪の念が湧いていく。


「……でも、それでさ。私ね、いろいろ考えたのっ。どうすればいいのかなって……、まあ直ぐには浮かばなかった。それにもう、一年は考え込んでたかもしれないし」

「一年も?」

「そう、一年。でもさ、結局ね。普通なことを思ったの」


 何も、僕は期待しているわけじゃない。君の綺麗なアドバイスを聞きたいわけでもない。


 それでも、この時は————胸の鼓動が高まった。


「自分の人生は自分で決めなよってね。だって、さ……命令に一度も逆らったことないんでしょ?」

「……うん」

「それってさ、つまらなくない? クロにはクロの考え方とかあるわけじゃない、それを表さないなんて悲しいことだと思うんだよね」


 その言葉は間違っていなかった、でもそれでいて僕が一度もなせなかったことだった。


「もう一回、いや最後だね。私から忠告しとくよ……」


 君の脚が進む。

 僕の方へ、顔の目の前まで近づいて。人差し指を唇に触れさせて。君は普通にこう言った。


「クロは——周りのことしっかり見えてる?」


 不意が過ぎて唖然だった。放った言葉はいたって普通で、何も今までやってきたこと。大爆笑した——かった。そんなこと、ば、一つで世界がかわ、るわけ……。



 気が付けば僕は泣いていて、彼女の胸の中に蹲っていた。


「……クロ君、ごめんね、ごめんね、ほんとにごめんね。私何も知らなかった、君の事全然わかってなかった。本当に、ごめんなさい。私も死んじゃうかもだけど、もっ……う、死んじゃうかもだけれどっ……だ、いすき! さいごまで気づけなくて、本当に、ごめんなさい‼‼」


 今まで、いや、ここに来るまでの人生の中で、僕は二つだけ忘れていたのかもしない。



 それは、っていうことを。





<あとがき>

 今回も読んでくれてありがとうございます。本当に感謝です。いよいよ、この作品の最終回も片手で数えられる数にまでなってきました。ぜひ、最終回までお願いします! 一応、続編も考えてはいます、それに伏線がいっぱいありますし笑

 今のところは、次の小説は学園恋愛ものか、SFのどっちかに絞ろうと思っています。そのお話もぜひ読んでみてください! 

 最近は短編もすごく読んでもらえて、評価がもらえて、始めたころの全然読まれない自分に言ってあげたいですね、まあ今も大して変わらないかもですが笑


 では、次回お楽しみに!

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