第肆章 4「二度目の出会い2」

 

 三人が突入したのは、先程、真上から降下した有珠山の反対側。つまり、洞爺湖温泉の温泉街に建つ小さなバーだった。15時から27時まで、定休日は金曜日。ひっそりと営業している小さなお店。カモフラージュのために営業していると、報告書には挙がっているが味が格別とこの辺では有名で、店としては本物らしい。

 跳んでいったことは本当のことだが、開ける瞬間はゆっくりであった(ここは冷静なのが暗殺者らしい)。

 ゆっくりと扉を開くと、やはり誰もいなかった。今日は金曜日、しかも営業時間外の昼過ぎ。しかし、こんな大事な時に入り口を軽くするのはおかしいことである。クハが先頭に立ち、後ろの二人はライトをつけて一通り捜索したが、クハの右目に付けたA98改が示した通り誰もいなかった。

「本当だな」

「そうね」

 後ろの二人が呟くと、クハが動きを止める。

「静かにっ」

 人差し指を口元に近づけながら、彼女はこう言った。

「この部屋を赤外線スキャン。急いで」

 視界が一瞬で黒に染まり、緑色の線が小さな店を数秒の間に一周し、目の前に文字が現れる。

『階段を発見、手前の壁についてあるボタンから電気信号を感知』

「よし」

 人差し指と中指をまっすぐ伸ばしたジェスチャーを二人に向けて静かに前進する。

「おい、まじか」

「指紋認証ね」

 ゴロとニヨンが真顔で言うと。

「やるしかないわね……あの男の指」

 そんな二人の言葉も聞かずに彼女が素早く取り出したのは、前回の任務で殺害したあの細身の男の指――ではなく、その指紋を模ったシリコン製の小さな球だった。

「いや、焦ったわ」

「何よ?」

「指出すのかと」

「アホね」

「鬼女(きじょ)だな」

 その球を近づけると、何もないはずの白壁が左右に開き、果ての見えない階段が姿を現した。

「んな……」

「うわ……」

「だよね……」

 思わず声を漏らす。

 先が全く見えない、闇に包まれた階段を降りようなどと普通の人間なら考えない。だが、彼女たちはプロの暗殺者である、常人が考えないことを、してはいけないことを成し遂げなければならない義務である。

「行くわよ」

「「ああ」」


 その階段を数歩下ると左右にランプのようなものが見える。彼女が目に付けるA98改にもそう映っているのだが、今では非常に珍しい自動点火式の旧型のランプだったのだ。

しかも、それが点いていない、その光景が意味するのは。

「電源が落ちている……?」

 そう、旧型のランプは有線、恐らく下に設置されてある電源装置に繋がっているのが主流。そう考えると、この建物全体の電気が止まっている可能性が高い。

「そうなのか?」

「ああ、そういうわけか」

「分かったのか? ニヨン」

 彼女が小さく溜息をすると、ゴロの右を差していった。

「これは……旧型の自動点火式ランプだ。さっきの指紋認証を押せば点く仕組み。多分、全部繋がっていて、階段の下の電源装置か何かにくっつけてるんでしょ」

 へえ、と頷くゴロに期待などはしていなかったようだ。


 慎重に進む彼女たち。

 階段を下り終えると、先にはさらに果ての見えない道のようなものが目に映る。

「これ、どんだけ深いんだよ」

「いや、でも。構造的にはあと数十メートル進んだらエレベーター? 的なものが見えるはず……」

「まじか、まだ潜るのか」

「いいから、いつ来るか分からないわよ」

 どんな状況でも文句の絶えないゴロがいると、任務ともいえない遠足になってしまう。

 訂正しよう、

 遠足気分で進む彼ら。


 曲がりくねった道も越えて、エレベーターの手前まで来るとクハが二度目の立ち止まりを見せた。

「ああ、だよね……これも旧式よね……」

 彼女たちが見たのは旧式の自動エレベーターであった。

 単純な構造でできており、ボタンを押すことで上下できるが……階設定ができないものだった。

「心もとないわね」

「ええ、でもこれで行かないと……というか、電源つくのかな?」

「あ、確かに」

「でも、この旧式のやつって確か非常用にバッテリーあるはずだから……」

「そうなの?」

 ニヨンの気づきが功を為したのか、コードを非常電源に切り替えることに成功し下っていった。



「嘘」

 クハが小さく呟いた。

「おお」

「すごいわね」

 そう、下った先はまさに地獄のような光景だった。

 

 血。

 血。

 血。

 そして、死体。

 上半身だけのモノ、下半身だけのモノ。

 腕や脚も転がっている。

 側面の壁は黒い返り血で染まり、辺りには臓物が散乱していた。

 五臓六腑からは血が未だに流れ出し、動脈も飛び出ている。


「くっさ……くない」

 匂いはあまりしなかった。

 見た感じ腐敗も始まってはなく、まだ綺麗な形で息を引き取っている者もいた。

「そうね、まだ体もギリギリあったかい」

「これ見て、全部切り傷。……反乱ではなさそう」

「確かに……ここの戦闘狂を多人数打ち取れるんだから、相当な奴だな」



「ああ、そりゃあなぁ。諸君」

 


 どこか、聞き覚えのある声がする。



「なあ、お前たち。こんな辺鄙な場所で再開するなんてなぁ」



 やはり、どこかで聞き覚えがあった。



「結局、つまらないように育ったんだなぁ」



 顔を上げ、まっすぐ。

 その先を見据えて、見つめて。

 

 そして見えたモノは衝撃的な者(モノ)だった。


「え、」

「おい、」

「ん?」

 

 二人が固まった瞬間、その声の主がこう言った。




「師匠⁉」

「先生⁉」

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