第肆章 3「疑問」


 3 疑問



 ナナが一歩を踏み出したとき、鬼我京子きがきょうこはその異変に悩んでいた。

「なぜだ? 急に機能がダウンしたぞ……?」

 彼女はそう言ったが、正確には機能がダウンしたわけではなかった。さっき発射したと思っていた電磁パルス砲の機械側から強制緊急停止したのだ。そして、目の前に広がったスクリーンにはこう書かれていた。


『目標機械が見つかりません』


 迷って、考えたが、意味が分からなかった。まさかそんなはずがない。

 そう思って、もう一度。

 電源を落として、起動コードを打ち込み、パスワードを打ち込み、準備完了まで待機する。

 すると、また。


『目標機械が見つかりません』


「なぜだ⁉」

 さらにもう一度、起動させるが結局は同じ画面に戻ってしまう。

 この作業を10回繰り返したところで、嫌な予感が彼女の肩を突いた。ナナからの侵入報告もない。さらには電磁パルス砲も発射できない。この二つの状況が、自分を、自分たちを迷わせる。まさに絶望間際。合図も送れない状況だが、彼女は思い切って耳に通信機を当ててこう言った。


「ナナとの通信が途切れた。おそらく、何かあったはずだ。あいつが連絡をよこさないわけがない。死んでいるはずもないが、ここは作戦変更だ。お前たちも突入しろ」

「な?」

「どうしたんですか⁇」

「まじか⁉」

「ああ、それに電磁パルス砲が10回やってもエラーコードを出している。もしナナがやられればこの作戦が台無しになる。直ちに突入しろ」

「「「……了解」」」

 皆混乱していた。もちろん指示を出した自分自身も。

 なぜだか分からない状況に身が固まってしまう。

 ここで任務を遂行できなければこの機関が、いや政府ごとすべてが終わってしまう。そのことが理解できたとき、鬼我の背中では悪寒が止まらなくなっていた。



 その命令を聞いたゴロとニヨンの二人はというと、まだ動けずにいた。

「え?」

「ちょっとヤバくない?」

「何があったんだ? ナナとの連絡が途絶えた? あいつが負けるわけないだろ、あいつだぞ」

 さすがの展開に動揺を隠しきれないゴロ。

 明らかに嘘汚と思いたいような情報だった。ナナ、漆黒と呼ばれる男がこんな辺鄙(へんぴ)な場所でくたばるわけがない。噂話ではなく、あの力を間近で見ているからこそ、そう思える話である。

「あいつが……ってね、誰でも、負けるときは負けるわよ」

「そんなわけない、お前知らないのか? 漆黒の本気の姿を⁉」

「漆黒ね、はいはい知ってますよ、うちだって聞いたことくらいあるわよ。あの男の異名くらいね。一桁台の暗殺者。暗闇のように存在感を消して、ブラックホールのように一瞬で引き込む。それが彼の殺し方、いつも一瞬で終わるって聞いたわよ……彼をよく知る人から聞いてたからね」

「ああ、そうだ。俺たちを圧倒する相手でも一瞬でやっちまうんだよ、あいつは。規格外、戦闘を極めた男、もはや神の域に達するね」

「でもねえ、さすがにね……」

「電磁パルス砲の影響で通信が途絶えたんじゃないのか?」

「それはないでしょ? 打ち込んだつもりが打てなかったって言っていたじゃないの」

「でも、そうでもなくちゃ……まさか⁉」

「なに?」

「しょちょ⁉」

 彼の言葉をすぐさま予測したニヨンが腕を振るった。腹の上側に鈍痛が走る。これはクリティカルヒットである。

「要らない思考はやめなさい。そんなわけないでしょ、自分の考えたことに反省しなさい」

 急に声色が変わっていた。「上司を疑うな」と、彼女の言葉の裏にはそういった意味が込められているのが何となく分かる。

「ああ、分かっ、た。……でも、限度を考えろょ……」

「はあ?」

「なんでもないです」

 混乱する思考の中、ちび女の尻に敷かれた暗殺者がそこにはいた。


 一方、ナナは暗闇に包まれている階段を下っていた。

 すべての感覚を尖らせながら、一歩また一歩とその階段を下りていく。静かな足音だけが反響して、気配一つしないはずの階段にも嫌な匂いが残っていた。あまりにも強い気配、神経を掴むその「何か」に引き込まれそうになる。彼をそうさせるほど強大なものだった。確実に、彼に通用する力。実力は彼以上なのかもしれない。


 徐々に。


 ゆっくりと。


 近づいていく、この匂いと雰囲気。


 肺に入れるたびに大きくなって出てくる変な空気。


 気持ち悪さに、その大きさを知れたもの。


 何か、怖い何かでも先にあるのかとも思わせる。


 思って、感じる、そのすべてが物語っていた、このことが正気の沙汰ではないことを。


 でも、とにかく引き締めていくしかない、徹頭徹尾その精神で行くしかない。



 ついに、ゴール地点。

 ピタっと足を地につけた瞬間、何か尖った気配の物がこちらに向かってきた。

「っ⁉」

 驚く暇もない。すぐさま腰を下げて後ろに仰け反って、なんとか避けると第二射がすぐにやってくる。次は足元の床を軽く跳び上がり、第三射を壁蹴りでかわして着地する。華麗な体さばきに何かも喜んでいるような気がして、さすがのナナの戦闘精神も開花し始めていく。

「っち、誰だ?」

「……」

 返答はなかった。

 気持ちの悪さに悶えている時間はない。今こそ、瞬時に打ち取るべきだ。この建物内にいる以上、標的であることには変わりはない。

「もう一度聞くぞ、誰だ?」

「……」

 返答はやはりなかった。というより、今度というと第四射で答えは返ってきたのだ。つまり、質問の答えは敵意そのもの。それが理解できたと同時に、彼は目の前の暗闇に吸い込まれるように飛び出していた。



「おいクハ、こっちに回ってこれるか?」

「ええ、待ってて」

 冷静な判断をするなら、たとえナナがやられていたとしてもここで待っているのがベストだった。持ち場を離れる行為、それは禁忌である。作戦を放棄したと同じことだが、事態が事態だった。ナナが負ける、そんなあり得ない話をバカにしつつ、少しだけ信用できてしまう。そんな風に思う自分が嫌で、ごまかすかのように全力で森を横断していく。

「一体、何が起こったの?」

 疑問、それが頭の中を支配する。

 払拭したい汚れを落とすためにこの任務に挑んだというのに、ここでダメになれば確実にすべてが終わる。そんな嫌な予感に体を預けつつも彼女は走った。

 森を抜けて、草を踏みつけ、木々を超えて走っていく。

「A98改、起動」

 そう呟くと、右目が赤く発光した。

 計算式の列と、辺りの景色の解析が始まり、最短ルートを一瞬にしてはじき出す。その時間、コンマ1秒。全開でつけていたものよりも向上した右目を行使して駆けていく。

「サーモグラフィ機能」

今度は、右目の色がさらに強く光りだす。辺りは真っ暗になり、山の中心部は赤く染まっている。

「火山だから、少しだけ見ずらいか……」

 中心だけでなくあちこちが赤くなっていた。試してみた新機能を放棄して、次に。

「透過機能」

 景色が白と黒に変わった。モノクロの世界にⅩ軸とY軸、さらにZ軸が一本の白い線で現れると、地下に埋まる奴らの基地が浮かび出た。

 だが、その機能を使ったと同時に彼女は意味の分からない、その建物の構造に絶句する。

「なっ⁉」

 さすがに動揺したのか、思わず木の根に足を引っかけて前のめりに転がっていた。

「……っが!」

 左目には転がる森が映し出され、右目には先ほど見た景色が3D構造として映し出される。彼女が見たのは、理解できぬ。この作戦自体が壊れるような光景だった。

 転がって、体を何度も打ち付けても痛みは感じない。

 それほどに、目も神経もすべて奪われたのだったのだ。

「っが、なぜっ! 目標が、いないっ⁉」

 そう、建物に映された生命反応はたったの三つしかなかったのだ。

 機械も、人間も、そこにあるすべてがショートしてスクラップとして映っていた。粉々になった人間。想像しただけで血の海であることは明白。

 そんな中、堂々と立っているのが三人。だが、おそらく一人はナナだと分かった。先ほど分かれた位置から中心へ向かう反応が一つ。それがナナだとするなら、あと二つは一体? 右目の演算機能の故障だと疑いたいところだが、何度も試したところで結果は変わらなかった。

「ッく!」

 再び立って、足に力を入れる。

 彼女の靴が凄まじいほどの緑の閃光を放つ同時に地面に衝撃が走る。とてつもない機械音が波として地面を伝わり、彼女は跳び立つ。

 速く、速く。

 そう言い聞かせて、モモンガが自分の皮膚を広げて飛ぶように、彼女は木々を踏み台にしながら前へ跳んで行った。

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