第弐章 5「推測」
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最後に二人の苦笑いを見た可部おじさんは立ち上がり、急に本気の顔になった。
「……まあ、茶番はここまでだ」
「ん?」
「ですよね、知ってますよ」
クハは透かした顔で立ちあがり、そして彼の後ろをついていく。その後ろにゴロがポカンと一人。
「それで、先生はどこの支部に所属しているのですか?」
「ん? ああ、俺は仙台支部だ」
「仙台支部なんすか?」
「そうだけど、なんでそんなに驚くんだ?」
「いや、ずいぶんとマイナーだなっと思って……あそこ、盛んに活動してるんですか?」
「お前、仙台を馬鹿にするなよ。殺されるぞ、仙台市民に」
「こわ、仙田市民こわ、やられる前にやっちゃうか笑」
何の面白みのない冗談にナイフを取り出しながら答えるゴロ、その隣でクハが何か思いついた顔でこう言った。
「あの、先生……もしかして、例の組織の話だったりします?」
途端に、固まった重苦しく変わった雰囲気に押しつぶされるお馬鹿ゴロさんを差し置いて話は着々と進んでいく。
「よく分かったな」
「ええ、噂で少し」
「そうか、まああとで、所長に言われると思うけどなぁ」
「はい?」
「むしろ、俺はその報告で来たんだよ」
「でも、その組織の全容が理解できないのだけれど……」
「組織なあ、説明されると思うけど……知りたいのか?」
「はい、情報量は多いほうがいいですから」
「仕方ないないな……」
全くついていけないゴロは目を大きく見開くが、前を歩く二人はどんどんと距離を離していく。
「はい、ありがとうございます」
そのあと、可部が口に出した内容はこうだった。
現在、『PARALLEL』札幌支部のネットサーバーがとある組織に攻撃されているということ。通信などを担うホワイトハッカーの精鋭たちが交戦中だが、相手のハッカーもなかなかのやり手でドロドロの勝負が繰り広げられていて、その勝負に打ち勝つために他の支部からの応援という形で仙台支部の可部と大阪支部「B2」のハッカーがこちらに派遣されたということであった。
「そう、なんですか……」
「ヤバいじゃないすか……」
「いや、そんなこともない。こっちのハッカー部隊をなめてもらっては困る。ただ今回は、相手も相手だったわけだ。今までに前例のない技術を持っている。いったいどこから連れてきたのかがはっきりしないのが怖い所だがな」
少し自信なさげに言う師匠の可部を見て、不安が募る二人。
「ただ、サーバー攻撃で終わるか、が問題なんだよ」
「サーバー、だけ……」
「そうだ、もしこれがただのダミー攻撃であり、本戦が次に来るとなれば消耗戦だ。相手もあそこまでの技術があるから注意を怠ることなどできん。AIに変えて対抗したとしても、もしあっちが世界中のコンピューターにアクセスして演算を行うようにAIに指示できるツールを開発してきたら、こっちのスーパーコンピューターでは押し負ける可能性が少なくともある。そうでなくても、まだ本気で戦ってないこっちと同じように、あっちも本気を出してないかもしれない、そうしたら勝負の行方が分からなくなってくるんだよ」
「すごい話ですね、まあ、先生がそこまで言うのなら本当なんでしょうね」
「ああ、少し辛い勝負になると思うぞ」
そこまで話して、結局ヤバいということだけしか分からないゴロであった。
「まだ具体にも分かってないのが事実、札幌支部が攻撃を受けていることしか知らないんだよ、お前たちと一緒で、俺もな」
「私も一切知りませんし、昨日の今日ですね」
「だめだ、全くついていけない……」
「ゴロは駄目ね、馬鹿だし、阿保だし」
まんざらでもない硬い言葉はゴロの胸に深く突き刺さった。もちろん大学も出ていないゴロからしてみれば近接格闘術一本でやってきている。センスや頭の良さはあっても知識量がもはや中学生並みである。
「ひどいよ……」
「お前は戦えるし、気にすんな!」
師匠のフォローが入るが、もとよりクハに馬鹿にされるのが屈辱的なため、意味がない。
「そんなことよりも、私」
「ん?」
「そんなことって何だよ!」
あっさりどうでもいい呼ばわりされて言い返したが「どうでもいい」と、念を押されてすっかり落ち込んだゴロを差し置いて話が進みだした。
「私、なんか気がかりなんですよ」
「どれがだ?」
「ここって、確か重要な機密文書は金庫に保管してますよね、それに、あっちもまさかすべてのデータがサーバー上に保管されているとは思っていないと思うんですよ。むしろ、こっちがヤバいときに消去して、他のHDDやSSD、もしくは紙にしてほかんすればいいじゃないか、と推測できると思うんですよ」
「ああ、もちろん、それも理解している」
「まあ、はっきり言ってしまえばただの退行ですけど、ジレンマというか、どの時代も紙でも重要書類のコピーは残しているのかなと……」
「となると、次にあっちがとる手段は本拠地襲撃だと……?」
「でも、それはさすがに無理じゃないか? 俺たちのセキュリティは鉄壁だ、まず金庫の位置が分かるとは思えないぞ」
「まあ、さすがにそれは馬鹿すぎますよね……スパイでもいない限り無理でした」
クハの行き過ぎの推測に笑いながら、
「いや、なくもない、とも言えるな。そんなとこまでいったらこっちも準備していく必要があるな、一応鬼我さんにも言ってみるよ、ありがとうクハちゃん!」
「いえ、私も役に立ちたいので……」
「そうだな!」
「俺をおいてくな!」
一歩。二歩以上先に行った二人に対して小さな男、ゴロは叫んでいた。
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