世界最強の暗殺者に、世界は地獄を作り出す。

藍坂イツキ

プロローグ

episode ZERO《約束の日》

 注:縦読みでお願いします。



Episode ZERO 《約束の日》



 月夜の晩に湖のほとりで話す少年、少女。


 少年の顔には闇一色で、少女の顔には光一色。


 湖の波で反射した月明かりが二人を照らす。

 

 周りには人影もなく、鳥の囀りも、虫の鳴き声も、風の声すら聞こえない。


 二人の世界に淡い灯りが一つだけ。


 少女が言った。


「ねえねえ、君はここに来たことあるの?」

 

 少年は分からない。

 言葉が分からない。

 意味も分からない。


 分かっているのは、少女の発音だけ。


「…………んぅ、ぁぅ、ねぇねぇ……」


 少女の言葉を知りたい。


 その意味を分かりたい、そして何より理解したい。


 その気持ち一心で言葉を繰り返す。まるで赤ちゃんのように。


 親の真似をして、言えたことを褒めてもらいたい。そんなひもじい表情で少女を見つめる。


「うんうん、ないよね! だからね、君に言いたかったの!」


 その逆も然り。


 幼い少女にもこの少年の気持ちなんて理解できるわけがない。


 でも、だけれども、頑張って読み取って、全力で分かろうとして。


 一生懸命、理解し——解釈して。


「この湖ってね、昔、大きな、おっきいな、元気な、かざん、だったんだって、すごいよね! このきれいな湖が元気でうるさい、かざんだったんだよっ! こんなにきれいなのに‼」


 楽しそうな明るい笑顔で、少年に伝わるように昔話をする。


「……ぅぅ、きれ、ぃ……ヵざむん」


 ——繰り返す。


「そう! かざん!!」


 ——分かりたいと願って。


「きゃじゃん!!」


 ——知りたいと願って。


「かざぁぁん!!」


 ——そして、もう一度。


「か、ざあああああんん!!!!」


 笑顔で話す二人を、月が優しく照らす。


「えへへ、それでね。このかざんがばっくはつしてね! ふんかしてね、こんなおっきいな穴になってね!!」


 大きく手を広げて、少年の手を掴んで。


「ぅぅこぉんな! おおきいな穴になってね!!」


 次は指を差して。


「そう! この湖に雨がふって、何年も、何十年も、くもさんが、がああんばって……できたんだって!!」


 月に代わった明るい表情で、少年の身体を照らす。


「……でえきた!」


 いつの間にか少年の顔色から闇は消え、少女が全部吸い取っていた。吸い取られた闇は光に変わり、全てが美しく光り出す。


「私もね、だからね」


 頑張って例え、少年に伝え、理解して欲しくて。


「君って、はじめて会ったとき、くらい顔してた! だからね、私ね……」


 そう切り出して、恥ずかしさだって堪え、抑えて、分からないはずの言葉を、分かってもらえない言葉を少年に投げかける。


「君に元気になってほしいんだ!」


 当たり前のように、分からない。


 ——でも。


「はじめての日、君はくらくて、まっくらだった。だから、もうそんな顔見たくないし、もっと明るく、元気いっぱいに、明るくさ、みんなのヒーローみたいになってほしいんだよ!!」


 何かを発したい。

 そんな目で少年の瞳の奥を見つめる。


「元気なかざんが、きれいな湖になるなら、君だって、きっと、あっかるい元気な人になれるんだよね‼」


 そして、


 そして、


 そして。

 


 頭を抜け、色褪せてしまった風景。


 何か、そんなものを交わしたような気がして僕は日々生きていた。


 ああ、僕は一体何をしていたんだろう。


 あの時の僕に対して言えるのなら、ここで言いたい。



 言わせてください。


 おm………………。

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