あなたも灰を宿すのね

峰歌

第1話 プロローグ 灰村


 1


 オレンジティーのほのかに香る酸味が心地良い。陽の光が部屋中に広がり、空間に温かな色が付けられていく。鼻腔を広げ新鮮な空気を通すと少女はベッドから降りた。小さな足はバランスを崩し少しよろめく。なんだか長い間眠っていたような気がする。わずかに隙間を覗かせる窓に目をやると、カーテンが風を受けて揺らめいているのが見える。その波を描きながら揺れるカーテンは、先程まで見ていた夢を連想させる。

墨を零したような真っ黒な闇に揺れる、白い波が印象的な不思議な夢であった。自分なのか誰なのか、ひょっとしたら知っている人なのか、顔の分からない人物が白い波の中に立っていた。その人物は白く透き通るようなワンピースを着ており、裾がひらひらと風に揺れる様はどこか美しく見えた。ワンピース……。そうか、あれは少女だった、と思う。


「おはよう、ハル」


 おぼろげな意識の中、名前を呼ばれてはっと我に返る。振り向くとお母さんが笑顔で立っていた。髪を後ろで縛りクリーム色のエプロンを首からかけるという、いつもの朝のいつものスタイルであった。今から自分にどんな声をかけるのか容易に想像できる。


「朝ごはんにしましょう。あなたの好きなティーも入れているわ。口の中を水でゆすってきなさい」


ほら、いつも通り。声には出さず無言でこくりと頷く。ハルはトタトタと小さな足音をたてて階段を下りていった。お母さんに言われた通り洗面所に向かい、うがいをして顔を水で洗う。洗顔までは言われていないが、なんだか言い知れぬ不安が顔に張り付いた感覚があり、それを洗い流したかった。鏡を見ると少女の姿が映っていた。


(これは……わたし)


ハルの姿である。だが私であっても、どこか私に馴染みがない。


(どうしてなんだろう)


目の前の、自分自身であるはずの姿に向かって呟くと、先程のお母さんの言葉を思い出し、朝食があるというリビングに向かった。入ると、ベッドで感じた通りのものがそこにはあった。オレンジティーだ。家の朝食ではほぼ毎日オレンジティーが出る。この匂いは好きだ。ハルは急いで椅子に座る。少し心が弾み足をぶらぶらと揺らす。


「おはよう、お寝坊姫さま」


お父さんは少し笑って言った。そのお父さんの後ろの窓からは太陽光が射し込む。それに照らされたお父さんの姿は、どこかいつもよりも温かく見えた。同時に、カーキ色のシャツに、薄いグレーのズボン、シルバーに煌めくネックレスを身に着けた姿は、綺麗にまとまっても見えた。

 しかしいつもお父さんを見て思うことがあった。それは私とお父さんは全く似ていないということだ。お母さんとは目の形、輪郭が似ている部分があるが、お父さんには私との共通点が全く見当たらなかった。しかし目の前のお父さんが優しく、心が温かく、私が大好きなお父さんということは確かである。私はお母さんとお父さんを見て少し微笑んだ。その視線に気付いたのか、お父さんとお母さんは私に微笑み返してくれた。

いつもの時間にいつもの朝。先程まで感じていた、心に靄のかかったような不安はいくらか落ち着いた。大丈夫。今日は大丈夫なはずだ。


「次のニュースです。昨日の深夜、人間のものとみられる死体が**村**区画の路上で発見されました。」


突如耳に入った冷えきった男性声のニュースがひと時の安堵を打ち砕いた。眠りかけてていた不安がまたぞろりと起き上がる。胸が苦しい。体が重くなり、思考が停止する。動かない手足はもはや自分のものとは思えなかった。


「死体はひどく損傷しており、性別の判断がつかない状態となっています。専門家の見解によると人間の力では、ここまでの状態にまで損傷させることは不可能であるということです。」


男性ニュースキャスターは淡々と記事を読み上げている。しかし、その表情はどこか薄気味悪さをまとっている。両親は手を止め沈黙し続けながらニュースを見ていた。そしてやがてお父さんが声を発した。

「さあさあ、せっかくの落ち着いた朝なんだからこんな物騒な話は忘れて朝食としよう」


「そ、そうね」


お母さんも慌てて了解する。お父さんは無言でテレビを消した。無理矢理その場の空気を塗り替えると、またすぐいつもの時間が流れた。家の外からは小鳥の鳴き声と、遊んでいる子供達の笑い声。木々が風に揺れるさわさわとした音が聞こえる。


(うん、大丈夫。いつも通り)


窓から見える新鮮な青い空は、夏の暑さを少しだけ涼しく感じさせてくれた。




 2

 

「今日は何して遊ぶ?」


「今日はねえー、まち鬼ごっこ」


「いーねー。私それ好きなんだぁ」


 その日の午後二時、六人の少年少女が楽しそうに話している。ここは私が住む村から少し離れた、ここらへん一帯の中心地区にあたる。商業が発展した町である。そしてまち鬼ごっことは、街中で行う鬼ごっこのことである。


「今日は一度も鬼にはならないんだから」


 先程町鬼ごっこを提案したミハネが宣言する。ミハネはオレンジがかった髪をしており、元気で好奇心が旺盛な女の子である。真っ赤なワンピースに首元にはゴールドのネックレスが煌めいている。そんなミハネの隣にいたドノバンも宣言する。


「俺は鬼になったら十分で全員を捕まえるぜ」


 白いTシャツにブルーのオーバーウォールを着ている。金髪のくせっ毛の髪を指で巻き取るように動かし、さらにそのくせ具合を強めている。


「できるわけないだろぉ。お前の足じゃあ俺は捕まえられないよ」


 ドノバンの後ろから別の少年ウェーバーがそれに返す。短髪の茶髪を立たせて、ドノバンに反発する顔にはそばかすが目立つ。


「まあまあ。やってみないとわからないでしょ」


 サティがその場を鎮める。サティはこの中ではお姉さん的な存在である。うっすらと赤みがかった髪をなびかせながら二人の間に入る。


「そうだよそうだよ。サティの言う通りだよ」


 マイケルがサティに賛同する。マイケルはサティのことを尊敬している。そんなマイケルの髪もサティに似て赤みがかった色をしている。

サティは気が強く、よくドノバンと衝突することがある。その時はサティがいつだって正しい。みんな歳は同じであるにもかかわらず、サティだけは年上に感じることがある。それぐらいしっかりしている。そして優しい。そんな姿を見てマイケルはサティのことを尊敬すると同時に好きでもあった。


「あ、鬼ごっこでいいかな」


 思い出したようにこちらを振り向き、サティは穏やかな口調で話しかけてきた。私はなぜ自分だけに尋ねてきたのか分からなかった。


「あ、いや、さっきから話していないからさ。嫌だったら言ってねハル」


 釈然としない表情が出ていたらしい。慌てて私は大丈夫だと頷き返す。


「よし、みんなの了解が取れたところでさっそく鬼を決めようぜ」


 ドノバンは先に拳を握り皆の前に手を出した。私も遅れて手を出す。「じゃーんけん、ポン」と皆それぞれ手で形を作る。一人だけグーを出したものがいた。それはドノバンであった。他の人はパーを出していた。


「なんだよー俺だけグーかよ。まさか一発で決まるとはな。まあいいや。さっきの宣言通り全員十分以内で捕まえるぜ」


 ドノバンは十秒数える。その間に他のみんなはちりぢりに逃げる。私はおろおろしながらも、近くにあった路地裏に逃げようと走った。

 入った路地裏はひんやりと冷たく感じた。今日は割と温かいはずだがここだけは寒く感じる。先程までみんなでいた場所とはどこか違った空間を形成していた。薄暗く少し不気味であったが私は路地裏に入った。

入って少し歩いた右手側にマンションのダストボックスが見えた。ここなら見つからないだろうと思い蓋を開けて中に隠れた。ダストボックスには全面部分の壁に細いすき間が設けられていた。そのすき間から外の様子を覗き見ることができた。外は薄闇が充満し、人の気配がしない。ボックスの中に入っているだけで、別空間から外を見ている心地になった。ふと目の先に何やらせわしなく動く者がいた。小ぶりなネズミであった。鼻をひくつかせながら、地面を探るように歩いている。ネズミを見ていつも思うことだが、一体地面に何があるというのだろうか。地面に何を期待しているのだろうか。疑問に思う。そんなことを考えていると目の前のネズミが突然走り出した。


「お前その話どこで聞いたんだよ。勿体ぶらないで教えろよ」


「分かったよ。そこの赤いダストボックスで話すよ」


 二人の男が路地裏に入ってきたのが見えた。さっきのネズミはそれで逃げたのか。男達は私が隠れるダストボックスに近づいてきた。鬼ではないが少し緊張する。そして私の目の前で話し始めた。少しして鼻腔内に脳をつんざくような嫌な臭いが広がった。特殊な紙が燃える匂いだ。これはお父さんが以前やっていてお母さんにひどく怒られていたものだ。これは……ええと、たばこだったっけ。なるほどダストボックスの隣には喫煙所があったということか。私は失敗したなと思いながらも、ここを出ることが出来なかった。


「それでどんなことを話してたんだよ。そのニュースキャスターはよ」


 一人の男が話を急かす。この男は少しせっかちなタイプのようである。話し方も少し早口であった。


「まあ待てよ。今話すから。今朝流れていたニュースだったんだけど、この町の近くに**村ってあるだろ。その村で人間の変死体が発見されたんだとよ」


 こちらの男は落ち着いた話し方をする。声もせっかちな方よりも低い。


「変死体?」


 せっかち男の声が明らかな不穏を纏う。


「死体は性別が判断出来ないほどに損傷していたらしい。しかも人間には不可能な殺し方をしていたらしい」


「それはどんな殺され方だったんだ?」


「聞きたいか?寝れなくなるんじゃないか」


「うるせえよ。早く言えよ」


 少しの沈黙の後、話始めた。


「頭がどれで、胴体がどれで、手足がどれで、顔がどれでっていうのが全く分からないほどぐちゃぐちゃになっていたらしい。例えばミックスジュースを作る際に、ミキサーにかけた後みたいな状態らしい」


 数秒の沈黙が流れる。


「いやいや、それは有り得ないって。てか、なんか重機でも使ったんじゃないか」


 予想以上に残忍な事件に、男は明らかな動揺を見せているのが聞いていて容易に分かった。


「それはないんだよ。警察が調べても重機を使った痕跡はなかったそうだ。何か物を使った形跡が見つからないんだと」


「まじかよ。それが本当に事実だとしたら人間じゃない何かが実在しているってことになるのかよ。というか、なんでお前はそこまでその事件に詳しいいんだよ。直接誰かから聞いてきたように話すじゃねえか」


 男は本気ではないにしろ、声に若干の苛立ちを感じさせた。落ち着いた方の男の話し方が癇に障ったのだろう。


「聞いてきたからさ。俺の古い知人に警察関係者がいてな。そいつから電話で聞いた」


「いやいや、一般人に情報漏らしていいのかよ」


「だめだろうな。だから俺はそいつから絶対に誰にも言わないからって教えてもらったんだ」


「もう漏らしてるじゃんか」


「ほんとだな」


 二人の笑う声が聞こえる。私はこの話題で笑いながら話す男達を不気味に感じた。


「俺はちゃんと秘密を守るぜ」


「よろしく頼むよ」


 二人はまた笑いあった。やがて話し声が徐々に遠くなっていった。どこか別の場所に向かったのだろう。私は中に隠れていることに疲れ、ダストボックスから外に出た。地面に立つと体がとてもだるく感じた。ダストボックスに体を丸めた状態で隠れていたせいだろうか。今鬼であるドノバンが来たら簡単に捕まるだろう。いや、むしろ早く捕まってこの鬼ごっこを終えたいと思った。今朝から耳にしているあの事件が、頭の中で不気味な形を形成し、脳裏にべたりとまとわり付いている。何をするにも頭が重く感じてしまう。

もう疲れた、そう思いこちらからドノバンを探そうと歩き出したとき、ふと私はあることに気が付き後ろを振り向いた。


(赤いダストボックスで話すよ)


 落ち着いた男は、先程確かにそう言っていた。

 いや、聞き間違いだったのかもしれない。

なぜなら私が隠れていたダストボックスは、赤色なんかじゃなかったから。






 3


 路地裏から抜け出すと、私は真っ先にドノバンを探した。早く鬼ごっこを終わらせたかった。もともと最初からあまり乗り気ではなかった。本当は鬼ごっこの案が出たとき、断ろうかと考えていた。しかし、サティのどこか哀れみを含んだの目を見た際に、なぜかやらないとは言えなくなった。だが今度は何を言われても断る自身がある。それほどに私は今疲れを感じていた。

 足元の自分の影に目線を落としながら歩いていると、歪に伸びていた影がだんだんと消えていくのがわかった。巨大な雲が太陽を飲み込んだのだ。周辺が瞬間的に暗くなった。

すると、やや後ろから私の名を呼ぶ声が聞こえた。私は振り向いて声の主を探した。


「ハル!やっと見つけた。どこに隠れていたの?」


 振り向くとサティがいた。サティの笑顔を見つけたと同時に、陽の光が一気に息を吹き返した。気付くと巨大な雲はどこかへ流れてしまっていた。


「ねえねえ、ドノバンに見つかるまで一緒に歩かない?」


「う、うん」


「ありがとう」


 サティはまたこちらに笑顔を向けた。なぜサティはこんな暗い私に、よく声をかけるのだろうか。満足な話し相手にはならないだろうに。


「ハルってさ、なんだかほっとけない感じが出てるよね。つい気にかけたくなっちゃう」


 心臓がびくんと収縮した。思考を読まれたかの如くサティは話しかけてきた。


「わたしから、そんなもの出てるの?」


「出てる出てる。もうわんさか出てるよ」


 サティは笑いながら答えた。私はなんだか照れ臭くなった。

ハルとサティは街路樹が両脇にきれいに立ち並ぶ、まっすぐな歩道を歩いている。周りのレンガ造りの家々はずっしりとその場に構えている。その家々のすぐ近くには街路樹から落ちた木の実がいくつか転がっている。目を凝らして見てみるとどうやらリンゴらしかった。しかし、はっきりとリンゴかどうかは確信できなかった。


「どうしたのハル?リンゴなんかまじまじと見ちゃって」


 どうやらリンゴで間違いなかったらしい。


「んーん、なんでもないよ。気にしないで」


「ふーん」


 サティは腑に落ちない表情ではあるが頷いた。そしてふと思い出したように尋ねてきた。


「ハルってさ、一人っ子なの?」


「うん。一人だよ。どうしてそんなこと聞くの?」


「い、いや。なんとなくね」


 サティは私から視線を外した。どこか落ち着か居ない様子であった。


「あのさ、もしよかったらさ……」


 サティはまだ目線を外している。少しの沈黙ができる。


「私がお姉ちゃんになってあげようか」


「え?」


 驚いて声がうわづってしまった。突然何を言い出すのだろうか。


「い、いやぁ、なんていうかね、ハルってなんだかいつも寂しそうにしてるように見えてさ。なんかいつも下を向いて歩くしさ。なんか、歩くのも遅いしさ。なんか、なんていうか、似てるんだよね、そういうところがさ」


「似てる?誰に?」


「いや、その、妹にさ。実は皆には話してなかったけど、六つ下の妹が先週死んじゃったんだ。交通事故にあってさ。あの子もいつも下ばかり向いて歩いてたからさ。だからさ…。いつも気を付けてって言ってたのにさ。急に横から来た車に轢かれちゃったんだ。なんで…なんで……、あんな幼い子が私よりも、親よりも先に死ななくちゃいけないのよ。なんでなのよ……」


 サティは立ち止まって右手で涙を拭った。普段誰よりもお姉さんで面倒見がよく、しっかり者のサティが、今泣いている。私は自然とサティの頭に手を乗せた。サティの頭は私よりもずっと高く、つま先立ちではあったけれども、私は「よしよし」と頭を撫でた。サティはさらに泣き出したが、少し落ち着いて私を抱きしめた。サティの顔からはすこし温かさを感じた。


「ありがとう、ハル。お姉ちゃんになってもいいって聞いといて、なんだかハルのほうがお姉ちゃんみたいだね」


 そう言うとサティは涙をぐっと堪えて大きく深呼吸した。


「もう大丈夫。私はもうこの話題で泣かない。ごめんね」


「いいよ。気にしないで」


 サティの視線がようやく私の視線と重なった。なんだか照れ臭くて、お互い笑い合った。


「それでさハル。さっきの答えなんだけど………」

 私はすこし間をあけて答えた。


「これからもよろしくね、お姉ちゃん」


 サティは顔いっぱいに笑顔を作った。二人は街路樹が立ち並ぶ歩道を、手を繋ぎ合って歩いた。


「おーいサティ」


 後ろからドノバンの声がした。二人して振り返ると、ドノバンの他にミハネ、マイケル、ウェーバーがいた。私たち以外はみんな捕まっているらしかった。


「ん?なんだなんだ。二人ともなんだかさらに仲良くなってないか」


「そうよ。さらに仲良くなったのよ」


「ヒューヒュー。お熱いこって」


 ウェーバーが踊りながら二人を冷やかした。それを見てマイケルが笑った。ミハネも呆れながらも笑った。ドノバンも頭の後ろに手を組んで笑っている。みんな笑っている。

 こうして町鬼ごっこは自然と閉会した。みんなそれぞれにしばしの別れの挨拶を交わすと、それぞれ違う方向に歩いて行った。サティとも挨拶を交わして別れた。辺りはすっかり夕暮れ時である。西の空が焼けたような赤さを見せている。今日もこうして終わるんだと思うと、どこか心が締め付けられる思いがする。私は家がある方角へと歩き出した。

 ふと、そこで思った。

 みんなが笑い合っているとき、私はちゃんと笑っていたのだろうか?




 4


 辺りは闇にさらに黒を足したように暗い。今宵の月は一切の存在を潜めている。

虫の鳴く音が響き渡る。

遠くでは獣の鳴く声も聞こえる。

やわらかな風がさわさわと草木を揺らす。

 そんな空気間を打ち砕くように荒々しい息遣いが聞こえる。高い草木をかき分けるような荒々しい音も聞こえる。暗闇によって誰の目にも映らないが、ある少女が走っていた。ただ走っているのではなかった。何者かから逃げていた。自分を襲いに来る何者かから。


「どうして、どうしてなのよ」


 少女は必死になって逃げる。しかし、普段から走りこんでいない体は悲鳴を上げ、足が止まってしまった。呼吸が苦しい。


「はあっ、はあっ」


 そして少女はあることに気付く。何者かの気配が消えていることに。


「いない。振り切れたの?」


 少女は安堵した。とその時、突然右わき腹に鈍い衝撃を感じた。少女の体は大きく飛ばされた。いったい何が起きたのだろうか。

 少女は後からきた鈍い痛みを確認すると、一気に血の気が引いた。

 これまで普段あった脇の肉がごっそりと削り取られているのである。


「ひいっ」


 少女は声にもならない悲鳴を上げる。そしてさらに今度は背中に激痛を感じた。すぐにお腹にも激痛を感じた。おそるおそる視線を落とすと、鋭く尖った棘?のような物がお腹から突き出していた。あったかい血が足を伝った。もう痛みで訳が分からなくなった。

 そしてさらに気付いた。体全体が宙に浮いている。背中から突き刺された鋭利なものによって宙に浮かされているのである。


「なん………で、こんな」


 少女はそして息を引き取った。

 何者かは少女の体を宙に浮かせたまま半分に引きちぎった。真っ赤な血が何者かの全身に降り注ぐ。


 何者かは笑っていた。


 声には出さずに笑っていた。


 しかし、何者かは思った。


 私は本当に笑っているのだろうか。笑えているの

 だろうか。


 何者かは泣いていた。一人少女の死体を見つめな

 がら泣いた。真っ暗な空にけたたましい声で泣い

 た。


 やっとできた大切な友達なのに。


 はじめてできた大切なお姉ちゃんだったのに。

 何者かは泣いた。


「ごめんね、サティ」


 何者かは呟き、草木をかき分けながら消えていった。











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