OPEN!THE DOOR
霜月秋旻
OPEN!THE DOOR
会社帰り。僕は今、街中をひとり歩いている。今歩いているこの通りにはラーメン屋がありピザ屋もありパン屋もある。牛丼屋もあるし焼き鳥の屋台もあれば、更にはカラオケボックスやゲームセンター、バッティングセンターやパチンコ屋もある。まさに誘惑のストリートと言っても過言ではない。一人暮らしなので家に帰っても一人だし、遅く帰っても困る人間はいない。財布の中の所持金の許す限り、遊び放題である。
財布の中は二万円。まずはパチンコで財布を膨らませようと、僕はパチンコ屋へと入ろうとした。個人経営の小さなパチンコ屋だ。すると後ろから老婆が僕に話しかけてきた。
「お兄さん、パチンコの前にこの、運気の上がるお守りはどうかね?サービスしとくよ。二千円でどうだ?」
パチンコ屋へ入る客を狙っているのか、紫のフードを被ったいかにも胡散臭そうな格好をした老婆。僕はもともとそんな運気など信じない性質なので、断った。二千円だと焼き鳥を何本買えるのだろう。するとその老婆は懐から虫眼鏡を取り出し、僕を覗き込むように見た。
「おぉ…見えるぞ見えるぞ。おぬしがくたびれた表情でこのパチンコ屋から出てくる姿が、私には見えるぞ。そして俯きながら安い焼き鳥を一本くわえて、カメムシを踏み潰して帰る姿がこの虫眼鏡で見える。いままで私のお守りを断ったものは皆そうなるのじゃ!おぬしもその一人となるだろうな。ケケケ」
おそらくデタラメだろう。この手の占い師はこうやって不安を煽り、さらに高価な運気アイテムを買わせる魂胆なのだ。僕は無視してパチンコ屋へと入った。
次々と機械に吸われていく札に、次第に酷くなるびんぼうゆすり。結果は惨敗。財布の中に残ったのは千円。給料日まであと三日を、この千円で乗り切らなければならない。とりあえず焼き鳥の屋台で五十円の焼き鳥を一本買って口にくわえた。悔しいが、あの老婆の言うとおりになってしまった。やはりあのお守りを買っておくべきだったのかもしれない。そう思ってしまった。
焼き鳥をくわえて僕の頭の中は老婆のニヤニヤした顔でいっぱいになった。完全に自分の不幸をあの老婆のせいにしている。人のせいにしている。しかしあの老婆にパチンコをやれともやめろとも言われていない。パチンコをやらずにラーメン屋に行くことも出来たのだ。決めたのはあくまで僕だ。あの老婆がいなくても自分は同じ運命になっていただろう。こうなった本当の原因は欲。楽して金を増やそうとした自分の欲が招いた結果なのだ。欲は時として毒になる。最初からパチンコ屋へ入ろうとしなければ、あの老婆に会うことも無かったかもしれないし、お金に困ることも無かったかもしれない。
世の中にはギャンブルを非難する者が多数いるだろう。しかし人生とは、ギャンブルの連続だと僕は思う。人は常に、選択しながら生きている。目の前に可能性という見えない扉があり、それを無意識のうちに選択しては開け、入った部屋の中にまたある扉をまた開ける。開けては開けて、開け続けて生きている。開け続けるうちにうっかり、開けてはいけないハズレの扉を選択してしまうこともあるだろう。しかしハズレを選んだことをそのとき直ぐに認識はできない。また更に扉を開け続け、開け続けていくうちに間違いに気付くのだ。それを人は、後悔と呼ぶのかもしれない。
僕は家へと向かって歩いている。すこし歩幅をずらしたり、歩くスピードを緩めるだけで微妙に人生が変わるのかもしれない。その間にどれだけの数の扉を無意識に開けているのだろう。間違ってハズレの扉を開けてはいないだろうか。しかしアタリだろうがハズレだろうが、開け続けるしかないんだ。開けて前に進むことを、ただひたすら…。
なにか臭うと思ったら、いつのまにかカメムシを踏んでしまっていた。
OPEN!THE DOOR 霜月秋旻 @shimotsuki-shusuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます