祝う気ゼロ
秋村ふみ
祝う気ゼロ
雪は降り積もり、道路を白く覆う。冬は、いろんなものが覆われる時期だ。
今日は十二月二十四日。世間の認識ではクリスマスイブ。しかしそれだけではない。今日は俺の、十四歳の誕生日だ。
今夜は家族全員、家でパーティーをする予定だ。買い出しにいった母が、家に帰ってきた。買い物ついでに、近所のケーキ屋に予約していたケーキを取りにいってきたのだろう。俺の誕生日ケーキが入っているらしい、正方形の白い箱を抱えてきた。そしてそれを、居間のテーブルの真ん中に置いた。祖父と祖母はケーキに無関心なのか、テレビから目を離さない。姉は料理を台所から運んでいる。俺はケーキの箱をみてソワソワしている。
「さ、お父さんは残業で遅くなるらしいから、先に始めちゃうわよ」
母は、テーブルの上に置かれた箱の蓋をはずし、白い円型のケーキが姿を現した。そして母はロウソクを立て、そして火を灯し、部屋の電気を消した。あとは、家族で『ハッピーバースデー』を合唱し、今日の主役である俺が、火を消せば儀式完了だ。
「ん?」
俺はふと、ケーキに乗っかっているメッセージカードに目をやった。小さく書かれてて気づきにくかったが、そこには『メリークリスマス』と書かれている。
そういえば、ケーキに火を灯したのに、家族は誰も『ハッピーバースデー』も歌いだそうとしない。それどころか、姉が「メリークリスマス!」と叫びながら、手に持っていたクラッカーを鳴らした。火薬のニオイと、細い紙テープが宙を舞っている。
おかしい。今日はクリスマスイブである以前に、俺の誕生日のはずだ。目の前のケーキは、俺の生誕十四周年を祝うためのものだ。しかし誰も、俺の誕生日を祝おうとしない。
「あ、あれ?みんな、今日が何の日かわかってるよね?」
俺がみんなに声をかけると、姉と母は渋い顔をしてこっちを見ている。
「なに言ってるの?今日はクリスマスイブでしょ?」
「ポイント五倍の日でしょ。だからさっき、まとめ買いしちゃったわ」
姉と母のとぼけた回答に、俺はだんだんイライラしてきた。
「そうじゃなくて!じいちゃんは勿論、今日が何の日かわかってるよね!?」
声をかけられた祖父は、右耳の後ろに手を添えて、「あぁぁ?」と聞き返してきた。
「ばあちゃん、ばあちゃんは勿論、わかってるよね?今日が何の日か!」
「うんうん。わかってるよぉ。一年がたつのは早いわねぇ。おめでとう」
祖母の満面の笑みに、俺は心底ホッとした。
「あけましておめでとう…」
付け加えられた祖母のそのひとことに、俺は耳を疑った。
「ばあちゃん…?」
ホッとしたのも束の間だった。最近祖母の様子がおかしいことには気付いていたが、知らず知らずのうちに、祖母の痴呆は進んでいたのだ。
「いったいどうしたっていうのよ?」
フライドチキンを幸せそうに頬張りながら姉が俺に尋ねる。母は事務的にローソクの火を吹き消して部屋の電気をつけた。俺の役目が…!なんてことだ。みんな俺の誕生日を忘れてしまっている!去年までは祝ってもらえたのに!
「お…ぉぉおかしいだろ!!お前らそれでも俺の家族か!!なんで誰も俺を祝ってくれないんだよ!そうかよ!俺の誕生日なんて心底どうでもいいんだな!俺よりもイエスキリストとかいう、会ったことも無い得体の知れない奴の誕生日を祝うんだな!わかったよ!」
姉は思い出したように、フライドチキンの油がついた手をペロペロ舐めながら、
「あ、そういえば今日アンタの誕生日だっけ?おめでとう。何歳だっけ」と、心底どうでもよさそうな顔つきで言った。
「すっかり忘れてたわ」と母。ケーキからロウソクを次々と抜き取っている。祖父はテレビをつけて漫才を観始めた。祖母は初日の出でも眺めているようにうっとりしている。
「もういい!!」
家族の態度に、俺は怒りを覚えた。怒りのあまり、家を飛び出した。誕生日は自分を産んだ両親に感謝する日だと誰かが言っていた。しかし誕生日を忘れられて、どう感謝しろというのだ!?
街中を走っていると、俺は人にぶつかってその場に転んだ。
「あれ?九郎?どうしたんだ?こんなところで…」
「父さん…!」
なんと俺とぶつかったのは、俺の父だった。
「丁度よかった。お前に渡したい物があるんだ」
父は、手に持っていた小包を俺に手渡した。包みを開けてみると、中身は俺が前から欲しがっていた、好きなアニメのヒロインのフィギュアが入っていた。
「お前の為にと思って、手に入れるのに苦労したんだぞ。今日に間に合うように…」
「父さん…」
父だけは、俺の誕生日を忘れていなかった。そう思うと俺の目に熱いものがこみ上げてきた。
「これは父さんからのクリスマスプレゼントだ!メリークリスマス!」
冬は、いろんなものが覆われる。俺の誕生日は、クリスマスに覆われてしまった。
祝う気ゼロ 秋村ふみ @shimotsuki-shusuke
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