ベルが鳴ったら

@kazu0518

第1話 ベルが鳴ったら

「いらっしゃいませ」


雰囲気のいいと評判の店だ。

もうひとつの評判…いや、噂はどうだろう?


ご注文がお決まりになりましたらベルを鳴らしてお呼びください」


聞き慣れないフレーズを言い残して、

ウェイターは去っていった。


メニューを開くとそこには

紅茶やコーヒー、ソフトドリンク、サンドイッチなんかの軽食やデザートのアイスやケーキに、パフェといったレパートリーが並んでいた。


正直、紅茶に詳しくないから沢山書いてある紅茶のページなんかは有名なやつしか知らない。

アールグレイやオレンジペコ…くらいか。


コーヒーにも沢山種類がある。

祖父が好きでよくコーヒーの香りを嗅いでいた程度しか知識がないから、どれが珍しいかどうかさえもわからない。


ソフトドリンクも、ジュースや炭酸、ウーロン茶と種類が豊富。子供も喜びそうだなぁ。


ケーキなんかは好きな人が見たら、このメニューを見ながらご飯が食べれるくらいの種類があり、写真も掲載されていて、どれも本当に美味しそうだ。


そんなメニューに気になるひとこと。


「これか、例の噂は」


そこにはこうあった。


─────お客様の心からの注文を──────

お決まりの際はベルを鳴らしてお呼びください。

ご注文を承ります。 

につきましては、心からの注文がお決まりになりましたら改めて御来店下さい。


お客様の注文は本当に心からの注文ですか?

──────────────────────

変わった店がある…と、友人から聞いた時は半信半疑だった。

確かに変わってるかもしれない。

でもベルを鳴らすなんて簡単だし、やはり半信半疑のままで。


まあ注文しないことには何一つ進まない。

何一つ、真偽のほどがハッキリしない。

喉も乾いたことだし、「とりあえずビール」じゃないけどコーラでも飲もうかな。


メニューをおいてベルを手にする。

スマスマで中居くんが「オーダー!」って言いながら鳴らしてたやつだ。

さっさと鳴らして、さっさと飲んで、さっさと帰って連絡しよう。


────え?まじか?


ベルは鳴らなかった。

そんなバカなことがあるわけない。

壊れてるだけなんじゃないか?

ウェイターが通りがかったから声をかける。


「すいません、ベルが壊れてるみたいで」

『それは失礼致しました、すぐに代わりの物をお持ちします』


代わりのベルを受け取るが、また鳴らない。


「これも壊れてるみたいだけど」


すると、ウェイターはこう言い放った。


『失礼ですがお客様、これから注文されるメニューは心から注文なさりたいのですか?』

「え?」

『メニューにも記載させていただいておりますが、当店の注文の際に使用するベルは特別な物でございまして』

「書いてあるのは読みましたよ」

『左様でしたか。ではご理解頂けたと思いますが、お客様が本当に望んだ注文であればお呼び頂けるかと』


──チリンチリン。


ベルの音に振り返ると別の客が鳴らしていた。

一礼してウェイターが注文を取りに離れていく。


心からの注文かぁ…。

そりゃと思ってた。

とは思ってなかった。


ふと、祖父が好きだったコーヒーのページで手が止まる。

もう他界してしまったけど、すごく優しくて大好きだった祖父。

なんていうコーヒーが好きだったっけなぁ?

あの頃は小さくてコーヒーなんか苦いだけで。

なんだか、すごく懐かしい。

今なら美味いと思えるだろうか??


祖父ならあのコーヒーを注文するために、簡単にベルなんか鳴らしてしまうんだろうな。

あのコーヒーが飲みたいなぁ…。


何気なく手にしたベルを振る。


────チリンチリン


ベルは鳴った。鳴ってくれた。

でも注文したい祖父が好きだったコーヒーは、何ていうコーヒーかわからない。


『ご注文を承ります』

「祖父が好きだったコーヒーがあるんです。

でも名前がわからなくて…」

『そうでしたか。では、こちらが1番それに近いコーヒーかと』


なんで祖父の好きなコーヒーに1番近いとわかるのか?なんて、ちょっとだけ思ったけど、それは些細なことで。


『お待たせしました』


ウェイターの運んできたコーヒーは、

祖父の好きだったコーヒーだった。

記憶の中でのあのコーヒーと同じだった。


────カランカラン。


別の客が入ってきた。


『いらっしゃいませ』


『ご注文がお決まりになりましたら、ベルを鳴らしてお呼びください』


『それはお客様が本当に注文したいメニューではないのではないですか?』


しばらくしてベルが鳴る


『ご注文を承ります』


そしてこちらに向かってくる。


『貴方は当店でベルを鳴らせますか?

もしも…ベルが鳴ったら…いや、鳴らせたら』


にこっと笑顔を見せて言った。


『ご注文を承ります』








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