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アカイロトウマス

第1話『1』

 激しい呼吸音と共に、梱包材が破られていきます。音を立てて、私の身体を包んだ緩衝布が剥ぎ取られました。素肌が露わになると、息遣いは一層荒々しくなります。


「もう少しだよ。もう少しだけの我慢だよ」


 乱れた呼吸音に混じり、男性の声が聞こえます。男性はその荒々しさのまま、私の頭部を保護していた緩衝布を剥がしました。勢い余った手が掠め、目元を保護していたマスクがずり落ちます。すかさず、男性がそのマスクを弾き飛ばしました。


「や、やっと会えたね」


 男性の呼吸は乱れ、言葉は擦れがちです。そして、そのままの勢いで私は腕に包まれました。


「絶対にキミを、絶対に離さないよ。約束するよ、嬉しいかい?」


腕の中の私には、答える事など何もありませんでした。



 男性の腕の中で、私は浮かぶオレンジ色を眺めていました。それが、視界の真正面に見えたからです。やがて、その橙色の球体が丸いルームライトであると分かりました。そして、私は、その暖色光が照らした空間を観察します。

部屋の中央に大きめのベッドがありました。サイドテーブルにもオレンジ色の光源があり、白色のベッドシーツを橙色に染めています。壁際やドレッサーの傍にも橙色の光源はあります。

 大きく息を吐き、男性が私を解きました。随分と落ち着きを取り戻しています。ナイトガウンの開いた胸元から素肌が見えました。厚い胸板が剥き出しになっています。橙色の光源は白色であろうナイトガウンを橙色に染めています。男性の胸元に影を作っています。男性の手が肩に回ります。そして、私は半身を起こされました。


「いきなり、ゴメンよ」


 目の前の男性からは、先程までの興奮が確認できませんでした。


「はじめまして。僕がパートナーだよ」


 男性は眼鏡を掛けています。ルームライトはその俯き気味の顔にも影を作りました。


「さあ、行こうか」


 男性は私を抱えました。そのままドレッサーへと私を運び、ドレッサーチェアへと私を下ろします。


「座って。コレはキミのドレッサーだよ」


 私は椅子の上で不安定な状態です。男性は私を支えていない手で、身体中の肌を撫で廻しました。


「白い。真っ白だ。清潔な肌だ」


 全身を眺め、肌に手を滑らせながら、男性は繰り返し呟きました。途中、数か所でその手が止まります。


「柔らかい。そして、すべすべだ。肌の冷たさが何よりも良い」


 男性の指先が胴体と手足の関節部を確認しました。そして、男性はそれぞれの部位に力を込めます。


「この位かな」


 こうして私は腰を曲げ、膝を折り、ドレッサーチェアへ座る事が出来ました。さらに男性は、すこし開いた膝へ両手を添え、正面を向かせます。


「さあ、キミ。鏡を見て」


 磨かれた三面鏡に私が映りました。オレンジ色の室内灯によって出来た明暗が、私の身体をより立体的に見せています。


「このバストラインは見事だ。首筋からウエストまでも曲線も流れるように美しい。細くて長い手足のバランスも上出来だ。しかも、白さと清潔と純潔を併せ持つ。この身体は完璧だよ」


 鏡の中に私と口端が垂れた男性が並びました。私の視線に触れて、男性は誤魔化すように眼鏡を指先でずり上げます。


「すこし、視線を変えようか」


 頭部を引き上げ、男性は私の目を指先で動かしました。鏡に虚ろな表情が映ります。


「次は髪の毛だね」


 付属品のウィッグから男性は黒髪を選び、私に被せました。ばらついた髪を指先で整えます。


「キミの白肌にはこの黒色は濃すぎるよね。表情にも、もう少し明るい髪色の方が似合う筈だよ」


 男性はウィッグを交換し、再び、指で髪の乱れを整えました。


「うん。良く似合うよ」


 男性は近づき、離れ、私の全身を眺めます。


「もう少し腰を捻った方が、プロポーションが引き立つね。それと、膝上で指先を組んだ方が良いと思うな。キミの表情に深みがでる」


 出荷されたばかりの身体ですから、異常はありません。全ての関節部が男性の希望通り、スムーズに可動します。男性は各関節の角度調節に夢中です。再び鼻息を乱しながら、パーツの微調節を続けました。


「キミの肌は冷たいね。とてもいい。冷たい肌は純潔の証だよ」



 私の眼前はドレッサーがあります。そして、このドレッサーには三つの鏡がありました。それぞれの鏡の中で、男性は、近づき、離れ、座り込み、立ち上がり、背後に回って微調節を繰り返しています。何度も何度も繰り返し、止む気配はありません。ですが、やっぱり、終わりは有りました。

 男性はドレッサーを開きます。側面の小さな扉から化粧品を取り出しました。


「すこしだけメークもしてみようか。夜更けだから、軽くね、少しだけだよ」


 男性は静寂の中でメークを始めました。橙色の薄明りにも不便な様子は有りません。


「キミはアンニュイだね。でも、それがいい。それこそ、純粋の証なのだから」

 

 とても慣れた手つきでした。コスメの手順やアイテムの使用法にも無駄がありません。10分程で、男性の手が止まります。


「完成。とても上手にできたよ」


 男性は鏡に映る私とこの場の私を見比べました。


「どう?気に入った?似合うだろう?綺麗だろう?素敵だろう?」


 私には答える事が有りません。しかし、男性は何度も何度も、繰り返し尋ねます。そして、遂に言葉は止みました。


 ゆっくりと男性は私の脚へしがみつきます。


「欲しかった。キミがずっと、ずっと、欲しかったんだ」

 


 しばらくして男性とベッドに入りました。一つだけ灯されたルームライトの橙色が、部屋をとても静かな空間にしています。

 視界に空いたままのドレッサーがありました。このドレッサーには三つの鏡が付いています。それぞれの鏡から部屋の中が見えました。弱光の灯、ベッド、クローゼット、ロールスクリーン、オーディオ機器など。ベッドのサイドテーブルにはペットボトルがあり、透明な液体がじっ、としていました。



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