偽りのガラスを割れ!

霜月秋旻

偽りのガラスを割れ!

「ん、今日は月曜日だな。ちょっとコンビニ行って少年ジャンペ読んでくる」

 それが、彼が妻に、いや、この世に言い遺した最期の言葉だった。【吾輩の蛸なのか】や【膝枕】など数々の名作を世に送り出した天才小説家、夏目漱右。彼は昨夜コンビニ店の窓際で雑誌を立ち読みしている最中、店内に突然ガラスを突き破って突っ込んできた軽トラックに撥ねられて死亡した。愛する妻と、執筆中の小説【名案】を自宅に遺して…。



―――ようこそ、夏目漱右さん。大変な目に遭われましたね。

「いやぁびっくりしたよあの時は!雑誌に夢中になってたらいきなりガラスが割れて、そのままドン!!だからなぁ…いやぁ参った。ところで私は死んだのかね?そもそも此処は何処?あなたは誰?」

―――申し送れました。私は冥界カウンセラーの……名前はまだありません。ここは、不慮の事故により突然死された方が、未練や復讐のため悪霊になって現世に出て行かないために心のケアをするための冥界相談室です。つまり夏目漱右さん、あなたは死にました。いろいろ諦めてください。

「いやだ!」

―――即答ですね。

「諦められるか!まだ私の書斎の机には、書きかけの原稿が残っているのだ。今回の作品は特に熱が入っていて、書き終えてからのあとがきも書きたいことがいっぱいあるのだ。このままでは妻にあとがきで、主人の最期の言葉は『ん、今日は月曜日だな。ちょっとコンビニ行って少年ジャンペ読んでくる』だったなどと書かれてしまう!」

―――しかも少年ジャンペ読み終えてから、さりげなくエロ本も読んでましたよね。

「見てたのか!このままでは今まで小説で培ってきた私の堅いイメージが、妻にいろいろくだらんことを暴露されて台無しになってしまう」

―――いいじゃないですか。この際だからあなたが今まで培ってきた、【堅いイメージ】という名のガラスを割りましょう!思いっきり!

「軽トラに目の前のガラスを思いっきり割られて死んだんだよ私は!」

―――夏目漱右さん、だいたいあなた、あとがきで自分を偽りすぎなんですよ。小説本編ならともかく、今まで書いてきたあとがきも『主人公は酒が好きだが私は酒をいっさい飲まない』とか『主人公はアイドル好きでチャラチャラしとる情けない奴だが私は決してアイドルなど興味はない』とか、堅いことばかり書いてるじゃないですか。小説のあとがきというのは作者の意外な一面や、作品への情熱、こだわり、いいわけを垣間見れるから面白いのに。そんなんじゃ、【真面目すぎてつまらない人間】のレッテルを貼られてしまいますよ?

「なにを言う!私は日本文学史上に名が残るべき人間だぞ。そんな人間が原稿執筆の合間にコンビニで少年ジャンペを読んでたなどと知れたら…」

―――正確には少年ジャンペとエロ本ですけどね。

「なおさらタチが悪い!」

―――私は生前のあなたの作品を読みましたが、あなたが今まで【創作】だ【フィクション】だと言って書いてきた小説の内容は本当は全部、あなた自身の心の内面でしょう?あなたが否定したとしても、読者は既に見抜いていますよ?

「…それは…」

―――いいじゃないですか。この際だから本来の自分をさらけ出して楽になっちゃいましょうよ。あ、もう既に死んで楽になっちゃってるんでしたね。失礼しました。

「本当に失礼な奴だな君は!ああそうさ、作品に登場する主人公はみな、私の心の分身のようなものだ。私は口下手で人見知りで、人と接するのが苦手だ。だから私の心のうちを人に理解して貰いたい一心で、私の分身ともいうべき主人公を用いた小説を書いた。嫌われたとしてもそれはあくまで小説の主人公。私自身のイメージには大したダメージにはならないからな」

―――でも、主人公たちはみな、世界中に嫌われるどころか愛されてましたよ。そう、夏目漱右さん、あなたの分身は。もういいじゃないですか。あなたはとっくに、世界中に愛されているのです。偽りのない、本来のあなたが。

 すると夏目漱右は目に涙を浮かべ、両手でその泣き顔を隠した。

―――さあ、安心してお行きなさい。これからもあなたの心の分身達は、後世へと語り継がれることでしょう。

「……ありがとう……ありがとう……!」

 礼を告げる夏目漱右の姿は、徐々に見えなくなっていった。


───エロじじいが…。


 こうして夏目漱右は、化けることなく無事成仏したのだった。コンビニの防犯カメラに、真剣な顔でエロ本を立ち読みしている姿を遺して…。


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