【変幻の騎士(バリアブル・メタル)】~片想いの女魔法剣士が惚れた新たな英雄の正体は僕~

ぬるぽん

第1話 遥か未知の世界へ

その少年は、仲間達と共に断崖絶壁の崖の上に立ち、荒涼たる大地を見下ろしていた。

彼らの見据える先には、全てを黒く塗り潰さんとするような禍々しい黒い瘴気に満ちた、巨大な城がそびえ立っていた。


「────やっと」


一本の槍を背中に掛けたその少年は、ゆっくりと絞り出すように言葉を呟いた。


「────やっと、ここまで来れた」


その言葉には、万感の想いが込められていた。


「ああ、やっと……な」


隣に立つ、筋肉質な身体付きの青年が、握り拳をもう片方の掌にパシっと当てながら少年の言葉に応えた。


「いよいよ、よ。絶対……ここで終わらせてやる」


気の強そうな、ダークブラウンの髪の少女が毅然とした目付きで城を見据える。


「うんうん、みんな気合いは充分ね?それじゃ、行くわよ~」


少女と同じ髪の色をした、少し緩い雰囲気を纏った女性が笑顔で右手を挙げる。


「もう!気合いが抜ける!こういう時くらい引き締まってよお姉ちゃん!」


「うふふ、でもカタくなり過ぎちゃ駄目でしょお?ね?」


姉と呼ばれた女性が、チラリと槍を携えた少年の方を見る。

少年は、その言葉を肯定するかのようにゆっくりと頷いた。


「それじゃ、みんな────」


少年が、仲間達の方に向き直り言葉を掛けようとしたその瞬間。

物凄い速度を誇る何者かが、少年達に空から猛然と突っ込んできた。


「危ない!散って!」


事前にギリギリのところで襲来を察知出来た少年が、叫んで仲間に伝えたのが功を奏し。

仲間達は誰一人も突撃の餌食になる事なく散開出来た。


「……我が主に呼ばれてもおらぬ者共が、我等の居城に近付く事など許さぬ。全員、奈落の底へ落ちて行け」


突撃して来た者──人間に黒い翼と角を生やしたような姿のその生き物は、魔族だ。

その魔族の言葉に呼応するように、少年が槍を抜く。


「みんな……ここは、僕がやる」


少年は、槍を引き抜いてその魔族に向けた。


「フン、流れ者めが……力の差を悟る間もなく、逝くが良いわ!」


そう言うと魔族は、少年目掛けて空を飛び突撃してきた。

豪語するだけあり、かなりの速度を誇る突撃。

あっという間に、少年の懐へとその身を叩き込んだ────

かに、見えたが。

魔族の高速の突撃は、いつの間にか少年が構えていた大盾によって防がれていた。


「なっ……!?」


突然の大盾の出現に驚く魔族。

だが、その一瞬が命取りであった。


「おい。後ろが無防備だぜ」


背後を取られていた魔族が振り向く間も無く、武闘家の青年が目にも止まらぬ速さで魔族の背を突いた。


「ごはっ……!!ぐ、ぐ……!身体が……動か……ぬ!?」


ダメージはそこそこだが、何故か身体が硬直して動かない。

そして、その攻撃によって作られた絶好の機会を、少年は逃さなかった。

少年が手にしていた、いつの間にか現れていた大盾。

その大盾は、みるみる内にその形を変え……大剣の形へと変形した。


「なっ……!き、貴様まさか【変幻のバリアブル】……!」


魔族の言葉は、少年が降り下ろした大剣の一撃を以て、身体ごと途切れる事となった。

その少年の身体には見合わぬような凄絶な一撃の元、魔族はその身を真っ二つにされ事切れた。


「大した準備運動にもならなかったな?」


武闘家の青年が、不完全燃焼といった感じに拳をペキペキ鳴らしながら言った。


「所詮見回りの連中などこんなものだ。……行こう。私達は、こんな所で立ち止まるヒマは無い」


仲間達の中から、美しい黒髪を靡かせた、凛々しい剣士の少女が進み出た。

そして、少年と視線を合わす。


見つめ合う事、数秒。

そして、2人は無言のままゆっくりと頷いた。

一言たりとも、言葉は交わしてはいない。

だが、2人の間では確かな信頼感の元、意志の疎通が為された。


「……行こう。全てを、終わらせよう」


少年は、仲間達に声をかけ、全てを終わらせるべく駆け出した。


────ここに来るまで、本当に、本当に色んな事が有った。


嬉しかった事も、楽しかった事も。

……辛かった事も、悲しかった事も…………

仲間達と共に駆け行く中、少年はこれまでの出来事に思いを馳せていた────





────第1話 遥か未知の世界へ─────



ふと気が付いたその時には、僕は見知らぬお風呂場に居た。


確かに僕は、気落ちしながら学校からの帰路に着いていたはずだった。

別に、イジメや嫌がらせを受けている訳ではない。

しかし、誰からも求められず寂しくて冴えない学生生活を送っている事は確かだ。

それでももう、諦めてそれを受け入れているつもりではある。

けど、何でもないときふと自分の現状に想いを馳せてしまい、悲しくなる時はある。


ちょうど、そんな気持ちになって下を向きながら、

目を瞑って大きなため息を吐きつつとぼとぼと歩いていた時に、それは起こった。


突然、辺りが湿気と湯気に包まれる。

そして、何かにぶつかったのだ。


何で突然、辺りがこんなにムシッとし出したんだ?

今日は暑くも寒くも無い心地良い秋空。それに前には何も無かったし、誰も居なかったはずなのに。

突然の違和感に、下を向いていた顔を上げ、目を開く。


開いた目に映ったのは、今まで居たはずの外ではなく、

お金持ちの家に備えてありそうな広いお風呂場。

そして、自分がぶつかったのは……


「……な、なっ……!?」


今ようやく突然の奇怪な事実に頭が追いつき、恥ずかしさが顔に表れてきていた、

モデルのように綺麗な黒の長髪と、上半身に驚異的な2つの果実を携えた、

自分と歳も背丈も近そうな、若い女性だった────────



「きゃ……きゃ……っ」


目の前にいた若い女性は、叫び声を上げそうになった口を自ら塞いだ。

そして自分に言い聞かせるように頭を左右に振り、こちらに向き直った。


「きっ、貴様!何者だ!?いつの間にこんな所に!?この不埒者!!」


激しく問い詰めてくる女性。


しかし、僕の方はそれどころでは無かった。

あまりの驚異の連続に、脳の働きは止まっていた。

何故か突然見知らぬ風呂場に居る上に、目の前には裸の見事なプロポ─ションの女性。

正直、僕の人生では、成人してお金を払ってソッチ系のお店に行きでもしない限り、女性のこんな姿なんて見る事になるとは思ってもいなかった。

自分の魅力の無さは、重々承知だった。

ましてや無理矢理、なんて事は死んでもやりたくはない。


しかし、今目の前には恥ずかしさと怒りで端正な顔を真っ赤にした、驚異の胸囲を誇るうら若き乙女がそこに居た。

異様なショックに脳を襲われ、僕の思考は現実に追い付かずに動く事を諦めた。

その豊満な果実に釘付けな情けない視線のまま、鼻から大量の鮮血を吹き出しつつ、

僕はその場に真後ろに倒れ、気を失った。



────────それから数時間後────────


「…………ぅ……ん……?」


目を覚ますと、僕は制服姿のままベッドの上に横たわり、天井を見上げていた。

あのお風呂で倒れた後、ここまで運ばれたんだろうか。

辺りをきょろきょろと見回してみると、広い部屋だがベッドと高級そうな箪笥しかない。

僕の部屋なんかよりはずっと広いけど、いわゆる寝室というヤツなんだろう。


あのお風呂の広さといい、ベッドや箪笥、絨毯等の調度品も高級そうなこの寝室。

どこか高貴な家庭の邸宅なんだろうか?そんな事を考えていると、ガチャリと扉が開いた。


「……む?おお、ようやく目を覚ましたようだな」


一人の女性が入ってきた。

声と顔から、先程『産まれたままの姿』を見てしまったあの人だと気付いた。

当然、今はお風呂場と違って衣服を身に纏っている。

だが、その衣服はつい先程まで想像していたような『高貴な家庭』とは少しイメージの違うモノだった。

ファッションに興味が無いから、衣服の種類の名称なんてよく知らない僕でも知ってる。

上は、先程見てしまった『2つの豊満な果実』が窮屈に収められているタンクトップ。

下は、ちょうど良い肉付きをした太ももが殆ど露わになっているホットパンツ……という、なんというか、ラフというか、開放的な姿だった。


「うっ……は、はいっ」


またしても鼻に何かこみ上げて来そうなのを感じたが、押さえてグッとこらえる。

目を覚ましたばかりなのに、また同じように気を失っては情け無さ過ぎるし申し訳無さすぎる……


「突然血を吹き出して気を失ったのには驚いたぞ?何も武器は所持して居なかったようだし、とりあえず危険は無いと見て私がここまで運んだが……身体の方は大丈夫そうなのか?」


見上げた先に居る若い女性が尋ねてくる。


「は、はい。あの……多分、大丈夫です」


こんなに凛々しくてスタイルの良い美人な女の人と話すのは初めてだ。

間違いなく、今までの人生の中で一番の美人な女性。

緊張して、思わず顔を逸らしてしまう。


「そうか、それは良かった。……では」


そう言うと、女性は僕が逸らした顔の前まで周って来て、にこやかな笑顔で言い放った。


「何故、この家の風呂場に侵入して堂々と私への覗きを行っていたのかな……?不埒者くん?」


こわい。にこやかな笑顔なのに、奥底からは怒りのオ─ラが滲み出ているではないか。

だが、僕の答えは1つしかない。


「わ……分からないんです!気が付いたら!ほんとに気が付いたらあのお風呂場に居たんです!そもそもここが何処かも分からないんです!」


滲み出る怒りのオーラに怯え、思わず叫ぶように答えてしまう。



「ほう?なかなか面白い言い訳だな……と言いたい所だが……その怯えようと不安気。お前がウソをついているようにも見えんという事は確かだ」


顎に右手を当てて首を傾げる女性。良かった……素直に答えて、率直な気持ちが通じたのだろうか。


「お前、名は何という?どこの国の住まいかは答えられるか?」


「は、はい。日本に住んでる……『穂野村ホノムラ 猛タケシ』です」


しかし、変な事を聞くものだ。

黒髪ロングの美人の女の人が、何一つ不自然さの無い日本語で話しかけてきてくれているという今の状況。

てっきり、日本国内のどこかのお金持ちの家か何かだと思っていたのだが。

そもそも、僕が同じ日本人だと分かったから日本語で話しかけてきてくれたんじゃないのだろうか?


しかし、次に彼女の口から出てきた言葉は全く予想だにしなかったものだった。


「……『ニホン』?聞いた事のない国だな」


へ?


「えっ……でも、貴女さっきから日本語話してくれて……」


しかし、女性は首を横に振る。


「何を言っているんだ?私は先程から自分の国の言語を話している。セタン語をな」


せ……セタン語?

聞いた事もない。世界の何処かに、未知且つ日本語と中身が全く同じ言語……なんてものが有ったんだろうか?


困惑している猛の様子を見て、女性は更に続ける。


「む……?まさか、セタン国を知らない訳ではあるまい?この世界の中心部に位置する世界一の大国をよもや知らぬ訳ではあるまい?」


……ごめんなさい、全く知りません。

今、僕の中の常識と今のこの現状が激しくせめぎ合っていた。

世界の中心部に位置する、世界一の大国?

だって、世界地図の中心は日本……あ─いやいや、あれは確か日本と他数カ国のみで使われてるパターンだったっけ。

いや、世界的に一般なパターンの方でも、大国と言えるアメリカや中国が中心とは言えないし、

そもそも『セタン』なんて聞いたこともない国が、『世界一の大国』って?


「その、『セタン』って国が、アメリカとか中国を差し置いて『世界一の大国』なんですか?」


どうしても腑に落ちない。僕が気を失っている間に、世界の常識が何か不思議で大きな力で書き換えられたとでもいうのだろうか?

だが、向こうも腑に落ちないといったように首を傾げる。


「妙に噛み合わないものだな……『アメリカ』?『チュウゴク』?どちらも聞いたことが無いぞ?そもそも、お前も先程からセタン語を喋っているではないか」


いよいよもって訳が分からなくなった。

アメリカや中国すらも聞いたことが無い上に、僕がそのセタン語とやらを話している?

もちろん、僕にそんなつもりは無い。普通に日本語を喋っているし、日本語が通じて安心していた所なのに。


不安で、動悸が早くなってくる。

僕は無意識に、嫌な感じに高鳴ってきた胸を右手で抑えようとした。


その時、手に予想していなかった感触を感じた。

そのまま胸に触れたなら有り得ないはずの、何か硬く小さな物が掌に触れた感覚。


驚いて胸に目をやってみると、胸元にはいつの間にか、全く着けた覚えもない、美しく煌めく石がそこに有った。

菱形の立体で、綺麗な紫色で光り輝く宝石のような石。

ふと気付くと、これまたいつの間にか首にかかっていた細いチェ─ンの先に、その石は繋がっていた。

首から細いチェーンでその石を提げている、といった状態だ。


(な、何だ、これ)


こんな石、着けた覚えもないし、ましてや拾った覚えも、見た覚えすらも無い。

一体、いつの間に?いや、ひょっとしたら。


「あの……この石は、あなたが?」


見やすいように石を掌の上に乗せて、女性に差し出す。


「む?私は知らんぞ?お前の持ち物ではないのか?」


アテが外れた。では、一体誰が何の目的で僕に、いつの間にこんなモノを?


だが、とりあえず今は外しておこう。

僕は首からこんなモノを提げるのが似合うような、お洒落な人間ではない。

そうでなくともこんな綺麗な石をこれみよがしに首から提げていたら、ロクでもない輩に狙われるかもしれないし。


そう思って、首に掛けられていた細いチェーンを持ち上げ、石を外した。


と、その時。

女性の言葉が、何やら全く聞き慣れない言語に変わった。



「え?すみません、今何と……」


しかし女性は、相変わらず聞き慣れない言語で返してくる。

声の調子から、突然気が触れておかしな言葉を喋り出したとかではない。声の調子自体は、さっき日本語で話してくれていた時と変わらない。


「な、何で突然聞いたことの無い言葉で話すんですか?」


しかし、やはり通じない。女性は首を左右に振って、顎に手を当てて考え込んでしまった。


これって、向こうも何か困惑しているようにも見えるような気がする。

……待てよ、ひょっとして────────


向こうも、いきなり言葉が通じなくなって戸惑ってる?

そして、いきなりそうなった原因として、思い当たる事といえば……これしか無いんじゃないか?


先程外した紫色の宝石を、もう一度首から提げてみる。


「────────すみません、これで分かりますか?」


考え込んでいた女性の表情が、すっきりとした物に変わる。


「なんだ、さっきは突然聞いた事もない言語を喋り出して……どうしたんだ?」


やはり、この石を外した途端、僕の言葉が通じなくなっていたようだ。


という事は、この綺麗な宝石は────


「すみません、信じられないかもしれません……ていうか、僕も信じられないんですけど……この石が、お互いの言語を相手が知っている言語に置き換えてくれているみたいです」


つまりこの石は、僕が彼女に話す日本語はを彼女の言うセタン語とやらに。

彼女が僕に話すセタン語とやら、日本語に聞こえるようにする、不思議な効力があるみたいだ。

つまり、日本ではとても有名なあの青色タヌキ(ネコ)ロボットが懐から取り出す、あのコンニャクのようなモノのようだ。


「なるほど……にわかには信じ難いが、辻褄は合うし、確かにそれらしい効果はこの目で見せてもらった。不思議な石だな……相当高位な魔法の力が込められているのだろうな」


へ?

……まほう?


事ここに至り、猛の頭の中にある考えが浮かんだ。


突然見知らぬ場所に来ていた事。

聞いたこともない国が世界一の大国だと言う女性。

いつの間にか首から提げられていた不思議な石。

そして、さも当然の如く出てきた『魔法』というワード……


もしかして。

もしかして、これは……僕は……


「あの……すみません。この家に、世界地図って有りますか?」


「?ああ、有るぞ。別の部屋に貼ってある、立てるか?立てるならついてこい」


ベッドから起き上がり、彼女に案内された先の部屋に、確かに世界地図は掲げてあった。

が、その世界地図に記された世界の様は、僕の知る世界では無かった。


中心の一番巨大な大陸を囲むように、ちょうど東西南北4つに大小それぞれの大陸が座している、見知らぬ世界地図。


彼女が、変な輩と組んで見知らぬ僕を変なドッキリに巻き込んでいるようには思えない。

そんな悪戯をするような不誠実な人には見えなかった。


となれば、もう答えは1つしかない。


トラックに轢かれた訳でも無いし、女神様らしき声を聞いた訳でもない。

が、僕は来てしまったのだ。

僕が数時間ほど前まで確かに居た、僕のよく知る世界とは全く別の、

近年すっかりよく聞く言葉となった あの『異世界』に──────。






─────────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

はじめまして、オリジナル小説は初投稿です。

16話まではタイトルの意味が分かるようになる導入編の予定なので、まずはそこまで読んでいただければ幸いです。

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