第2話魔獣さんに餌付けをしないわけ

 旅をしている異世界人はとある町に立ち寄った時、この町では魔獣が人々の生活の中に入り込んでいるのに驚きを隠せない。


 道端で燃えるような赤毛の狼が寝そべり寄り添うようにして幼子が昼寝をしている。黒地に白の文様を持つ虎がおばちゃんにブラッシングされてゴロゴロ満足そうにしている。普通魔獣って人を襲ったり人に襲われたりしている関係なんじゃ………




 呆然としている異世界人を見て門番の老人は


「にーちゃん驚いているようじゃの。この町の魔獣たちは人は襲わないぞ、この近辺の魔獣の長がこの町を気に入ってての人を襲わぬ契約を交わしているのだ。まぁ、この町は温泉で有名だから湯治をしたりする魔獣がいるのじゃ。温泉の中では争いあわないというのが魔獣たちの間での決まり事じゃったとある冒険者が見つけての、温泉の中で魔獣の長と仲良くなったんじゃ。どうやってだか良く解らぬがお互いのすみわけを決めていったのじゃ。」


「へぇ、仲良くなるのまではわかりますけどどうやって言葉を交わしたんでしょうかね?」


「うむ、それは判らぬのじゃが両者ともに意気投合して共に狩りをしたり食事をしている姿が見られたと伝えられておるな。まぁ、数百年の昔の話だしどこまで本当かは知らぬが………そんなこんなを続けているうち位のお互いにおびえることがなければ普通に共存できる環境が出来上がったわけじゃな。魔獣とて下手な者より頭が良いものが多いから。わしなんかも小さい頃は魔獣とともに野山を駆け回って遊んだものじゃ。」


「へぇ、俺なんかでも触って大丈夫なんですかねぇ?」


「いきなり触るとはかだめじゃぞ、おぬしだって知らない誰かに撫でまわされて気持ちいいもんじゃないだろ?」


「ですよねぇ、触ってくる相手が脂ぎったオヤジだったら問答無用でどつきまわしたくなりますから。」


「まぁ、そういうことだ。特に番い持ちは相手から攻撃されるぞ。」


「となるとあそこでブラッシングされて悦に入っているトラさんは番いがいないとか?」




 ちらりと当のトラさんをチラ見する老門番。


「あれか……あのご婦人の幼馴染で番いの相手ごと長年馴染んでおるからなブラッシングの技前は長ですらブラシをもってお願いに来るくらいだからな。」


「信頼は一日にしてならずということですね。」




 そんな老門番と異世界人の会話に興味を持ったのか数頭の狼型の魔獣が近づいてきた。


「うおっ!」


 いくら襲われることがないといっても体高一メートルを超えるオオカミが数頭近づけば異世界人もびっくりである。


 ふんふん………異世界人の匂いをかいで何かを探している様子だ、背負った背嚢のあたりに何かいいものがという感じで鼻先を押し付けている。


「な、なんなんだよ!こっちには着替えと保存食しかないぞ。って、保存食の干し腸詰がほしいのか?」


「ニャウ!」


「ナーウ!」


「アオン!」


「ミャー!」


「お近づきのしるしに一本くらい馳走してくれよな!」


「しゃべれんのかい!そして狼型なのにミャーなんて!」


「なぁなぁ、旅の若いの馳走してくれたらモフモフしてもいいんだぜ!お前さんは旅先で魔獣と触れ合ったと話のタネになる、俺たちはその腸詰を食べてハッピーになる。どうぉだ?」


「そかそか、そんなに俺の腸詰がほしいのか………って、いてっ!門番さん何するんだよ!」


 少々話が落ちかけた異世界人の後頭部をはたいて突っ込みを入れる老門番。


「にーちゃん、こいつらに餌やるな!お前らも旅人にたかるんじゃない!」


 近寄ってきた狼型の魔獣たちはブーブー文句の鳴き声を上げながら去っていった。


「爺さん、なんであげちゃダメなんだい?人と魔獣では体質違うから有害なものでもあるんか?」


「魔獣どもが人の手からエサを食べると野生を失っていざというとき困るだろうが。」


 老門番の理屈をブラッシングで溶けてバターになるんではないかとだれているトラさんを眺めながらきいている。どう考えても手遅れだろうこれとは口に出さないだけの分別はある。


「それにな………」


 さらに老門番が説明を続けようとしたとき。




「長様だ!」


「長様が下りてきたぞ!旅の者を隠せ!」




 町の衆が口々に言っている。


 のしのしと悠然と歩んでいる一頭の大きな狼型魔獣の姿が………


 黒地に白い毛が混じって風格のある姿だけど………


「あれ?」


 異世界人がなぜか不審に思って………


「なんか丸くない?」


 さっき見た狼型魔獣の一団はシュッとした見た目だったのに長様はムチっとしたように見える。


「ああ、旅の人見てしまったか。今の長様の姿を………」


 老門番のアチャーというがごとくに額に手を置いて


「これを見ては言い訳できぬな。人の食べ物は滋養がありすぎて魔獣どもが太ってしまうんじゃ。」




 そういうこともあるよな………と異世界人も異世界ふるさとのデブ犬デブ猫を思い出しながら力なく笑うのである。




____________________________________」

登場人物お呼びネタバレ


異世界人:異世界転移したごくごく普通の異世界人。異世界知識でよい減量法がないか聞かれるがそんなものはないから食餌療法と運動しかないときっぱりという。逗留中にフライングディスクを用意して魔獣たちと遊んで腕が筋肉痛になったのは笑い話。




老門番:町の自営団の古老格にして生き字引。酒造家を兼業していて(基本自営団は兼業である。)異世界人を自分の酒を扱っている宿に誘導しようとしていた。太った長様がイメージの低下だと嘆いているのだが解決策はない模様。




トラさん(仮称):黒地に白の文様を持つトラ型の魔獣。奥さんと数頭の子供を持つ一家の大黒柱。今日は仕留めたウサギを手土産にブラッシングをお願して願いはかなえられたのだが奥さんに黙って行っていたのは…………(お察しください)




おばちゃん:どこにでもいるようなおばちゃん。一応細工職人の奥さんであるのだがブラッシングの腕前は魔獣どもを虜にするらしい。大体この町の魔獣どもの毛並みと清潔感はこのおばちゃんが担っている。




狼型魔獣たち:普段は野山を駆け回っているのだが時折町に来ては旅人や町の衆からエサを強請る甘え上手さん。猫っぽい鳴き声は彼らなりのジョーク、言葉をしゃべっていたのは長様のひ孫にあたり次期長様候補なのだが長様はまだまだ生きそうなので自覚はない。異世界人と遊んだフライングディスクはお気に召した模様。お前ら絶対おっきいワンコだろ!




長様:数百の時を生きる魔獣たちの長。温泉と美食が大好きで町の衆からのおすそ分けとかなんやらで見事メタボってしまった。野生動物にエサを与えないでという実に分かりやすい事例である。町の衆からはぷにぷには良いねとか魔獣のイメージがという二つの意見がある。見た目と違って素早く強いので文句は本人(?)には来ない。基本温和、ダイエットは敵!




冒険者(故人):すべての元凶、たぶん異世界転移者もしくは転生者。モフモフと一緒に温泉だー!と餌づけしまくったのが良いのか悪いのか?長様を餌づけした後はこの町に根っこを下して温泉宿の料理人をしていた。交渉役が彼が一番だから領主様が責任とれとぼやいた結果であるらしい。彼の子孫はこの町のそこかしこにいる。

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