第1話
1990年代半ば以降、インターネットは急速に成長し、人々は誰でも簡単かつ即座に情報を手に入れることが出来る様になった。その情報量は莫大で、現在のwebサイトの総数は16億以上と言われている。
インターネットは時に氷山に例えられ、16億以上のサイトたちは氷山の一角に過ぎない。私達が普段目にしているのは、水の上に突出した氷山の頂点。水の下には突出した部分より何倍も大きな氷山が存在している。私達の目も光さえも届かないほど大きな氷山の底。インターネットの氷山の底の部分、深い深い闇に位置する場所はこう呼ばれているー
「ダークウェブ?」
舞い落ちるピンクの花びらの中を歩きながら聞こえた、この景色と相反した聴き馴染みのない言葉を思わず繰り返してしまった。
「そー、ダークウェブ」
俊哉はまたしてもその言葉を繰り返し、歩きながら話を続ける。
「普通の検索サイトじゃ出てこなくて、なんか特別なことすると見ることが出来るサイトが沢山あるらしい!」
「俊哉そういうオカルトというか都市伝説みたいな話本当に好きだよな」
「オカルトじゃないって!本当にあって、なんかよくわかんねーけど見つかりづらいから、犯罪の温床にもなってるらしーぜ」
と俊哉は興奮気味に答えた。
「で?なんでそんな危なっかしそうなものに興味あるの?」
と桜を眺めながら、片手間に返事をする。
「えっ?なんか自分が知らない世界があるって興味湧かない?なんかこうワクワクするっていうかさ」と大袈裟な身振り手振りをつけ加えながら俊哉は答えた。
「なんだそれ」
と呆れながら答えつつも、俊哉のような好奇心は分からないこともなかった。
そんなくだらない話をしながら二人で学校へ向かって行く。すると、
「俊哉!重吾!」
背後から名前を呼ばれ振り返ると、そこには幼なじみ兼クラスメートである
「よっ、ゆあ」
「にいな!」
「その名前はどう読んだってゆあじゃん」
と俊哉は、いたずらをする子供のように結愛をからかった。登校中毎回行われる光景だ。それからいつものように三人で学校に向かって行く。
「今日からニ年生だね!なんだか新鮮な気持ちだよ〜」
と結愛が僕と俊哉の間から話しかける。
「まぁ僕たちの学校にはクラス替えがないから新鮮さはあんまりないような気もするけど」
と答えると
「こうゆうのは気分の問題だよ!」
と楽しそうに答えた。
「そうだぜ!こうゆうのは気分が大事!ノリが大事」
と俊哉もチャラついた見た目通りの軽さで答える。
そんな話をしながら僕たち3人は高校の校門をくぐり、自分達のクラスに向かう。
教室の扉を開くと、馴染みのある顔、悪く言えば代わり映えのしない面々が集まっていた。軽くクラスメートと談笑しているとHRのチャイムがなり、担任である笹川が教室へと入ってきた。どうやら担任も変わらないようである。全く新鮮味が感じられないことは残念であったが、いつもと同じ景色には少しの安心感もあった。笹川は軽い連絡事項を生徒達に伝え、談笑を終えた後、HRを切り上げ、始業式に向かうよう指示をし教室を立ち去った。始業式が始まったが、内容は全く頭に入ってはこなかった。僕だけではなく、ここにいる大半の生徒も上の空で始業式が終わるのを、今か今かと待ちわびている様子だ。生徒達にとっては式なんてものはそんなものである。始業式が終わると、本日は授業がないためHRが終わるとそのまま帰宅となった。クラスメートと軽く会話をした後、いつもの三人で帰路に着く。
「今日は授業がなくてラッキー☆」
と俊哉はご機嫌な様子だった。
「そうだね。でも明日からは授業があるんだよね…」
と結愛が答える。
「じゃあ今日はどっか寄り道しちゃお!拒否権はないから」
と俊哉は提案すると同時に、僕と結愛の手を掴み有無を言わさず手を引いた。
「拒否権はないんだね」
と呆れながら答える。まぁ、嫌な気持ちは全くなくむしろ三人で過ごす時間はとても楽しい。
「おっけい!それじゃあどこ行く?」
結愛も寄り道することに乗り気のようだった。
寄り道を終え、それぞれ帰路に着く。
「それじゃあ重吾、ゆあ、またなー」
「バイバイ、重吾、俊哉また明日ねー」
「またね、俊哉、結愛」
別れの挨拶を交わし、家に着く。部屋に戻り、荷物を机の上に放り投げ、そのままベットに倒れこむ。多少の変化はあるもののこれがいつも通り、普段通りの一日だ。家庭も貧しいわけでもなく、かと言って特別お金を持っているというわけではなかったが、何不自由なく生活している。世間一般が考える絵に書いたような普通の高校生活を送っていた。こんなありきたりとも言われるような日々に特に不満はなかったが、特別何も起こらない毎日には少し物足りなさも感じていた。その物足りなさのせいか、今朝の俊哉の言葉がふと頭をかすめた。
(ダークウェブか…)
ベットから体を起こし、机に向かう。スマートフォンを充電するためパソコンに繋ぐと、そのままパソコンを起動させ、検索欄に[ダークウェブ 入りかた]で検索する。
(こんなんで出るわけないか…)
と思いつつ画面を見るが思いのほか簡単にダークウェブへ入る方法が見つかった。そもそもダークウェブ自体は匿名性が極めて高く、検索サイトに引っかかる情報を一部拒否して検索されないようにするウェブのことで、普段目にしているような有名なサイトも存在しているらしい。だが、その匿名性の高さから犯罪のようなサイトも存在しているのだとか。 とあるサイトを参考に、ダークウェブへ入る手順を進めていく。全ての手順を終えると検索サイトまでたどり着いた。
(見た目は普通のサイトと一緒だな…)
適当な単語を検索してみる。普通の検索サイトでは出てこないような会員制ページのログイン画面や企業の情報がびっしりとしたサイトが出てはくるものの俊哉が言ったような犯罪が起こっているようなサイトは何一つみつからなかった。
(まぁ、こんなもんだよな…)
と何かを楽しみにしていた自分は肩を落とした。
そろそろ切り上げようかと思いながら、スクロールをし続けていくと、とある一つのサイトに目が止まる。どのサイトにもどんなサイトかと言う説明が書かれていたのだが、このサイトには何も書かれていなかった。ただ「Deeper」と言う名前のサイトということが辛うじてわかるだけだった。そんな異質とも言えるようなサイトに目を奪われ、気づくとそのサイトをクリックしていた。
サイトが開かれると、最初に飛び込んできたのは「Drug sales」の文字だった。
(ドラッグセールズ…まさか麻薬販売のサイトか…?)
続け様に「weapon sales」「pornography」などいわゆる違法とされているものの数々が羅列されていた。普段の生活では絶対に関わることが無い世界がそこには広がっていた。どうやらDeeperと言われるサイトはさらにその奥のサイトを見るためのサイトのようだった。
(ほんとに俊哉が言ってた通りなんだな)
俊哉の言っていた、自分の知らない世界がそこに広がっている…違法なサイトであるという恐怖感はあったものの、好奇心の方が優っている自覚があった。
(ちょっと見るだけなら大丈夫か…)
軽い興奮状態だった僕の手はさまざまなサイトをクリックしていた。人身売買や偽札の販売、ハッキングサービスなどにわかに信じる事が出来ないようなサイトばかりだった。中には怖いものばかりではなく、著作権違反のために、載せることができない漫画や映画などを見ることが出来た。半信半疑で眺め続けていたせいなのか、この時はきっと正常な判断をすることが難しくなっていたのかもしれない。
どんどんと大きくなる好奇心が恐怖心を完全に押し潰していた。
今度はとある動画サイトを開いていた。タイトルが外国語で表記されており、詳しい内容はわからなかったので、適当に動画を再生していく。仮面を被った男がただただ回り続けている様な動画や、とある組織が謎の儀式を行なっているなど少し不気味な動画が再生された。次の動画が再生される。この動画は今までとは雰囲気が違うようだった。目隠しをされた男が椅子に縛られており、その背後に目に穴が空いた麻袋を被った大柄な人物が立っている。画質が悪く、縛られた男の表情ははっきりとは見えなかったし、音声もなかったので何かを叫んでいるということしかわからなかった。そんな男を無視するかの様に麻袋の人物は、淡々と作業を続けている。作業を終えた麻袋の人物は、何かを手に取り縛られた男の前へと動き出した。縛られた男は一層激しく叫んでいるようだった。麻袋の人物が手にしていた物はチェーンソーであった。麻袋の人物はそのチェーンソーを縛られた男の前に構えると、そのまま右脚の太もも目掛けて一気に振り下ろす。太ももにチェーンソーが刺さり、大量の赤い模様が部屋一面に飛び散った。男の表情が今度ははっきりとわかるほど痛みに歪んでいた。僕はこの動画から目を離すことが出来なかった。魅入られたという訳ではなく、ただ今起こっている状況が理解できず、見ることしか出来なかったと言った方が正しい。麻袋の人物は切り離した右脚を乱雑に放り投げ、同じように淡々と左足にチェーンソーを突き刺した。CGとは思えないリアルな描写に、押しつぶされていた恐怖心が蘇り胃から何かが逆流してくるのを感じた。
「ごはっ…」
強烈な吐き気を感じ、そのサイトを即座に閉じるとそのまま机に突っ伏した。
「なんだよ…あれ…」
自分を落ち着かせるため、今の出来事を整理しようとした。とはいえすでにもう答えはまとまっていたのだが、どうしても信じたくはなかった。考えれば考えるほど鮮明なシーンが繰り返され何度も同じ答えに辿り着き、吐き気を催すを繰り返した。闇と言われるものの恐ろしさを痛感するとともに、自分の好奇心を激しく後悔した。
時刻は午後七時をさしていた。下の階からは母親の声が聞こえている。一人でいることに不安を覚え、一階に降りていく。一階に降りるとすでに食事が用意されていたが、食事が喉を通るような心境ではなかったので、そうそうと切り上げた。何かをしていれば気が紛れるだろうと考えたが、何をやっても頭から離れることはなかった。
(今日はもう寝てしまおう…)
自分の部屋に戻り、そのままベットへと潜り込む。スマホを見てみると、1件の通知が届いていた。俊哉からのメッセージだ。
「明日の授業ってなんだっけ?教えてんちょう笑」
俊哉のいつもの寒いジョークも今日はとても安心した。
「明日は国、数I、英、理、体、社だよ」とメッセージを返す。すると即座に
「ありがとぅめぃえぃとぉ、また明日な!」と返ってくる。
「じゃあね」と打ち込み、送信ボタンを押すと一瞬画面が歪んだように見えた。問題もなく返信が出来ているようなので見間違いだろうと特に気にすることはなかった。俊哉とメッセージを取り合ったおかげか気分が少し晴れたような気がした。スマホの目覚ましをセットし、そのまま眠りについた。
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